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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第四章~桔梗~
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六ヶ月前②

「おまえが山吹か?」

 座敷に入った山吹に男が聞いた。

「あ、はい……。山吹と申します」

 山吹は慌てて名乗る。

「へ~、普通だなぁ」

 男はそう言うと軽く笑った。

 山吹は男の横に座ると、膳の上にある銚子を手にとる。

「おお、ありがとな」

 男は酒杯を手にとった。

 山吹が酒杯に酒を注ぐ。

「おまえが雪之丞の女で間違いないか?」

 男は山吹をまじまじと見ながら聞いた。

「雪之丞様の女……というわけではありませんが、良くしていただいています……」

 山吹は軽く微笑みながら答えた。

 ここ最近、客から同じような質問を受けるため、山吹は深く考えることもなくいつものように返した。


「そうか。じゃあ、聞くが……」

 男は山吹に顔を近づける。

「俺は雪之丞よりいい男か?」

 男からは強い酒の臭いがした。

(雪之丞様より……?)

 山吹は目を丸くする。

 浅黒い肌に落ち窪んだ目元、薄い唇にボサボサの髪。

 雪之丞とは真逆ともいえる容姿に、山吹は言葉を詰まらせた。

 山吹はしばらく目を泳がせていたが、答えを待っている男を前に何も答えないわけにはいかず、引きつった笑みを浮かべ曖昧に首を傾げた。


 男はそれを肯定と捉えたようで満足げに笑う。

「そうか! 俺はそんなにいい男か!」

 男はそう言うと、酒杯の酒を一気に飲み干した。

(すごく酔っていらっしゃるみたい……)

「お水を持ってきましょうか……?」

 山吹がそう言って立ち上がろうとすると、男が山吹の手首を掴んだ。

「いいから、おまえはここにいろ」

 男はニヤニヤと笑いながら山吹を舐め回すように見た。

 あからさまな視線に山吹は思わず顔を背ける。


「雪之丞をどうやって虜にしたのか、俺に教えてくれよ」

 男はそう言うと、山吹を押し倒し覆いかぶさった。

 山吹は目を見開いた。

 雪之丞が入れあげる遊女ということで山吹を選ぶ客は多かったが、ここまで強引な客は初めてだった。

 男の放つ酒の臭いが近づいてくるのを感じて、山吹はギュッと目を閉じた。

(酔っているのだから仕方ない……)


 薄く開けた瞳に、男の手によって畳に押さえつけられている自分の手首が映った。

(仕方……ない……)

 山吹は男を受け入れるように体の力を抜くと、固く目を閉じた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「あんた、その手どうしたの?」

 大門への見送りを終えて見世に戻ってきた山吹を見て、浮月が声をかける。

 山吹の両手首には赤い痕が残っていた。

「あ、これは……」

 山吹は困ったように微笑むと、手首をそっと隠した。

 浮月はため息をつく。

「あんたね……、あんまりひどい客はちゃんと断りな。全部受け入れてたら体がいくつあっても足らないんだから」


 山吹は目を伏せる。

「少し酔っていらっしゃったみたいで……。でも、悪い方ではなさそうでしたから……」

 浮月は腕を組んで首を傾げる。

「そうかい? チラッと見た感じ、良い男には見えなかったけど」

 張見世で格子越しに見た男は、浮月の目には下品で傲慢な男に映った。

「あんたは今、歌舞伎役者とのこともあって客が増えてるんだから、変なやつはちゃんと断りな。今のあんたなら、それくらい許してもらえるはずだから」

 浮月の言葉に、山吹はようやく目線を上げて少し微笑んだ。

「ありがとうございます……。姐さん」

「別にいいけど……」

 浮月は山吹の手をとった。

「本当に気をつけなよ」

 浮月は山吹の赤くなった手首を見つめる。

「ありがとうございます。でも、ちゃんとした方みたいですし、大丈夫です」

「ちゃんとした人?」

 浮月は眉をひそめる。

「はい。大きい米問屋の方みたいですよ。木島屋さんっていう……」

「大きい店をやってるからって、まともってわけじゃないんだから……。ちゃんと人を見なよ?」

 浮月は心配になり山吹を見る。

 山吹は人を見る目がない。

 浮月はそのことが心配だった。


「はい。本当にありがとうございます」

 山吹は嬉しそうに微笑んだ。

(これ以上言っても仕方ないか……)

 浮月は小さくため息をついた。

「まぁ、いいや……。まだ朝早いからもうひと眠りしよう」

 浮月はそう言うと、山吹を二階に促した。

 朝日が差してもいい時間だったが、見世の中はどこか薄暗かった。

(今日は雨かもな……)

 浮月はぼんやりとそんなことを考えていた。

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