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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第六章〜紫苑〜
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震える手

「花魁、叡正様がいらっしゃいました」

 咲耶の部屋に緑の声が響く。

 布団で横になっていた咲耶は、返事をすると体を起こした。

(手紙が届いたか……)

 火事から十日ほどが経ち、喉の調子も良くなった咲耶は、叡正に手紙を出していた。


 襖が開き、叡正の姿が目に入る。

 入口で立ち尽くす叡正の顔色はひどく青ざめていた。

(なんだ……? 私より叡正の方が調子が悪いんじゃないのか……?)

 叡正はただ咲耶を見つめていた。


「えっと……、心配かけて悪かったな。もうすっかり元気なんだが、まだ布団で寝ていろと楼主がうるさくてな……。来てもらったのに、こんな格好で申し訳ない」

 咲耶は叡正に向かって微笑む。

 叡正は部屋の入口で咲耶を見つめたまま、何も言わなかった。


(え……? どうして何も言わないんだ……?)


 緑はお茶を淹れるため部屋を出ていったため、二人の間に重苦しい沈黙が流れる。


「えっと……、そんなところにいないでもう少しこちらに来てくれ」

 咲耶の言葉に、叡正はゆっくりと咲耶のいる布団に近づいてきた。

 咲耶はホッと息を吐く。

「今日来てもらったのは前に言っていたお礼の件だ。少し待っていてくれ」

 咲耶はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。


 戸棚に向かおうと叡正に背を向ける。


 その瞬間、咲耶は後ろから温かいものに包まれた。


(え……?)


 少し振り向いた咲耶の頬に、叡正の長い髪がかかる。

 咲耶は目を見開いた。

 叡正の腕が咲耶をやわらかく包んでいた。

 長い髪に隠れ、叡正の表情は見えない。


「……た」

 咲耶の耳元で叡正のかすれた声が響く。

「……よかった。本当に……よかった」


 咲耶を抱きしめる叡正の手はかすかに震えていた。

「叡正……」

 咲耶は思わず呟く。


(ここまで心配されているとは……思っていなかったな……)


 咲耶はしばらくそのままじっとしていたが、やがて目を閉じると、叡正の手に自分の手を重ねた。


 叡正の体がビクリと震える。


「心配かけて悪かった……」

 咲耶は叡正の方を見ながら小さく呟く。

「それから……ありがとう。心配してくれて」

 咲耶の言葉に、叡正が弾かれたように咲耶を見る。


 互いの顔が触れそうな距離で、二人の視線が重なった。


「わ、悪い!!」

 叡正は慌てて咲耶から手を離すと、後ずさりして両手を上げた。

「こんなことするつもりは! わ、悪かった!」

 叡正の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


「あ、いや、そんな気にすることでは……」

 叡正のあまりの反応に、咲耶は目を丸くする。


「いや! 悪かった!! 本当に申し訳ない!」

 叡正は両手で顔を覆うとその場にうずくまった。

 叡正の顔は耳まで真っ赤だった。


 しばらくポカンとしていた咲耶は、叡正の反応に思わず吹き出した。

 叡正が指の隙間から咲耶を見上げる。

「わ、悪い……。おまえの反応があまりにも(せわ)しないから……」

 咲耶は笑いながら叡正を見た。

「青い顔をして入ってきたかと思えば、急に真っ赤になって……。でも、なんだろう……。ホッとした」

 咲耶は笑い過ぎて滲んだ目元の涙を拭うと、叡正を真っすぐに見た。

「うん、ホッとしたんだ。ありがとう、叡正」

 咲耶は叡正に向かって微笑んだ。


 咲耶の様子を指のあいだから見ていた叡正は、顔を覆っていた両手を下ろした。

「その……、よくわからないが……、笑ってもらえたならよかった」

 叡正は咲耶から視線をそらしながら呟くように言った。


「フフ……、まぁ、とりあえず布団の横に座って待っててくれ」

 咲耶はそれだけ言うと、戸棚に向かった。


 背後で叡正が長い息を吐く音が聞こえ、咲耶はそっと微笑んだ。

(心配されて嬉しいと思ったなんて、申し訳なくてとても言えないな……)

 咲耶は戸棚の扉を開けると、目的のものを取り出す。

 なぜかうなだれて座っている叡正の方を向くと、咲耶は口元を引き締めて叡正のもとに向かった。

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