死を運ぶ者
(あれから、どれぐらい経ったんだ……?)
与太郎は暗闇の中でもがいていた。
(目隠しと猿ぐつわをされて、殴られたところまでは記憶にあるが……)
背中には相変わらず、硬い柱の感触があった。
与太郎は腕に力を入れる。
(腕も柱に括りつけられたままか……)
与太郎は全身を揺さぶった。
かなりきつく縛られているのか、体はまったく動かなかった。
(くそっ……! あいつは何て言ってっけ……)
与太郎は冷たい瞳で見下ろす薄茶色の髪の男を思い浮かべる。
『同心が来るまでここにいろ』
与太郎は男の言葉を思い出した。
(そうだ……! あいつ同心が来るって……。くそっ、捕まってたまるか!)
与太郎は必死で体を揺すった。
腕に縄が食い込んで擦り切れる。
(いてぇ……。痛いけど…………)
「おいおい、そんなに動いたら傷ができるだろう?」
突然、男の声が与太郎のすぐ耳元で聞こえた。
与太郎は身を固くする。
一気に顔から血の気が引いた。
(何の気配もなかったのに……!)
「いいざまだなぁ」
男が低く笑っているのがわかった。
「ご丁寧にやりやすい状態で置いていってくれるとは……。手間が省けて助かるよ」
(な、なんだ……!? だ、誰なんだ!? さっきとは違う男か……?)
「うぅ、ううぅ!!」
与太郎は必死で呻いた。
「やっぱり俺にはこういうゴミの処理の方が性に合ってる」
男の声はどこか楽しそうだった。
(こいつ、俺を殺す気なのか!?)
「うぅ! うぅうう!!」
与太郎は必死で体を動かして、縄をほどこうとした。
「ムダムダ。あいつがそんな逃げられるような状態にしていくわけねぇだろう? 変な傷がつくと偽装が面倒になるからやめてくれよ」
男は面倒くさそうに言った。
「同心にいろいろ話されるのと、さすがに都合が悪いからな。大人しく死んでくれ」
与太郎の首にザラザラしたものが触れる。
「うぅ!!! うぅうう!! うううう!!」
与太郎は狂ったように首を横に振った。
「あ、そうそう。あの方からの伝言だ」
男は、与太郎の耳元で囁いた。
「『君のおかげで、久しぶりに心が震えるいい舞台が観れたよ』だってさ。よかったな、ゴミでも人の肥やしぐらいには、なれたみたいで」
(……え? どういう……)
与太郎が考え始めた瞬間、ざらつくものが首に一気に食いこんだ。
「!?」
与太郎の口からくぐもった声がもれる。
与太郎は全身を激しくバタつかせたが、最後に激しく痙攣すると脱力して動かなくなった。
「はい、完了」
男の声が暗闇の中で静かに響いた。
翌朝、木島屋を訪れた同心たちは目を見開いた。
「自殺……か……?」
天井に結び付けられた縄で、与太郎は首を吊って死んでいた。
「木島屋に隠れてるって情報だったのに……」
「まぁ、逃げきれないと思ったんじゃないのか……?」
「そう……だな……」
同心たちは、恐ろしい形相で死んでいる与太郎からそっと目をそらした。
「まぁ、とりあえず死体を片付けるか」
「そうだな……」
その後、与太郎の死は遊女の後を追った自殺として処理された。




