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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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二十二年前①

(どうしたんだ……?)

 屋敷全体がいつもとは少し違った空気に包まれていた。

 奉公人たちは皆、どこか落ち着かない様子で廊下を足早に歩いている。


 宗助は、横を通り過ぎていこうとした奉公人の男を呼び止めた。

「あの、今日は何かあるんですか……?」

 奉公人の男は目を丸くする。

「宗助さん、姫様から聞いてないんですか……?」

「姫様から?」

「ええ……。宗助さんは姫様付きなので、直接聞いているとばかり……。今日は姫様のお見合いがあるんです?」

「え? お見合い……ですか?」

 宗助は目を丸くする。

「そんな、まだ子どもなのに……?」

 宗助は戸惑いながら男を見た。

「子どもって……姫様はもう十六ですよ? 普通ではないですか?」

 男は軽く笑う。

「まぁ、宗助さんは姫様が十のときから、ずっとそばにいるので、まだまだ子どもに見えるのかもしれませんが……。人の成長というのは本当にあっという間ですから、姫様ももう大人の女性ですよ」


「え? そう……ですか……?」

(紫苑が大人の女性……?)

 大人の女性という言葉に、宗助は首を捻った。


「あの……もう行っても大丈夫ですか? 私も準備がありまして……」

 男はおずおずと宗助を見る。

「あ、すみません……引き止めてしまって……」

 宗助は慌てて言った。

「いえいえ」

 男はそう言うと小さくため息をついた。

「普通のお見合いなら屋敷の外で遠くからお互いの顔を見るだけなので、それほど準備は必要ないんですけどね……。今回姫様のご希望でこの屋敷にお相手を招いてお話しするそうで……。みんなバタバタしているんですよ」

 男は苦笑した。

「この屋敷で……?」

「ええ、そうなんです……。ですから宗助さんもお相手のお顔を見られるかもしれませんよ」

 男はにっこりと笑うと、軽く会釈をして去っていった。


「お見合い……か」

 宗助はひとり呟いた。

「あいつ……なんで言わないんだよ……」

 宗助は思わずため息をつく。

 事前に何も聞いていなかったことに、宗助は少し寂しさを感じていた。


(俺は仕事までまだ時間があるし、様子でも見に行くか……)

 宗助は紫苑の部屋に足を向けた。


 屋敷全体が紫苑の見合いのために動いていることもあり、紫苑の部屋に近づくほどすれ違う奉公人の数は増え、皆、忙しなく動いていた。


(これ……行くだけで邪魔になるんじゃ……?)


 紫苑の部屋の前まで来て、宗助はようやくそのことに気づいた。

(戻った方がいいか……)

 宗助がそう思い引き返そうとしたとき、襖の向こうから紫苑の声が響いた。


「だから! もう十分だって!」

 紫苑の声とともに、部屋の襖が勢いよく開く。

「頭が重いから、もうこれ以上は……」


 宗助は目を見開いた。


 そこにいたのは、見たことがないほど美しい人だった。

 結い上げられた艶やかな髪。髪を彩る簪は、花びらをかたどった飾りが無数についており、動くたびにキラキラと輝いていた。

 身に纏った燃えるように赤い着物も、その人の首筋の白さを際立たせ、妖艶に見せている。


 視線に気づいたのか、美しい人はゆっくりと宗助の方に顔を向けた。

 華やかな目鼻立ちの中で、ひときわ際立つ赤い唇が静かに動く。


「宗助……?」


 見たことがないほどに美しい人は、聞き慣れた紫苑の声でそう呟いた。


「……紫苑?」

 宗助は呆然と口を開いた。


 目の前に立つ天女のような人が、紫苑だということに理解が追いつかなかった。


「あ、この恰好か……?」

 紫苑は自分の着物の襟元を摘まみ、少し慌てたように言った。

「こ、これはその……。言っていなかったんだが、父上がどうしてもと言うから……」

 紫苑はそう言いながら、宗助のもとに駆け寄る。


 宗助は美しい人がすぐ目の前に来たことに驚き、慌てて一歩下がった。

「え?」

 紫苑は目を丸くする。


「おまえ……近いよ……」

 宗助は思わず紫苑から目をそらした。


「近いって……いつもの距離だろ?」

 紫苑は目を丸くしたまま、宗助をじっと見つめる。

 横目でチラリと紫苑を見た宗助は、慌ててまた目をそらす。

 宗助は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

「そんなに見るな……」


 紫苑は目を見開いた。



「……ふ~ん」

 紫苑の楽しそうな声がした。

 嫌な予感がして宗助がもう一度横目で紫苑を見ると、背伸びをした紫苑の顔がすぐ目の前にあった。


「わっ! おい……!」

 宗助は思わず二歩後ろに下がった。


 宗助の様子を見て、紫苑が楽しそうに笑う。

「フフ……、そうか……。ただただ面倒だと思っていたが、悪いことばかりでもなかったな……」

 紫苑は小さく呟いた。


 紫苑は、宗助に向かって嬉しそうに微笑む。

「私は少し用事があるから、また後でな」

 紫苑は宗助にそれだけ言うと、部屋の中に戻っていった。


 襖の向こうから、紫苑の機嫌の良さそうな声が響く。

「気が変わった。簪も化粧も、もっとしていいぞ」


 ひとり取り残された宗助は、ようやく息を吐いた。

(あれが紫苑……?)

 宗助はまだ少し熱を持った顔を両手で覆った。


「確かに……子ども……とはもう言えないかもな……」

 宗助はその場にしゃがみ込みと、長い長いため息をついた。

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