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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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謝罪よりも、感謝よりも

 格子窓の向こうが明るくなり始めていた。

(夜が明けたか……)

 部屋で机に向かい仕事をしていた楼主は、書き物をする手を止めて顔を上げる。

(もう少ししたら客も帰る時間だな……。残りの仕事もさっさと済ませないと……)

 楼主は首を傾けて自分の肩を揉むと、ゆっくりと肩を回した。


(もう年だな……)

 楼主はひとり苦笑した。

(赤子だった咲耶があれだけ大きくなったんだから、当然か……)

 楼主は昨日の咲耶の道中を思い出していた。


「咲耶が俺に似ている……か……」

 楼主はひとり呟くと片手で顔を覆い、ため息をついた。

「あいつ……どこまでわかってて咲耶を俺に……」


 楼主はもう一度ため息をつくと、顔を上げて格子越しに空を見た。

「薄々思ってはいたけど……、あいつ、自分のこと忘れさせる気ないだろう……」


 楼主は息を吐いた。

(言いたいことはいろいろある……。桜のことを何もかも勝手に決めたことへの文句、俺と見世に桜という光を与えてくれたことへの感謝……。それから、紫苑を守れなかったこと、守ろうとさえしなかったことへの謝罪……)



「楼主様」

 そのとき、襖の向こうで声が響いた。

「ああ……、どうした?」

 楼主は振り返った。


 ゆっくりと襖が開き、遣手婆が顔を出す。

「私はそろそろ休もうと思いますが、楼主様はまだお仕事ですか? 何か手伝いましょうか」

 遣手婆の言葉に、楼主は微笑んだ。

「いや、大丈夫だ。昨日は忙しかったし、おまえも疲れただろう? 先に休んでくれ」

「ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えて……」

 遣手婆が嬉しそうに目を細める。


 襖を閉めようとした遣手婆は、ふと棚の上にある薄紫色の花に目を留めた。

「ああ、もうそんな時期ですか……。この花を見ると秋って気がしますよ」

「今年は少し早く手に入ったんだ。まだまだ夏だよ」

 楼主は苦笑した。


「まぁ、まだ暑いですしね! それにしても毎年この花だけですよね、楼主様が飾るの」

 遣手婆は笑った。

「よっぽどお好きなんですね!」


 楼主はわずかに目を伏せた後、そっと紫苑の花に視線を向けた。


「……ああ。そうだな」

 楼主は花を見つめたまま、可笑しそうに笑った。

「俺は、とんでもない物好きなんだよ」


 遣手婆は目を丸くする。

「も、物好き……? 私はそんな嫌味を言ったつもりは……」

 狼狽えている遣手婆を見て、楼主は笑った。

「わかっている。俺が勝手に物好きだと思っているだけだから、気にしないでくれ。もう休め。ひと眠りしたらまた仕事だからな」


「あ、はい……。じゃあ、お先に失礼します」

 遣手婆はそう言うと、そそくさと去っていった。



 楼主は再び机に向かう。

(いろいろ言いたいことはあるが、もしあの世でまた会えるなら、そのときは……)

 楼主はかすかに微笑んだ。

(今度こそ、何より先にまず俺の気持ちを伝えるよ……)


「ああ……、伝えたら、あいつ絶対勝ち誇ったように笑うんだろうな……。想像できる……。はぁ、なんか気が重くなってきた……」


 窓から朝日が差し込み、薄紫の小さな花が明るく照らし出された。

 皆が寝静まっている見世の中で、ブツブツ呟く楼主の姿を、紫苑の花だけがただ静かに見守っていた。

~紫苑~ 花言葉『君を忘れない』


ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!

六章はここで完結です!!

六章は個人的に好きな話なので、読んでいただけて本当に嬉しいです(T ^ T)

またすぐに七章が始まりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言]  第五章から第六章まで一気に読み進めさせていただきました(だってあの終わり方、これから何が起こるのかめっちゃ気になります……苦笑)  信さんの凄惨な生い立ちを知って、咲耶と叡正との関わりで…
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