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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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二十二年前②

 日が暮れ始める中、宗助は憂鬱な気持ちで紫苑の部屋の前に佇んでいた。

 お見合いが終わった紫苑から部屋に来るようにと呼び出されたが、朝の紫苑の姿を思い出すと宗助はなかなか部屋に入れずにいた。


(どうしたんだ、俺は……。あれは紫苑なんだから、いつも通りにすれば……)

 宗助は深呼吸すると、ゆっくりと襖に手を掛けた。


 その瞬間、襖が勢いよく開く。

 目の前には、呆れた顔の紫苑が立っていた。

「おまえ、そこでずっと何をしているんだ?」

 紫苑は宗助を見て言った。


 宗助は思わず一歩後ろに下がる。

 紫苑は髪の簪こそ外していたが、結い上げた髪や化粧、着物は朝と同じだった。

「あ、いや……今入ろうとしたら、ちょうどおまえが……」

 宗助は紫苑から視線を外しながら言った。


 紫苑は呆れたように小さくため息をつく。

「私が部屋の前に誰かいると感じてから、もう随分経ったぞ。このままだと日が暮れそうだから、開けてやったんだ。ほら、入れ」

 紫苑は、宗助の手を取ると強引に部屋の中に引っ張った。


「お、おい……」

 宗助は引きずられるように部屋の中に入った。


 宗助を部屋に入れた紫苑は、満足したように部屋の奥の座布団に腰を下ろした。

「ほら、宗助も座れ」

 紫苑に言われ、宗助は迷った末に襖のすぐそばに腰を下ろした。


「……おい、遠すぎるだろ」

 紫苑は呆気にとられた顔で言った。

「なんだこの距離は……。私に叫んで話しをさせる気か……? いつもみたいに目の前に座ればいいだろ……?」

「え、あ、ああ……」

 宗助は、ゆっくりと立ち上がるとおずおずと紫苑に近づく。

 いつもと同じ場所に腰を下ろしたが、宗助は顔が上げられずただ畳を見つめていた。


「おまえは……畳と話す気なのか……?」

「そういうわけじゃ……」

 宗助は顔を上げたが、視線は畳に向いたままだった。


 紫苑は長いため息をつく。

「意識はしてほしいが……さすがにここまでは……」

 紫苑は小さな声で呟いた。

「まぁ、いい……。今日のお見合いのことなんだが……」


「あ」

 宗助は思わず視線を上げた。

「相手はいい人だったか?」

 宗助は紫苑と目が合うと、慌てて視線を落とした。


 紫苑はフッと笑う。

「いい人だったよ、思った通りの反応をしてくれたからな。たぶん向こうから断ってくるはずだ」


「は?」

 宗助は自然と紫苑の顔を見ていた。

「断ってくる??」

「ああ」

 紫苑は満足げに頷いた。

「おまえ……、何したんだ……?」


「『醜い男は嫌いだ』と言っただけだ」

 紫苑はにっこりと微笑んだ。

「な……!?」

 宗助は呆然と紫苑を見つめる。


「そうしたら顔を真っ赤にしてすぐ帰っていった。器も小さいみたいだな。思っていた通りでよかったよ」

 紫苑は淡々と言った。

「おまえ……、なんてことを……」

「仕方ないじゃないか。好みじゃないんだ」

「おまえなぁ、いくら綺麗でも、そんなんじゃ誰も結婚してくれないぞ……」

 宗助の言葉に、紫苑はわずかに目を見張った後、そっと微笑んだ。

「いくら綺麗でも……ね」

 紫苑は小さく呟くと、宗助を真っすぐに見つめた。


「誰も結婚してくれなかったら、おまえがもらってくれるんだろ?」

 紫苑はそう言うとにっこりと笑った。

 宗助は目を見開く。

 宗助は、自分の顔が一気に熱くなるのを感じた。

「おまえ……、その顔で言うのはやめろよ……」

「私はずっとこの顔だ」

「それは……そうなんだが……」

 宗助は目を伏せた。


「おまえはあれだ……。俺が貧しい家の出だから同情しているだけなんだよ。俺を幸せにするって言葉……あれは本当に嬉しかったが、俺はその気持ちだけで十分だから……」

「おまえ、何か勘違いしていないか?」

 宗助の言葉を遮るように、紫苑が口を開いた。

 紫苑はゆっくりと立ち上がると、宗助の膝に膝がつくほどの距離に座り直した。

「お、おい……」

「私はそんなに良い人間ではない」

 紫苑は、お互いの鼻が触れそうなほど宗助に顔を近づけた。

「私はただ、ずっとおまえのそばにいたいだけだ」


 宗助は目を見開いた。

 真っすぐに見つめる紫苑の瞳から、宗助は目をそらすことができなかった。

 ふわりと香った甘い匂いに、宗助は眩暈を覚えた。


「ち、近いって! それに、その顔で言うのはやめろって言ってるだろ……!」

 宗助は両手で顔を覆った。

 紫苑はフッと笑う。

「だから、ずっとこの顔だと言っているだろう」

「おまえ……、わかっててやってるだろ……」

 宗助の言葉に、紫苑は楽しそうに笑った。

「まぁな。ただ、早く慣れてくれ。これからお見合いも続くし、髪はともかく化粧はこれからずっとされるみたいだから」

 宗助は指のあいだから紫苑を見た。

「……マジか?」

 紫苑は苦笑する。

「ああ、マジだ」


 宗助は顔を覆ったまま天を仰いだ。

「慣れるように頑張るよ……」

 紫苑は呆れた顔で宗助を見た。

「頑張るようなことではないけどな……。まぁ、頑張ってくれ……」

「ああ、わかった……」

 宗助は顔を覆ったまま、重いため息をついた。

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