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【コミカライズ・九章完結】鏡花の桜 〜花の詩〜  作者: 京崎 真琴
第三章~白菊~
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花火の当日⑧

 火消しの男は、怪我を負った男の腕を自分の肩に回して、支えるように歩いていた。

(思ってたよりも怪我人が多いな……)

 火傷だけでなく人に押しつぶされて怪我を負った人たちも多く、怪我人の避難だけでまったく消火に手が回っていなかった。

(このままじゃ、向こうの長屋まで燃え広がっちまう……)

 火消しの男は焦る気持ちを押さえながら、慎重に怪我人を運ぶ。


 すると、橋に近づいてきたとき、突然人の波がこちらに向かってきた。

(なんだ……? 橋で何かあったのか!?)

 火消しの男が茫然としていると、観衆のひとりと目が合った。

「おい! その人、向こうの川辺に運ぶんだろう? 運ぶだけなら俺がやるよ。あんた火消しだろ? 消火を頼む」

 観衆の男は、火消しにそう言うと怪我人の腕をとった。

「え……?」

 突然のことに火消しの男は言葉が出なかった。

(なんだ!? どうなってるんだ!?)

 火消しの男が呆気に取られているうちに、観衆の男は怪我人を支えて川辺に去っていった。


「おい! あんた火消しなんだろ? 俺たちは何をしたらいい!? できることはやるから言ってくれ!」

 別の男が、背後から火消しに向かって言った。

「え!?」

 火消しの男は慌てて振り返る。

「……手伝って……くれるのか?」

「手伝うも何も、やらなきゃみんな焼け死ぬんだ! さっさとやり方を教えてくれ!」

 男は苛立った口調で、火消しの男に詰め寄る。

(さっきまで逃げてたのに、どういう心境の変化だよ……)

 火消しの男がたじろいでいると、背後から声が聞こえた。

「ござとか羽織とか、なんでもいいから水で濡らして炎に覆いかぶせてくれ! 水で濡れてれば多少は燃えにくくなるから、それで少しでも炎を抑えて一気に水をかけて消していく! 火の近くの作業は俺たちでやるから、ござや羽織を集めて濡らしてくれ! 頼めるか?」

 火消しの男が驚いて振り返ると、そこには別の火消しの男が立っていた。

「ああ! わかった! 周りにいるやつらにも伝えておく!」

 男はそう言うと、足早に去っていった。


「何がどうなってるんだ……?」

 そう呟くと、後から来た火消しの男は目を丸くした。

「おまえ、さっきのお頭の言葉聞いてなかったのか?」

「お頭? ……お頭が来たんですか!?」

「おまえ……あんなデカい声が聞こえないなんて、問題だぞ……。まぁ、いい。お頭が逃げずにみんなで火を消せって言ったんだ」

「え!? 言ったらみんなが言うこと聞いてくれたってことですか!? そんな馬鹿な!?」

 火消しの男がポカンと口を開けた。

「まぁ、うちのお頭だからな。そんなことより、風向きが変わった。この火、消せるぞ」

 そう言うと、川に視線を移した。

 火消しの男もその視線を追って、川辺を見る。

 たくさんの人々がござや着物を拾い集めていた。

「これだけやってもらってるんだ。今さら消せないなんて言えねぇぞ」

「……そうですね」

 火消しの男は、気合いを入れるために両手で自分の頬を叩いた。

「消しましょう! 絶対!」

「ああ」

 二人の火消しは決意を新たに川に向かって走り出した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「危ない!」

 目の前の人の叫び声を聞き、男が視線を追って上を見ると、燃えて折れた松の枝が男の頭上に落ちてきていた。

 男は反射的に両手で頭を覆ってしゃがみ込む。

 しかし、いつまで待っても熱さや痛みは感じられなかった。

 男が恐る恐る手をどけると、目の前に大男が立っていた。

「大丈夫か?」

 大男はしゃがみ込むと、男に聞いた。

 男は目を見開く。

「あんた、や組の……組頭の……」

 男はそう呟くと、男の手の甲を見る。

 はっきりとはわからなかったが、赤くただれているように見えた。

(守ってくれたのか……)

