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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第五章~黒百合~
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地獄へ

「遅い……!」

 部屋の中を歩き回っていた忠幸は、苛立たしげに親指の爪を噛んだ。

「何をしているんだ……!」


 裏茶屋に火を点け、信を焼き殺す手筈になっていたが、いまだに報告役の者は戻ってきていなかった。

(もう夜だぞ……。うまくいったんだろうな……! もし失敗していたら俺は……!)

 

「クソッ……!」

 忠幸は頭を掻きむしる。

(落ち着け……。きっと成功しているさ……)

 忠幸はゆっくりと息を吐いた。

(とにかく今は待つしかない……。外の空気でも吸うか……)

 忠幸は軽く胸を叩くと外の空気を入れるため、障子を開けた。


 外から吹く風は生温かく、どちらかといえば蒸し暑い不快な夜だったが、忠幸はそれでも少し呼吸がしやくなったような気がした。

 忠幸はそっと目を閉じる。

(これさえ終われば、ようやく安心して眠れるんだ……)

 忠幸がもう一度息を吐こうとしたとき、ふと喉元に冷たいものが当たった。


(……え?)


 忠幸が反射的に一歩後ろに下がると、何か温かいものにぶつかった。

 忠幸の背中を、嫌な汗が伝う。



「……こいつを待っていたのか?」

 耳元で聞き慣れない男の声がした。

 忠幸は恐怖で目を開けることができなかった。

 喉元に再び冷たいものが当たる。

「連れてきてやったぞ」

 男が耳元で低く囁いた。


 忠幸は薄く目を開ける。

 忠幸の足元には全身血まみれの男が転がっていた。

 火付けとその報告を命じた男だった。

「ひっ……!」

 思わず後ずさると再び温かいものにぶつかった。


「残念だったな、殺せなくて……」

 忠幸が恐る恐る首をひねって後ろを見ると、冷たい薄茶色の瞳が真っすぐに忠幸を捉えていた。

 獰猛な獣を前にしたときのように、忠幸は恐怖で声を出すことができなかった。

 喉元にひりつく痛みが走る。


「この男が教えてくれた。おまえが命じたと……。間違いないか?」

 獣のような男は何の感情もない声で聞いた。

「あ……、お、俺じゃ……」

「おまえだろ?」

 男の目がより鋭くなった気がした。


(なんて答えたって……こいつは俺を殺す気なんだ……!)

「ああ! お、俺だよ……! おまえが先に俺を殺そうとしたんだろ!? 自分の身を守って何が悪い!?」

 忠幸は男を横目で見たまま、吐き捨てるように言った。

「俺を殺したところで……おまえだって殺されるんだ! こんなこと、続けられると思うなよ!?」


 忠幸の言葉を聞き、男は薄っすらと微笑んだ。

 不気味な微笑みに、忠幸の顔が凍りつく。


「勘違いするな。俺の命なんてどうだっていい」

 男は忠幸に顔を近づけると、見開いた目で忠幸を見つめた。

「俺は、俺が死ぬまでにひとりでも多く、俺みたいな人間を地獄に連れていきたいだけだ」

 男の薄茶色の瞳には、恐怖で歪む忠幸の顔だけが映っていた。

「や……めろ……」

「さぁ、行こうか」

 忠幸の首に当たるものに力が込もるのがわかった。

「やめ……!!」

 忠幸の叫びは途中から声にならなかった。

 忠幸の瞳に最後に映ったのは、自分から噴き出した血で赤く染まる障子と小刀、そして赤黒く爛れた化け物ような手だった。

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