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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第五章~黒百合~
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助けることで

「だいたい話しはわかったが……」

 ひと通り話しを聞き終えた良庵はため息をついた。

「それなら、別にここじゃなくたっていいだろう……。商家で人手がほしいところなんていくらでもあるんだから……」

 良庵は、向かい側に座っている信を見た。

 信は良庵の視線に気づき、顔を上げる。

「咲耶はどうして俺の助手にしようなんて思ったんだ?」

 良庵は首をひねった。


 二人の話を聞いていた叡正も、信に視線を向ける。

(確かに……。どうして咲耶太夫はここに連れていくように言ったんだ……?)


 視線を受けて、信がゆっくりと口を開く。

「ひとりで生きられるようになってほしいそうだ」

「ひとりで?」

 良庵の言葉に信は静かに頷いた。


(そうか……。確かに医者の助手なら、医者にならないにしてもいろんな道が選べるか……)

 叡正は咲耶の考えがなんとなくわかった気がした。


 医者の助手をしていれば薬の知識を得て、いずれ薬屋になることができるかもしれない。

 咲自身が子どもを生めば、医学の心得のある産婆になることもできるだろう。

 女がひとりで生きていくことが難しい江戸で、医学の知識は武器になる。


「ん~、その考えはわからなくもないが……」

 良庵は腕組みをしながら、咲を見た。

「あんたはそれでいいのか? 医者なんて、そんなにいい仕事じゃないぞ」


 急に視線を向けられ、咲は慌てて背筋を伸ばした。

「そ、そんな! お医者様はすごく立派なお仕事です!」

「立派ねぇ……」

 良庵は苦笑する。

「医者が人を救えるなんてのは幻想だよ。できるのは痛みを和らげたり、症状を抑えたりすることくらいだ。病気も怪我も、結局は自力で治してもらうしかない。どんなに医者が頑張ろうと、死ぬやつは死ぬんだ。目の前で死なれて、残された家族から責められることだって少なくない。あんた、それに耐えられるのか?」

 良庵の言葉に、咲は目を伏せた。


「医者にできるのは生きる手助けだけだ」


「生きる……手助け……」

 咲は良庵の言葉を繰り返した。


 咲はしばらくうつむいていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「それなら、やはり私は……ここで働きたいです」


 咲の言葉に、良庵は意外そうな顔をした。

「本当にいいのか? 助手とはいえ、ラクじゃないぞ?」


「はい」

 咲は良庵を真っすぐに見て頷いた後、わずかに目を伏せた。

「……私、今までずっと兄に助けてもらって生きてきたんです。何も考えずに……それが当たり前みたいに……。もしかしたら兄にも……誰かに助けてもらいたいときがあったかもしれないのに……」

 咲はそう言うと悲しげに微笑んだ。

「だから今度は、私が助けられる人間にならなきゃいけないんです。たとえ助けられなくても、助けようとする人間になりたいんです。もし……また兄に会えたら、今度は私が兄を支えられるように……」


 咲の言葉に、叡正は顔を曇らせるとそっと目を伏せた。


 叡正の様子を見て、良庵は何かを悟ったように小さく息を吐く。

「そうか……。わかった。それならここに置いてやるよ……」

 良庵はそう言うと頭を掻いて、信を見つめる。

「咲耶に言っとけよ。この借りは高くつくぞってな」


「ああ、わかった」

 信は淡々と言った。


「あ、ありがとうございます!」

 咲は嬉しそうに目を輝かせると、深々と頭を下げた。


「まぁ、そうと決まれば、俺が管理してる長屋でちょうど空いてるところがあるから、あんたはそこで今日から寝泊まりしな。後で案内してやるから」

 良庵は咲にそう言うと、信と叡正に視線を移した。

「で、おまえら二人にもう用はないから、さっさと帰れ」

 良庵はにこやかにそう言うと、信と叡正の腕を掴み引きずるように長屋の外に連れ出した。


 二人とともに外に出て長屋の戸を閉めると、良庵は深いため息をついた。

「とりあえず、あの子は俺が面倒みるからいいとして……」

 良庵は信を見つめた。

「あんまり危ないことに首突っ込むなよ? 詮索する気はないが……おまえだって死ぬときは死ぬんだ。あのとき助かったのは奇跡に近い。今度あんな状態になったら、おまえ死ぬぞ。それに……」

「ああ、わかってる」

 信は淡々と言うと目を伏せた。


 叡正は静かに二人を見つめていた。

(あのときって何のことだ……?)


 良庵はこめかみを指で押さえると、目を閉じて長い息を吐いた。

「わかってはなさそうだけど……。まぁ、いい……。とにかく気をつけろよ」


「ああ」

 信は短く答えると、良庵に背を向けて歩き始めた。

「あ、おい、待てよ!」

 叡正は慌てて良庵に頭を下げると、信の後を追う。


「まったく……危ないのはおまえだけじゃないんだぞ……」

 背後でため息交じりにそう呟く声が、叡正の耳にかすかに響いた。

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