「あんたこそ……大丈夫か……?」

「ああ、このくらいなんともねぇよ」

 新助は自分の手の甲を見た後、男を見て笑った。

「それより、ありがとな。消火、手伝ってくれて」

 新助はそう言うと、男の肩を力強く叩いた。

「おかげですぐ消せそうだ」

 その瞬間、男はなぜか少し泣きたくなった。


「でも、ここは危ねぇから。川の近くの消火を手伝ってくれ。こっちは風下だし、火に巻き込まれるかもしれねぇからな」

 新助はそう言うと立ち上がった。

「さぁ、もう行きな」

 男は新助を見つめたままゆっくりと立ち上がると、新助に言われた通り川辺に向かって歩き始めた。




「さてと……」

 新助は大きく息を吸い込んだ。

「手を貸してくれたことに感謝する!! おかげで早く消せそうだ!! さぁ、さっさと消してみんなで帰るぞ!!!」

 新助は力一杯叫んだ。


 川辺にどよめきが広がる。

「早く消せそうだって!」

「私たち帰れるの……?」

「もう大丈夫なのか……?」


 どよめきの中、新助の声が響く。

「俺からの礼だ!!! 帰ったら、俺のツケで好きな店で好きなだけ飲み食いしてくれ!! 今日の報酬だ!!!」


 一瞬、皆が呆気にとられた。

 静寂に包まれる中、ひとりの観衆が思わず吹き出す。

「や組の組頭のおごりか! そりゃあ、いい!」


 しだいに川辺に笑いが広がっていく。

「こんなひどい目にあったんだ!! 破産するぐらい酒飲んでやるから覚悟しな!!」

「好きなだけだってよ!」

「お金落とすなら、うちの店にしてよね」

「報酬なんだから、まずしっかり働かなきゃ」

「そうだな。さっさと消して、酒飲みに行こう」


 薄暗い川辺は、しだいに明るい声が溢れていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「すげぇな……。お頭……」

 新助の声を聞き、火消しの男は川辺を見た。

 ござや羽織を水に浸し、必死に消火を行ないながらも、観衆の顔は一様に明るかった。

「もう誰も……自分が死ぬかもなんて不安になってねぇんだな……」

 火消しの男が、そう呟きながら桶で水をかけていると、腰に鋭い痛みを感じた。

 慌てて腰を見ると、羽織に火がついていた。

(マズい!! このままじゃ……)

 火消しの男が慌てた瞬間、勢いよく水をかけられた。

「……え?」

 火は一瞬にして消えた。


「おいおい、しっかりしろよ」

 その声に火消しの男は顔を上げる。

 周りには観衆の男たちが立っていた。

「あんたが丸焦げになったらダメだろ? 俺たちだけじゃ、火は消せねぇんだから」

 観衆の男は、火消しの男の背中を叩いた。

「頼りにしてんだから、頑張れ」

「まぁ、俺たちも頑張れって話しだよな!」

「俺たちなりに頑張ってるさ」

 男たちはそう言って笑い合いながら、また川辺に戻っていった。

 火消しの男は、茫然と男たちを見送る。


「おい! さっき大丈夫だったか!? 火、ついてただろ!?」

 別の火消しの男が、駆け寄ってきた。

「…………大丈夫じゃないです」

 火消しの男は茫然としたまま呟く。

「なんだ!? 火傷ひどいのか!?」

 火消しの男は、ゆっくりと顔を動かす。

「俺、泣きそうです……。まさか……町の人が俺たちを火から守ってくれるなんて思わなくて……」

 火消しの男の目には涙が浮かんでいた。

(火消しは守る側で守られることなんてないと思ってたのに……)


 駆けつけた火消しは目を丸くした後、静かに微笑んだ。

「そうだな……。でも、泣くのは後だ! 後で飲みに行ったときにいくらでも泣けばいい!」

 火消しの男は半纏の袖で涙を拭った。

「……そうですね! お頭のおごりですし、吐くほど飲みながら泣きます!」


 駆けつけた火消しの男は苦笑した。

「お頭は今日で破産だな……」

 消火の持ち場に戻りながら、火消しは心の底から新助に同情した。

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