木島屋で
「ここでいいのか?」
叡正は「木島屋」と書かれた米問屋を見ながら信に聞いた。
「ああ、ここのはずだ」
信は店の中の様子を窺いながら応える。
咲耶と話してから数日が過ぎた日、叡正のもとに手紙が届いた。
手紙は「信が明日の朝、山吹と心中したとされている男の家に行く」という簡潔な内容だった。
手紙には男の家までの簡単な地図が描かれていたため、叡正はそれを見ながらここまでやってきたのだ。
「誰もいないんだよな……」
叡正は静まり返った店を見ながら呟く。
「ああ」
信はそう言うと、店の戸を開けて中に入った。
「え!? おい! ちょっと待て!」
叡正が慌てて信を呼び止める。
「どうした?」
信は振り返ると叡正を見た。
「どうしたって……。勝手に入るのは……」
叡正は辺りを見回した。
幸いにもこちらを見ている者は誰もいないようだった。
「家主がいないんだから、勝手に入るしかないだろう?」
信は淡々と言った。
「いや……、そうだけど……」
叡正が目を泳がせていると、信はそのまま奥に入っていった。
「おい! ちょっと……!」
叡正はしばらく店の前をウロウロしていたが、一向に信が出てくる様子がなかったため、周りを確認するとしぶしぶ信の後を追った。
(米問屋なのに、米俵がひとつもないんだな……。まぁ、家主が行方知れずじゃ、当然か……)
叡正はガランとした店を見て回る。
(信はどこだ……?)
叡正が奥に向かって進んでいると、ギシッという音が上から響いた。
叡正は天井を見る。
(信は二階か……?)
叡正は階段を見つけると、少し薄暗い階段で二階に上がっていく。
(あ、いた……)
信は二階の座敷にしゃがみ込み、じっと畳を見ていた。
「何かあったのか?」
叡正は、信の背中に声をかけた。
「畳が新しい……」
信が畳を見つめたまま呟く。
「畳?」
叡正は座敷の畳を見つめた。
確かに建物の古さに比べると、畳は新しいようだった。
叡正は首を傾げる。
「古くなって替えただけじゃないのか?」
信は叡正の言葉に何も言わず、畳の縁に手をかけた。
「え……?」
信は畳を持ちあげると、別の畳の上に裏返して置いた。
「お、おい……!」
叡正は信に駆け寄る。
畳がなくなり、そこは床板が見えていた。
信はまた別の畳の縁に手をかけ、順番に裏返していく。
「おまえ……何してるんだ……?」
叡正は呆然と信を見ていた。
座敷の半分ほどの畳を裏返したとき、信の動きが止まる。
「今度はどうしたんだ……?」
信のよくわからない行動にめまいを覚えながら、叡正が聞いた。
信は叡正の問いかけには答えず、床板に顔を近づける。
(え!? ……本当に何をやっているんだ……?)
「見つけた」
信はそれだけ言うと、立ち上がった。
「……何をだ?」
叡正は疲れ果てた顔で信を見る。
信は床板に目を向けた。
(見ろってことか……?)
叡正はしぶしぶ信の隣まで足を進めた。
床板を見た叡正は首を傾げる。
「何だ……、これは……?」
床板には何かをこぼしたような黒い染みが広がっていた。
「血だ」
信が淡々と言った。
「ち? え、血!? 血……なのか? 本当に……? だ、誰の……」
叡正は目を見開いて信を見た。
「さぁ、誰のだろうな……」
信は床板を見つめたまま呟く。
叡正は再び黒い染みを見つめる。
少し怪我をした程度でできる血の量ではなかった。
しかも畳から床板に染みたと考えれば、これ以上の量の出血があったことになる。
(血を隠そうとしてるってことは……)
叡正は眉をひそめた。
「一体……どういうことなんだ……?」
叡正は小さく呟く。
信は少しだけ叡正を見てから目を伏せた。
その呟きに答えられる者は、誰もいなかった。




