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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第五章~黒百合~
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救い出す方法

「橘家? それって橘忠幸(ただゆき)様のことか?」

 咲耶に呼び出されて部屋を訪れた叡正は、唐突に話しに出てきた橘の名前に首を傾げた。

「なんだ、知っているのか?」

 咲耶は少し驚いたように言った。

「ああ、まぁ……うちの寺の檀家のひとつだからな。でも……どうして突然橘様の名前が出てくるんだ?」

 叡正は不思議そうな顔で聞いた。


「おまえ……本当にちゃんとした僧侶だったんだな……」

 咲耶が驚いた顔のまま呟く。

「逆に今まで何だと思ってたんだ……」

 叡正は驚かれたことに驚いていた。

「いや、寺に居候しているだけの生臭坊主くらいの感覚になっていたからな。すまない、気を悪くしないでくれ」

「ああ……少し傷ついたが、気は悪くしていないから大丈夫だ」

 叡正は引きつった笑顔で応えた後、深いため息をついた。


 昨夜、玉屋に来てほしいという内容の手紙を受け取ってから、叡正は嫌な予感しかしていなかった。

(こうやって呼び出されるときは、ロクなことがないからな……)

 重い足を引きずるように咲耶の部屋を訪れると、案の定、お願いしたいことがあると言われ、叡正はすでに帰りたい気持ちでいっぱいだった。


「それで、どうして橘様の名前が出てきたんだ?」

 叡正は気を取り直して咲耶に聞いた。

「ああ……細かいことを省略して話すと、橘家にいる『さき』という女を連れだしてほしいんだ」

「は!?」

 叡正は目を丸くする。

「ちょっと待ってくれ。まずは細かいところを説明してほしいんだが……」

「ああ、そうだな。このまま橘家にいると、命の危険があるから連れ出してほしいんだ」

「命の危険……?」

 叡正は頭が痛くなっていくのを感じた。

「ちょっと待ってくれ……。顔見知りでもない俺がどうやって連れ出すんだ? 知らない男に『ここにいると命の危険があるから、俺と一緒に来てくれ』って言われても普通ついてこないだろう? それとも命が危ないことは本人もわかっていて、連れ出してほしいと言っているのか?」

「いや、本人は知らないはずだ。連れ出してほしいと望んでいるのはその女の兄で、兄は先日死んだ。兄が死んだこともおそらくその女は知らないだろうから……」


(妹の身を案じながら死んだってことか……)

 叡正は目を伏せた。

 妹を想う気持ちは叡正にもよく理解できた。


「……わかった。できる限りのことはするが、どうやって連れ出す気なんだ?」

「それは……」

 咲耶は珍しく目をそらしながら、気まずそうに微笑んだ。

「おまえの色気でなんとか……」

「な!?」

 叡正は目を見開いた。

「無理だろう! そんなの! ……まさか何の計画もないのか……?」


 咲耶は気まずそうに微笑むと小さく頷いた。

(嘘だろ……?)

 叡正は呆然と咲耶を見つめる。


「すまない……。私も『さき』という名前以外何も知らないんだ。橘家にいることはわかっているが、そこでどのような仕事をしているのかもわからないから計画の立てようがないんだ……。顔もわからないしな。そして、とにかく時間がない……」

 咲耶は申し訳なさそうに笑った。


「顔もわからない……?」

 叡正は開いた口が塞がらなかった。

「まぁ、その……連れ出せるかどうかは別として、『さき』っていう女を見つけることはできるかもしれない……」

 叡正の言葉に、咲耶は不思議そうな顔で叡正を見た。


「明後日、橘家の法要があるんだ。二十三回忌だから橘家の屋敷でやるらしくて、俺も行くことになってるから、探すだけならできるかもしれない……」

(たぶん……)

 叡正は心の中でそう付け加えた。


「叡正……」

 咲耶が珍しく名前を呼んだことに、叡正は目を丸くした。

「すごいな、おまえ……。ただの生臭坊主だと思っていて本当に悪かった」

 咲耶は目を輝かせて叡正を見た。

「あ、ああ……。少し傷ついたが大丈夫だ」

 叡正は引きつった笑顔で応えた。


「ところで、連れ出した後はどうするつもりだったんだ? ただ連れ出しただけじゃ、その後生きていけないだろう?」

 叡正の言葉に咲耶はハッとしたような顔をした。

「まさか……何も考えてなかったのか……?」

 咲耶は気まずそうに微笑んだ。

 叡正は呆然と咲耶を見る。


(咲耶太夫は人の心を見透かせるから、何でも思い通りにできるんだって思ってたけど……)

 今、目の前にいる咲耶はそんな神のような存在ではなく、人のために自分ができることを必死になって考えるごく普通の人間に見えて、叡正は少しだけ嬉しくなった。


「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」

 咲耶は少し睨むように叡正を見た。

「い、いや、なんでもない」

 叡正は慌てて首を横に振った。

 咲耶が人間らしく見えて嬉しかったとは、叡正はとても口にできなかった。

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