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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第五章~黒百合~
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才能

「それじゃあ、無事に良庵のところに置いてもらえることになったんだな?」

 叡正の話を聞き終えた咲耶はホッと胸を撫でおろす。


 叡正が法要で橘家を訪れてから三日後、叡正は咲耶の部屋を訪れていた。

「ああ、昨日あたりからもう仕事を手伝ってるみたいだ」

 叡正は咲耶を見て微笑んだ。

「そうか……」

 咲耶は軽く微笑むと目を伏せた。

(正直断られるかもと思っていたが……。了承してくれてよかった……)


「あ、この貸しは高くつくぞとは言ってたけど……」

 叡正が思い出したように付け加えた。

 咲耶は苦笑する。

「まぁ、そうだろうな……」

 咲耶はそれだけ言うと、叡正を真っすぐに見た。


「今回、咲を助けられたのはおまえのおかげだ……。本当にありがとう」

 咲耶の言葉に、叡正は少しだけ顔を赤らめた。

「そんな……たいしたことはしてないから……」

 叡正は照れたように視線をそらす。

 その様子を見て、咲耶はそっと微笑んだ。


(これで残るは……)

 咲耶は息を吐くと、静かに目を伏せた。


「あ、そういえば……」

 叡正は咲耶を見て口を開く。

「あいつ……信が怒っていた……気がする」


「怒っていた……? え? 誰が……?」

 咲耶はポカンとした表情で叡正を見た。

「だから、信が……」

「信……? え……、あの信が……??」

 咲耶は目を丸くする。

 咲耶が知る限り、信が怒ったことは今まで一度もなかった。

 表情が変わることすらあまりない信が、怒るところなど咲耶には想像すらできなかった。


「おまえ、すごいな……」

 咲耶は思わず呟いた。

「あの信まで怒らせるなんて……ある意味才能だな……」

「……ん? いやいや、怒ったのは俺に対してじゃない……! たぶん……」

 叡正は慌てて言った。

「それに、信までってなんだ。までって!」


 咲耶は思わず笑った。

「すまない。つい口が……。……それより、誰に怒ったんだ? あの信が……」


 叡正は何か考えるようにしばらく目を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。

「誰っていうより……行動や言葉に対して……なのかもしれない。あの咲って子……最初は逃げないつもりだったから……。あと『どう生きればいいかわからない』って言葉に対して怒っていた……ような気がする……」

 叡正の言葉に咲耶は目を伏せた。

(ああ……そういうことか……)


 信を助けたとき、信がどのように生きてきたのか、咲耶は大まかに聞いていた。

 信の気持ちまで聞いたことはなかったが、どんな思いで生きてきたか想像することはできた。


(信も、信の姉も生き方なんて選べる状況じゃなかったからな……)

 咲耶はゆっくりと息を吐いた。


「まぁ、あの後すぐいつもの顔に戻ったから、俺の勘違い……かもしれないけど……。あれから、まだ信には会ってないのか?」

 叡正は咲耶を見た。

「ああ、まだ会っていない。明日裏茶屋で会うことになっているから、様子を見ておくよ」

 咲耶は叡正を見て微笑んだ。

「そうか。じゃあ、俺はこれで。そろそろ寺に戻らないと」

 叡正はそう言うと立ち上がった。


「あ、そうだ。叡正」

 咲耶は、襖に向かって歩き始めていた叡正を呼び止めた。

「ん?」

 叡正は少しだけ振り返り、咲耶を見る。

「ここ最近、おまえに助けられてばかりだから、何か礼をしようと思ってな。今度渡すから、近いうちにまた来てくれ」

 咲耶がそう言うと、叡正はなぜか怯えたような顔をした。


(ん? なんだその顔は……)

 咲耶は首を傾げる。

「どうした?」

 咲耶は叡正を見つめた。


「あ、いや……。ここに呼ばれたときは、いつもろくでもないことが起こるから……。しかも、今日は礼がしたいなんて……何かすごく悪いことが起こりそうで……」

 叡正は心底怯えているように見えた。

 咲耶は目を丸くした後、ゆっくり長く息を吐く。


「おまえ……やっぱり……才能あるよ……」

 咲耶は額に手を当てて、小さく呟いた。

「え?」

「なんでもない。ほら、寺に戻るんだろう? さっさと行け!」

 咲耶は額に手を当てたまま言った。


「あ、ああ。……じゃあ、また来る」

 叡正は戸惑いながら、それだけ言うと襖に手を掛けた。

「ああ、またな」

 咲耶は叡正の背中に向かってそう言うと、ため息をついた。


「まぁ、私が悪いな……」

 ひとりになった部屋で、咲耶は叡正をぞんざいに扱ってきたことを静かに反省した。

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