表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第一章~山桜~
17/324

二年前〜菊乃屋①〜

 張見世に咳き込む音が響いていた。

「鈴、大丈夫?」

 美津が声をひそめて鈴に聞いた。

「大丈夫……。ごめんね」

 鈴は美津に向かって微笑む。

音羽(おとわ)、客だ」

 男衆が鈴に声をかけた。

 音羽とは鈴の妓名だった。

「また? 鈴は今戻ってきたばかりなのに……」

 美津が小声で呟く。

「仕方ないよ。行ってくるね」

 鈴は美津に微笑むと立ち上がった。

蜜葉(みつは)も客だぞ」

 後ろで美津も呼ばれるのが聞こえた。


 もう二年近く、この繰り返しだった。

 張見世に出て、客がつくと座敷にあがり、客が帰るとまた張見世に戻り、また客がつく。

 よほど何度も来た客でなければ、鈴は誰が誰だかわからなかった。

 会話らしい会話もなく、ただ繰り返される行為に、鈴は麻痺し始めていた。

 早く一日が終わることを願い、また一日が始まることに絶望した。

 鈴の人気は初めて見世に出たときから衰えることを知らず、気がつけば鈴は自分の座敷を持つほどの売れっ妓になっていた。


「顔色が良くないぞ。大丈夫か?」

 座敷に入ると客の男が口を開いた。

 鈴は顔を上げる。

 よく来る客だったため、鈴は男の顔は覚えていた。

「大丈夫です。いつも心配してくださってありがとうございます」

 鈴は微笑んだ。

「またこんなに痩せて」

 男は鈴の肩や腕に触れながら呟く。

「ふふ、大丈夫ですよ」

 鈴は男の首に腕を回した。

「ちゃんと食べるんだぞ」

 男は鈴を抱き寄せながら言う。

「はい」

 鈴は明るい声で返事をしながら、そっと目を閉じた。

 体を重ねながら鈴は、ただ早くこの時間が終わることだけを願っていた。



 鈴が張見世に戻ると、すぐに美津も張見世に戻ってきた。

「本当に大丈夫なの? かなり顔色が悪いよ」

「うん、ちょっと体がだるいだけで大丈夫だよ」

 鈴は微笑んだ。

「休ませてもらったら? 鈴はほかの子たちの何倍、何十倍って客とってるんだから、さすがに休ませてもらえるよ」

 美津は心配そうに鈴を見る。

「ありがとう……。でも、休むといろいろ考えちゃうから……。いっそ何も考える時間がない方がいいのかも」

 鈴はそう言うと格子の向こうを行き交う人たちを見た。


(もう私は、一生ここから出ることはないのかもしれない……)

 鈴がぼんやりとそんなことを考えていると、ひとつの人影に目が留まった。

 格子からこちらを見ようとできた人だかりの中で、その影だけがずっとこちらを見ているようだった。

 格子の向こうは薄暗く見えにくいため、鈴はじっと目を凝らす。

「!?」

 鈴の目が大きく見開かれる。

「どうしたの?」

 鈴の異変に気づいた美津が声をかけた。

 鈴の顔はみるみるうちに青ざめていく。

(将高様……)

 鈴は思わず口元に手を当てる。

 将高の顔もひどく青ざめているように見えた。


「音羽、客だ」

 鈴に声がかかる。

 鈴は顔を伏せてふらふらと立ち上がった。


「……鈴!」

 背中を向けた鈴の耳に将高の声が届いた。

 鈴は一瞬動きを止めたが、逃げるように張見世を出ていった。

(どうして……)

 鈴は客から見えないところまで来ると思わずしゃがみ込む。

「……こんな姿、見られたくなかったのに……!」

 鈴は両手で顔を覆った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 咲耶、なかなかの毒舌ですね。 でも相手の状況を考えない叡正も悪いのも事実。 そして鈴の置かれた状況は想像以上に酷かった。 追い打ちをかけるべく、将高の登場。 こりゃあ鈴からすれば辛いですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