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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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花火の当日⑨

「向こうは順調かな……」

 男は両国橋の方角を見ながらニヤリと笑う。

 先ほどから花火の音も聞こえなくなったことから、計画は問題なく進んでいると男は確信していた。

「さて、あとは仕上げだけだな……」

 男は目的の場所に着くと、そっと裏手に回った。

(この時間なら、使用人もこっちにはいないだろう……)

 男は仲間との打ち合わせ通り、事前に開けておいた戸に手をかける。


 その瞬間、男は背後に嫌な気配を感じた。

 一気に背筋に冷たいものが走る。

(これは……)

 男は唇を噛みしめる。

 喉元に刃物が突き付けられているような感覚に、男の体は強張った。

(まだ何もされてないってのに……なんだこの気配……)

 男は戸に伸ばしていた手をゆっくりと下ろすと、静かに振り返った。


 そこには、男が立っていた。

 顔は見えなかったが、月明かりに照らされて薄茶色の髪が風に揺れているのが見える。

(ああ……あいつか……)

 男は苦笑した。

(こりゃあ、マジでダメだな……)

 男は天を仰いで目を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。


「……どうしてここに、おまえが?」

 男は、薄茶色の髪の男に向かって口を開いた。

 聞きたいことはいろいろとあったが、余計なことを口にして新しい情報まで与えたくはなかった。


 薄茶色の髪の男が静かに口を開く。

「花火では狙った相手を殺すのは難しい。今までの動きを考えても一番の目的は大文字屋だろうと思った。だから、ここでおまえを待っていた」

 男は目を見開いた。

 花火で起こった火事に注目が集まっている隙に大文字屋を殺し、店に火をつけるのがこの仕事の最後の仕上げだった。

(どこまでバレてるんだ……。少なくとも花火のことはバレてるってわけか。じゃあ、花火の方は失敗したのか……? いや、爆発はしたはずだ。あっちはそれだけで十分……。ほかの件は知られていないといいが……)

 男は目の前の男を注意深く観察したが、表情からも声からも何ひとつ読み取ることはできなかった。

(化け物が……)

 男は顔をしかめた。


「どこでバレた? それに……どうしておまえが動いているんだ? 大文字屋にでも頼まれたか?」

 男は諦めて聞きたいことを聞くことにした。

 薄茶色の男はゆっくりと口を開く。

「……火消しの男を嵌めた男と、大文字屋の息子に花火を売った男の容姿が同じだった。俺は、火消しの男の冤罪の件で動いていただけだ」


 男は目を見開く。

(そんなことで……。しかも……)

「あいつのせいじゃねぇか……!」

 男の脳裏に恭一郎の姿が浮かんだ。


『おまえのようなやつは、いつか必ず罰を受けることになる』

 そう言って背を向けた恭一郎の姿を思い出し、男は思わず頭を掻きむしった。

「全部あいつのせいで……!!」

 男は歯を食いしばり、なんとか怒りを抑えようとゆっくりと息を吐いた。


(落ち着け……。この感じなら、大文字屋の周辺の件しかバレてねぇ……。あと二つは残りのやつらが予定通り続けるだろう……)


 男は天を仰いだ。

(俺はここまでだが、状況も最悪ではないか……)

 男は、薄茶色の髪の男に視線を戻した。

「俺を殺すのか?」

 薄茶色の髪の男は静かに首を横に振った。

「おまえに用はない。指示したやつに用があるだけだ」

 男は苦笑した。

(予想通りだな……)

「あいにくだが、俺はおまえとは違う。人質もとられてねぇし、飼い主を売ることはない」

 薄茶色の瞳が、初めて真っすぐに男に向けられる。

 刺すような視線に思わず男はたじろいだ。

(……しゃべるまで許さねぇって感じだな。でも……)


 男は息を吐くと、静かに口を開いた。

「……人質だったり金だったり、犬のつなぎ方は飼い主しだいだが、俺が何でつながれてるかわかるか?」

 薄茶色の瞳が冷たく男を見つめる。

 男は微笑んだ。


「恩だよ……」

 男はそう言うと、奥歯を強く噛みしめた。

 カリッという音とともに、苦いものが口の中に溢れ出す。

 薄茶色の瞳が見開かれたのが見えた気がしたが、一瞬で目の前は靄がかかったように見えなくなった。

(死体が残るように死んでやるのは、俺の優しさだ。感謝しな)


 男は意識が遠のく中、そっと目を閉じ、ある男を思い浮かべた。

(……すみません。……さん……)

 男は最後に心の中でそう呟くと、静かに意識を手放した。

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