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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第四章~桔梗~
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真実の影

 茶屋で二人の男が、茶を飲んでいた。

 二人は同じ長椅子に腰かけていたが、二人のあいだには距離がありお互いを見ることもなかった。


 日が暮れる間際の時間ということもあり、茶屋には今、二人以外誰もいない。

 もう新しい客が来ることはないと思ったのか、茶屋の主人さえ先ほど店の奥に行ったままもうしばらく戻ってきていなかった。


「なぁ」

 男が静かに口を開いた。

「あの仕事……俺がやる必要あったか?」

 男は額の左側にある古傷を掻きながら、横目で隣に座る男を見た。


(なんかイライラしてるみたいだなぁ……)

 隣にいた男は苦笑する。

 額の古傷を掻くのは苛立っているときだと、男はよく理解していた。


「おまえしか無理だっただろ? 突発の件だったし、あの方が直々におまえにお願いしたんだから」

 男は湯飲みを手に取りながら言った。

「何が不満なんだ?」


 傷のある男は短くため息をつく。

「全部不満だよ。あんな仕事に大義(たいぎ)はない」

「大義って……」

 男は横目で傷のある男を見るとかすかに笑った。

「この仕事に大義なんて求めてるのは、おまえぐらいだよ」


 傷のある男は不満げに鼻を鳴らした。

「仕事とはいえ、なんであんなゴミを助けなきゃならねぇのか理解できない。金もそんなにもらってないんだろ?」

「そうみたいだな」

 男はひと口だけ茶を飲んだ。


「なんであんなの助ける必要があったんだよ……。まぁまぁ、面倒くさかったんだぞ、アレ」

 傷のある男は呆れたように言った。

「だいたい遊女の方……なんで心中に見せかける必要があったんだよ。あんなことしたら人相書が出て逃がしにくくなることくらい、あの人ならわかってただろう」

「それは……俺も知らねぇよ。全部あの方の筋書きか?」

 男は湯飲みを長椅子に置いた。

「ああ。あんな面倒くさいこと、あの人の指示じゃなきゃやらねぇよ」

 傷のある男はため息をついた。

「まぁ、いつものアレだろ。その方が面白くなりそうだったからってやつ」

 男は目を伏せて笑う。

「ホント悪趣味」

 傷のある男はため息交じりに言った。


「まぁまぁ、アレだよ、きっと。あの方、歌舞伎好きだから」

「は? 何だそれ? 関係あんのか、それ。今回のと」

 傷のある男はじろりと男を睨む。

「まぁ、あるような、ないような……」

 男はそう言うとにっこりと微笑んだ。

 傷のある男はため息をつくと、湯飲みに視線を落とした。

「なんだよ、それ。まぁ、どっちにしろ悪趣味な理由だろ」

「ふふ、まぁ、そうだな」

 男は楽しそうに笑った後、静かに口を開いた。

「……ところで、本題は?」

「ああ……」

 傷のある男は、真っすぐに男を見た。

「今回の件、(さぐ)られてるぞ? あの毛色の違うのが動いてる。俺が逃がしたあのゴミが見つかるのも時間の問題だ。花火の件もあいつのせいでダメになったみたいだけど、どうするんだ?」

「ああ、そのことか。それなら何もしなくていいってさ。もともと、あのゴミにはあの方も興味ないから、どうなろうといいみたいだ。ただ……ね……」

 男は、傷のある男を見て微笑んだ。


「ああ、そういうことね。了解」

 傷のある男はそう言うと、立ち上がった。

「まぁ、今回はやるけど、こういうのはもう御免だな」

 机に金を置くと、傷のある男は片手を上げて茶屋の戸口に向かう。


「また……」

 男は、去っていく男の背中に向かって言った。

「あの旗本の一件みたいな大きいことがしたいか?」


 傷のある男が足を止める。

「……あれはあれで……もう二度と御免だ」

 傷のある男は背を向けたままそう呟くと、静かに茶屋を後にした。


「ふふ……、だろうね」

 男はひとりそう呟くと、湯飲みを手にとる。

 湯飲みの底に溜まった澱みを見て男は微笑むと、それを一気に飲みほした。

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