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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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二十五年前①

「桜を観に行きたい」

 紫苑は唐突に口を開いた。

「ん? ああ、観に行けばいいんじゃないか?」

 宗助は手に持っていた茶わんを置くと、紫苑を見て首を傾げた。

 今は紫苑の部屋に二人だけということもあり、宗助は簡単に答える。


 最近一気に暖かくなったこともあり、屋敷の庭の桜もすっかり見頃を迎えていた。

(もう花見の季節か……)

 宗助は少しだけ微笑んだ。


 紫苑は唇を尖らせる。

「おまえは冷たいな……。こんなか弱い少女ひとりで行かせる気か?」

「か弱いって……。さすがに誰かついていくだろうけど、俺じゃなくてもいいだろ?」

 宗助は料理に視線を戻しながら答える。

 宗助の膳の上には、当然のように紫苑の分の刺身の皿があった。

「俺は忙しいんだよ。今日もこのあと、ほかの奉公人の仕事の手伝いがあるし」


「いいのか?」

 紫苑は低い声で言った。

「いいって……何が?」

 宗助は顔を上げて、紫苑を見た。

 紫苑はジトっとした目で宗助を見つめている。

「おまえが仕事の手を抜いていること、父上に言うぞ」

「は!?」

 宗助は目を丸くする。

「な、何のことだよ……」


 紫苑は宗助を見つめたままニヤリと笑った。

「おまえ、どの仕事も本当はもっと早くできるだろ? わざと効率の悪いやり方でやって二倍、三倍の時間をかけていること……父上に言うぞ」


 宗助は丸くなったままの目を泳がせた。

「そ、そんなわけないだろ……? 俺はいつも全力で……」

「ほ~、じゃあ、父上に言っても問題ないな」

 紫苑はそう言うと立ち上がろうとした。

「ちょ、ちょっと待て! 紫苑!」

 宗助は慌てて紫苑を止める。

「わかった! わかったから……座れ……」


 紫苑は宗助の顔を見て、にっこりと微笑むと深く腰を下ろした。

「冗談だよ」

 宗助は紫苑を軽く睨む。

「おまえ、絶対冗談じゃなかっただろ……」

 宗助は小さくため息をついた。

「それに俺は手を抜いているわけじゃなくて、足並みをだな……」


「ああ、知っている」

 紫苑は微笑んだ。

「おまえ、仕事の早い奉公人と一緒のときは早いからな。一緒に仕事をする相手に合わせているんだろ?」


 にこやかに笑う紫苑を見て、宗助はもう一度ため息をつくと頭を掻いた。

「わかっているなら脅すなよ……」

「それとこれとは別だ。もっと早く仕事ができるのは事実だしな。それで、一緒に桜を観に行ってくれるのか?」


 宗助は紫苑をジトっとした目で見つめた後、静かに目を閉じた。

「……わかったよ。で、どこに観に行くつもりなんだ?」

「ああ、あの山の麓に行きたいんだ」

 紫苑はおよその方角を指さした。


「え、冗談だろ……? 山の麓の桜並木まで行くつもりか?」

「ああ」

「遠すぎるだろ……? おまえは駕籠(かご)に乗っていくとはいえ……」

「いや、おまえと二人で歩いていく」

「……は?」

「だから、歩いていく」

 宗助は紫苑をじっと見つめる。

「おまえが力尽きても、俺は()ぶってやらないぞ……?」


 宗助のひどく真剣な表情に、紫苑は思わず吹き出した。

「それは考えていなかったが……、それはそれで面白そうだな」

「笑いごとじゃない。それにあそこまで行くなら、ほとんど一日時間が潰れるからなぁ……。いつ行きたいんだ?」

「明日だ」

「は?」

「明日行く」

 宗助は呆気にとられる。

「いや……、俺にも一応奉公人としての仕事があるから……」

 宗助の言葉に、紫苑はにっこりと笑った。

「明日の分を今日のうちにやればいいだろう? おまえが本気でやればできるってこと、わかっているんだぞ」

「……鬼か?」

 紫苑はフッと笑う。

「鬼はこんな可愛いお願いしないだろう?」

「一体どこに可愛さがあったんだ……。それにお願いじゃなくて脅しだっただろ……」

 宗助はそう言うと、長く息を吐いた。

「もうわかったよ……。じゃあ、これ食べたら俺はもう行くからな。仕事するから……」

「ああ、頑張ってくれ」

 紫苑はにっこりと笑った。


(まったく……)

 宗助は残りの料理を口にかき込みながら、チラリと紫苑を見る。

 紫苑はいつも通り上品に料理を口にしていたが、その顔にはわずかに笑みが浮かんでいた。


(まぁ、屋敷から出る機会もあんまりないからな……)

 宗助は紫苑を見て少しだけ微笑んだ。

(花見くらい、付き合ってやるか……)


 宗助は急いで食事を終えると、二日分の仕事をこなすべく急いで紫苑の部屋を後にした。

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