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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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十五年前②

 行燈部屋の戸が開け放たれていた。

 遊女たちが行燈部屋の前ですすり泣く中、桜はその横でただ立ち尽くしていた。


「桜、大丈夫か?」

 宗助は桜の横にしゃがみ込むと、そっと桜の肩を抱いた。

 桜は宗助を見ることもなく、ただ誰もいなくなった行燈部屋を見つめ続けていた。


 やがて遊女たちが昼見世の準備のためその場から離れると、桜はそっと口を開いた。

「……どうして?」

「え?」

 宗助は桜の顔をのぞき込む。

 桜はただ行燈部屋を見つめ続けていた。


「どうしてお医者様は治してくれなかったの?」

 桜の言葉に宗助はわずかに目を見張ると、静かに目を伏せた。

「お医者様でも治せる病気と、治せない病気があるんだよ……」


 桜は宗助の言葉を聞いてもまったく表情を変えなかった。

 子どもらしくない桜の表情に、宗助は言いようのない不安に襲われた。

「さく……」

「どうして霞姐さんは病気になったの?」

 宗助の言葉を遮るように、桜が聞いた。

 桜の視線はずっと行燈部屋に向けられたままだった。

「……客から移ったんだと思う……」


「客……」

 桜は少しだけ目を伏せた。

「どうしてお客様は病気なのにここに来たの?」

「それは……」

 宗助は言い淀む。

「自分が病気だと気づいていない客も多いし……、病気だという証拠もないのに来るなとも言えないから……」

「どうして来るなと言えないの?」

 桜の声は淡々としていて、桜に宗助を責める意図がないのはわかっていたが、桜の言葉は宗助の胸をえぐった。


「それは…………力がないからだ」

 宗助は目を伏せた。

「見世にも……俺にも、遊女たちにも……」


「力って何?」

 桜の言葉に、宗助が視線を上げると、桜は真っすぐに宗助を見ていた。


「力は……」

 宗助は続く言葉を見つけることができなかった。

 以前の宗助は、守る力とは剣術や武術といった物理的な力だと思っていた。

 しかし、物理的な力ではどうにもならないことがあると知り、宗助にはその答えがわからなくなっていた。

 宗助はきつく目を閉じる。

「すまない……。わからない……」


 沈黙が二人を包んだ。

「そうか……。力があればいいのか……」

 桜がポツリと呟いた。

「え?」

 宗助は目を開けて桜を見る。


 桜は真っすぐに宗助を見つめ続けていた。

「楼主様、霞姐さんの体……桜の木の下に埋められる?」

「え?」

 宗助は目を丸くする。

「あ、ああ……。移る病だから燃やして供養してもらうが、骨なら……。でも、どうして……」


 桜は宗助に向かって少しだけ微笑むと、再び行燈部屋に目を向けた。

「霞姐さん、桜が好きだったから。それに、桜のそばなら人がたくさん集まるから、姐さんも寂しくないでしょう? 私もほかの姐さんたちも春には会いにいけるし……」


 宗助は目を見開いた。

「そうか……。そうだな……」


 桜は行燈部屋を見つめ続けた。

「霞姐さんには明るい陽の差す場所で眠ってほしいの……。必ず会いに行くから……。私の成長する姿、ちゃんと見ていてね……」


 日は高くなり、見世には光が差し込んだ。

 開け放たれていても行燈部屋の奥はやはり薄暗かったが、戸からは確かな光が差し込んでいた。

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