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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第四章~桔梗~
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「叡正様の噂は相変わらずですね……」

 緑は、叡正を咲耶の部屋に案内しながら呟いた。

 叡正は苦笑する。

 玉屋で咲耶が叡正を「愛する男」だと言った日からひと月ほどが経っていた。

 結論からいえば、叡正の噂はまったく良くなっていない。

 男好きという噂から、男も女も好きな好色な男という噂に変わっただけだった。

 むしろ悪化している。

 

 咲耶の部屋の前に着くと、緑は膝をついて襖ごしに咲耶に声をかけた。

 咲耶の返事を待ち、緑が襖を開ける。

 咲耶は窓のへりに腰かけて外を見ていた。

 長い髪を下ろし長襦袢姿の咲耶を見て、叡正はなぜか少し落ちつかない気持ちになった。

(いや、見た目は本当に綺麗なんだから、これは当然の反応だ……)

 叡正は慌てて目を閉じると深呼吸した。


 咲耶は叡正を見て苦笑する。

「また来たのか。まぁ、今回は私が悪いからな……」

 咲耶はそう言うと立ち上がり、緑が用意した座布団に座った。

 緑が目で叡正に座るように促す。

「ああ……、ありがとう」

 叡正は緑に礼を言うと、咲耶の前に腰を下ろした。


「悪かったな」

 咲耶の言葉に、叡正は目を丸くする。

「ど、どうしたんだ……。俺に謝るなんて……」

 叡正がそう口にすると、咲耶はジトッとした目で叡正を見た。

「おまえ……、私を何だと思ってるんだ。悪いと思ったら謝罪ぐらいする」

「いや、すまない。そういう意味では……」

 叡正は慌てて首を振る。

 咲耶はため息をついた。


「噂の件は、たぶんあれだ……。あちらの影響を受けているんだろうな」

 咲耶はそう言うと長い髪を耳にかけた。

「あちら?」

 叡正は首を傾げる。

 咲耶は叡正を見つめた。

「おまえに雰囲気が似ている歌舞伎役者がいるんだが……」

 咲耶がそう言うと、部屋の隅に控えていた緑が小さく声を上げた。

 叡正は不思議そうに緑を見る。

「……確かに似てるかもしれませんね。花巻雪之丞(はなまきゆきのじょう)に」

 緑が叡正の顔をまじまじと見ながら言った。

「雪之丞……?」

「人気のある歌舞伎役者だ。少し問題のある……」

 咲耶が苦笑した。

「問題……?」

「ここ最近、女関係で派手に遊んでいるらしい」

 咲耶の言葉に緑が頷く。

「私も聞きました。どうしたんでしょうね。それまでは花巻檀十郎(だんじゅうろう)の襲名も近いって言われるほど乗りに乗ってた役者だったのに」

 緑は首を傾げる。


 咲耶は目を伏せた。

「まぁ、噂が本当なら……同情はするが……」

「噂?」

 叡正が咲耶を見ると、咲耶は少し視線をそらした。

「まぁ、それは置いておいて、中身はともかく見た目の雰囲気は同じだからな、あちらの影響もあって好色の噂が出ているんだろう」

 叡正は目を丸くする。

「まったくの他人なのにか……?」

「他人でもだ。遊女の悪い噂が出れば、遊女全体が悪く見られるのと同じだな」

「……俺は僧侶だ」

 咲耶は叡正を見て微笑んだ。

「ああ、だから男色の噂も加わっているだろう?」

 叡正は言葉を失う。

「まぁ、噂なんてそんなものだ。しばらくしたら消えるから、あまり気にするな。ああ、でも自分の身だけは守れよ」

 咲耶はそう言うと立ち上がり、叡正の肩を軽く叩いた。

「頑張れ」

 咲耶は叡正を見下ろしながら微笑む。

 叡正は呆然と咲耶を見つめ返した。


「緑、頼みがあるんだが」

 咲耶は緑に視線を移した。

「私はこれから少し用事があるから、こいつの相手をしてもらえないか? 間夫なのにすぐ帰るのも不自然だからな。頼めるか?」

 咲耶がそう言うと、緑は目を輝かせて頷いた。

「じゃあ、あとは頼んだぞ」

 咲耶は緑に微笑むと、襖を開けて部屋を後にした。


「花魁に頼られた……」

 叡正が視線を向けると、緑は嬉しそうに頬を赤く染めていた。

「さぁ、叡正様、お相手いたします!」

 緑は勢い良く立ち上がると、叡正の前に移動して腰を下ろした。

「え!? 何の!?」

 叡正は目を丸くする。

「もちろん、お話しのです! 叡正様がこれ以上、惨めにならないように頑張ります!」

(俺は惨めなつもりはなかったんだが……)

 叡正が密かに傷ついていると、緑は目を輝かせて叡正を見つめた。

「さぁ、何からお話ししましょうか!」

 前のめりな緑を前に、叡正は帰ると言い出す機会を完全に逸した。

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