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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第五章~黒百合~
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橘家の法要②

(そろそろ誰かに声を掛けたいな……)

 先ほどから何人かの奉公人とはすれ違っていたが、叡正の法衣を見ると会釈をしてすばやく通り過ぎていくため、なかなか声を掛けることができずにいた。


 叡正が思い悩みながら廊下の角を曲がると、その瞬間、反対側から歩いてきていた女とぶつかった。

「あ、すまない」

 よろける女を慌てて叡正が抱きとめる。

「いえ! こちらこそ! 申し訳ございませ……」

 女は慌てて半歩下がると顔を上げた。

 叡正の顔を見た瞬間、女は目を見開く。

 頬は赤く染まり、謝罪の言葉は不自然なかたちで途切れた。


(あ、今が声を掛ける絶好の機会か……!)

 叡正は意を決して女を見た。


「少し聞きたいことがあるんだが、今話せるだろうか?」

 叡正はよそいきの綺麗な微笑みを浮かべた。

 女は叡正の笑顔を見ると、ますます顔を赤くした。

「あ、はい! もちろん大丈夫です!」

 女は目を輝かせる。

「ありがとう。人を探しているんだが、ここに『さき』という奉公人はいるか?」

 叡正の口から女の名が出てきたことに、女はあからさまに肩を落とした。

「あ、はい……。(さき)は、私と同じ飯炊きですが……お知り合いですか……?」

「知っているんだな!」

(いた! こんなに早くわかるなんて!)

 肩を落とした女とは対照的に、叡正は喜びで思わず頬が緩んだが、女のジトっとした視線を受けて慌てて首を横に振った。

「あ、いや、知り合いというわけではないんだ。そこで落とし物を拾ったんだが、『さき』という刺繍があったから届けようと思ってね……」

「ああ! そうだったのですね!」

 女の顔がパッと明るくなる。

「それでしたら、私が届けておきますので」

 女はそう言うと、にっこりと微笑んだ。


(う……、それだと困るんだよな……)

 叡正の顔が思わず引きつる。

「あ、いや。落とし物を俺の勝手な判断で人に渡すというのは気が引ける。手間をとらせて悪いんだが、『さき』という奉公人のところまで連れていってもらえないだろうか?」

「咲のところにですか……? 私の一存でお客様をお屋敷の奥までお連れするというのは……」

 女は顔を曇らせると叡正から視線をそらした。


(まずい……。いることはわかったが、なんとか顔くらいは見ておかないと……。あと一押し……なんとか……)

 叡正は意を決して女の手をとった。

「……え?」

 ふいに手を掴まれた女は、目を丸くする。

 叡正は女の手を両手で包むと、顔を近づけて懇願するように女をじっと見つめた。

「……頼む」

 女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「届けてやりたいんだ。頼む」

 叡正は真っすぐに女を見つめ続けた。


「あ、そ、その……。そこまでおっしゃるなら……。は、はい……、お連れします……から……」

「ありがとう! 恩に着る!」

 叡正は力強く女の手を握りしめた。

「あ、は、はい……!」

 女は首元まで赤くしながら言った。


(なんとか探すという約束は果たせそうだな……)

 叡正はホッと胸をなでおろした。


「そ、それではご案内しますので……ついてきてください」

「ああ、頼む」

 叡正はそう言うと、女の手をそっと離した。

 女がくるりと背を向けて廊下を歩き出す。

 その首筋はまだほんのりと赤かった。


『おまえの色気でなんとか……』

 叡正は一昨日、咲耶に言われたことを思い出していた。


(俺の使い道ってやっぱりこんな感じのことしかないんだよな……)

 叡正は少しだけ情けなくなり、前を歩く女に聞こえないくらいの小さなため息をついた。

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