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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第一章~山桜~
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二年前~菊乃屋②~

(あれは絶対に鈴だ……)

 張見世の奥に去っていく鈴を見ながら、将高はそう確信していた。

(しかし、なぜ……。鈴はまだ客をとる年ではないはずなのに…)

 二年ぶりに見る鈴は、変わらない華やかな美しさで張見世の中でも人目を引いていた。

 しかし、以前にも増して痩せてしまったためか、顔には暗い影が差していた。


(鈴はいつから見世に出ているんだ……)

 この二年、将高は鈴を探し続けていた。

 まだ元服を迎えていない十三の将高は遊郭に入ることはできない。

 そのため吉原を行き交う人に禿や若手の振袖新造(ふりそでしんぞう)留袖新造(とめそでしんぞう)の噂を訊ねては、見世の前をうろついて鈴ではないかを確認していた。

 菊乃屋の張見世に来たのはまったくの偶然だった。


 将高は、はやる気持ちを抑え一旦屋敷に戻ることにした。

 先ほど名前を呼んだせいで、菊乃屋の男衆から将高は不信な目で見られている。

 鈴の隣にいた遊女もこちらを怪訝な顔で見ていた。


 将高は屋敷に戻ると鈴に宛てた手紙を書いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「鈴、昨日はどうしたの?」

 朝、客の見送りを終えて戻ってきた鈴を見つけると、美津は駆け寄って声をかけた。

「ああ……、ごめん。見世に入る前の知り合いがいて…、ちょっと動揺しちゃって……」

「ああ、そっか…。その…恋人か何かだったの……?」

「まさか!」

 鈴は目を丸くした。

「こんな私を気にかけてくれた優しい人だったから…、今の姿を見られたくなくて……」

 鈴は悲しげに目を伏せた。

「そっか……」

 美津は鈴の様子を見て、そっと鈴を抱きしめた。


 鈴の肩に頭を乗せた美津は、ふと鈴の首の後ろに目を留める。

「あれ?」

「どうしたの?」

「ああ…、赤い湿疹みたいなのがあるよ、ここ」

 美津は鈴から体を離すと、鈴の首の後ろを指して言った。

「ああ、うん。梅毒みたい。放っておけばそのうち治るだろうって」

 鈴は首を触りながら微笑んだ。

「まぁ、梅毒になってようやく一人前みたいに言われてるけど……。鈴は無理しちゃダメだよ? もともと体弱いんだから……」

 美津は心配そうな眼差しを鈴に向ける。

「……ありがとう。でも、大丈夫だよ」

 鈴はそう言うと微笑んで美津の手を引いた。

「ほら、今のうちにしっかり寝ておこう! ちょっとしたらまた昼見世が始まっちゃう!」

「あ、うん……」

 美津は鈴に手を引かれて二階にあがっていった。



 少し眠った後、鈴と美津は朝食をとり身支度を整えると、昨夜と同じようにまた張見世に出た。

 昼見世は夜に比べると客も少ないため、鈴は美津と並んでゆっくり話すことができた。

「そういえば、鈴には兄弟とかいるの?」

「うん! お兄様がいる」

 珍しく目を輝かせている鈴の様子に、美津は思わず笑った。

「よっぽど素敵なお兄さんなんだね」

「うん、強くて優しくてカッコいいの! 昔、うちの屋敷に遊びに来てた私の友だちなんて、ほとんどみんなお兄様目当てだったんだから。美津も会ったらきっと好きになるよ」

 滅多にないほど饒舌な鈴に、美津は微笑む。

「すごい好きなんだね。鈴の初恋の人はお兄さんかな?」

「ふふ、そうかも」

「羨ましいな。私は兄弟とかいないから…。お兄さんは今どうしてるの?」

「お兄様は出家したから、今も遠縁の住職のところでお世話になってると思う。お兄様は……私が吉原にいることは知らないし」

 鈴は悲しげに微笑んだ。

「……お兄さんに会いたい?」

 美津は鈴の手を握る。

 鈴は一度美津を見てから、ゆっくりと首を横に振った。

「絶対に会いたくない」

 鈴は真っすぐに美津を見る。

「お兄様にはお屋敷にいた頃の私の姿だけ覚えていてほしいの」

「そっか……」

 美津は目を伏せた。


「おい」

 ふいに男衆が鈴に声をかけた。

「音羽、おまえに手紙だ」

 鈴は立ち上がると男衆から手紙を受け取る。

「なんか若いのが持ってきたんだ。親父からの手紙を預かってきたとかって言ってたぞ。自分の息子に遊女への手紙を持たせるなんて、なかなか腐った客持ってるんだな、音羽は」

 男衆はそう言うとおかしそうに笑った。

 鈴はそんな男衆を無視して手紙を開く。

 手紙は一見、客のひとりが鈴を想って書いたような内容だった。

 しかし、鈴にはこの筆跡に見覚えがあった。

(将高様……)

 手紙は一文の頭だけを読んでいくと、言葉になっていた。

(夕刻、裏茶屋の檜屋(ひのきや)にて待つ……将高……)

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