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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第五章~黒百合~
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忍び寄る影

「誰だ……?」

 月明かりに照らされて、障子に薄っすらとした影が揺れていた。

 橘忠幸はそっと床の間にある刀に手を伸ばす。

 


「……俺ですよ」

 障子の向こうから、両手を上げた男が薄い笑いを浮かべて現れる。

 忠幸は小さく息を吐くと、刀から手を離した。

「なんだ、おまえか……」


「なんだとはなんですか。心配して来てあげたんですよ?」

 額に傷のある男はフッと笑うと、部屋の中に入った。

「心配? ……どうせ笑いにでも来たんだろう?」

 忠幸は忌々しげに言うと、男に背を向けた。


 男は忠幸の背中を見つめると、静かに息を吐いた。

「さっさと逃げた方がいいんじゃないですか? このままじゃ、殺されますよ?」


「どうして俺が逃げる必要がある? 俺は犬なんかに殺される気はない」

 忠幸は男を少しだけ見ると、不快そうに眉をひそめた。


(おいおい、どこから来るんだよ、その自信は……)

 男は悪態をつきたい気持ちをなんとか抑えた。

「殺される気はないって言っても、真正面から行って勝てる相手じゃないですよ?」


「そんなこと言われなくてもわかってる!」

 忠幸は苛立ちを隠す様子もなかった。


 男はため息をつく。

(そんな調子だから、自分の飼い犬に手を噛まれるんだろうが……)

 飼い犬に売られた可哀そうな主人だということはわかっていたが、男は忠幸に手を差し伸べる気にはなれなかった。

(こっちはあの方に言われたから、仕方なく警告してやってるっていうのに……)


「じゃあ、どうするつもりなんですか?」

 男はため息交じりに聞いた。

「要は、正面から行かなければいいんだろう……?」

「……は?」

「俺は殺されない……。俺が……先に殺してやる……」

 忠幸は男に背を向けて呟くように言った。


 男は眉をひそめて、忠幸の背中を見つめる。

(なんか……厄介なことになりそうだな……)

 男は額の傷を掻いた。

「俺は、逃げるのが一番いいと思いますけどね……」


 男の言葉に、忠幸が勢いよく振り返った。

「だから、どうして俺が屋敷を捨てて逃げなきゃいけないんだ! これまで築いてきたものを捨てる気はない!」

 忠幸の顔は怒りで赤くなっていた。


(たいしたもの築いてねぇだろうが……)

 男はゆっくりと息を吐いた。

「まぁ、そういうことなら……好きにしてください。俺はあの方に様子を見てきてやれと言われて来ただけなので」


「俺は死なない」

 忠幸は独り言のように呟く。


「はいはい、そう伝えておきます」

 男はそう言うと、忠幸に背を向けた。


「クソッ……あの方のお気に入りだからって……犬のくせに偉そうに……」

 忠幸の呟くような声が、かすかに男の耳に届いた。


 部屋を後にした男は、思わず苦笑した。

「お気に入りねぇ……」

 男は静かに目を伏せた。

「あの方にとってはただの玩具(おもちゃ)だよ。……俺も、おまえもな」

 男は小さく呟くと、夜の闇に消えていった。

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