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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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二十二年前③

「ようやく慣れたみたいだな」

 紫苑は食事をする手を止めると、チラリと宗助を見た。

「ああ、慣れた」

 宗助は食事をする手を止めることなく答える。

 紫苑の見合いから数日が過ぎ、宗助はようやく普通に紫苑に接することができるようになった。


(まぁ、至近距離はあまり大丈夫じゃないが……)

 宗助は紫苑に気づかれないように、なるべく近づくことは避けていた。


「ふ~ん、あれはあれで面白かったが」

 紫苑は楽しそうに笑った。

(まったく人の気も知らないで……)

 宗助は紫苑に気づかれないように、そっとため息をついた。


「そういえば……」

 宗助が話題を変える。

「もうすぐ御前様が江戸から戻ってくる時期じゃないか?」

「ああ、父上が……。もうそんな時期か……」

 紫苑は箸を置くと、何かを考えるように目を伏せた。

「お見合いのこともあるし、この際はっきりと言っておくか……」


 宗助の箸を持つ手がピタリと止まる。

「待て……。何を言う気だ……?」

 宗助は恐る恐る紫苑を見た。

「え? おまえを婿にもらうつもりだと……」


「いやいやいや……!!」

 宗助は慌てて首を横に振る。

「だから、前にもやめろと言っただろう……。許されるわけがないんだよ。俺がクビになって終わりだ!」

「そうか?」

 紫苑が首を傾げる。

「……そうなんだよ」

 宗助はそう言うとため息をついた。


 紫苑は宗助を見つめる。

「おまえはどうなんだ? ……父上が良いといえば、おまえはいいのか?」


「俺……?」

 宗助は目を丸くする。

「俺は……」


 二人のあいだに沈黙が流れる。

 宗助は目を伏せた。

 そんな未来があるわけがないと思っているため、宗助は自分がどうしたいかなど考えたこともなかった。

(俺がどうしたいか……?)


 紫苑は小さく息を吐く。

「おまえが望むことは何かないのか?」

「俺が望むこと?」

「ああ。金を稼ぐために奉公人になったのは知っているが、金以外に何か望むことはないのか?」

 紫苑は真っすぐに宗助を見つめていた。


「そうだな……。奉公人になったのも、前に話した剣術を教わった近所のじいさんに勧められたからだし……。俺はただ流されるままに生きているだけだからな……」

「その方は、どうしておまえに奉公人になることを勧めたんだ?」

 紫苑は首を傾げる。


「まぁ、農家の次男だからな。奉公に出るのは普通なんだが、じいさんはもったいないから行けって言ってたかな……」

「もったいない?」

「『才能を活かす道がないのはもったいない』って……。奉公に出ているあいだは、一応身分としては武士になるからな。奉公に出れば道も広がるだろうって」

「ああ、なるほどな……」

 紫苑は小さく頷いた。

「まぁ、武士って柄でもないけどな」

 宗助は軽く笑ったが、紫苑は真剣な顔で宗助を見つめた。

「そんなこともないさ。『守れる力は持っておいた方がいい』と言ったおまえを見て、武家とはこうあるべきものなんだと私が学んだくらいだ」

「守れる力……? ああ、最初に会ったときか! おまえ、よく覚えているな……そんな昔のこと……」

 目を丸くする宗助を見て、紫苑はフッと笑った。


「昔でもないさ。……まぁ、それならいいな」

「ん? 何がいいんだ?」

「おまえが未来の御前様になっても問題ないなということだ」

 紫苑はにっこりと笑った。

「は!?」

 宗助は思わず持っていた箸を落とした。

「問題しかないだろ!? ていうか、本当に無理だから!」

「それは聞いてみないとわからないだろう?」

「いやいや、聞いた時点で俺がクビになるから!」

 宗助は箸を拾いながら言った。


「フフ、大丈夫さ」

 宗助は額に手を当てた。

「どこから来るんだ、その自信は……」

 宗助はため息をついた。

 



 数日後、紫苑の父は奉公人たちとともに、江戸から屋敷に戻ってきた。

 屋敷に残っていた奉公人たちは、すぐに笑顔で出迎えたが、戻ってきた者たちの顔は一様に暗く、江戸でのことを誰も語ろうとはしなかった。

 翌日、紫苑はその理由を知ることになる。

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