パンの価値
「これから商品を見せる。お前はそれを盗まない。違反した場合は商品の価値に見合うだけの代価を強制的にいただく。俺を攻撃することは俺の所持品すべてを盗むこととみなす。同意するか?」
「ああ、同意するぜ。へへ。もちろん約束は守るとも!」
「よし。契約成立。――では、これが商品だ。欲しいものを選べ。値段を言う」
「このパンはいくらだ?」
「魔石十個だ」
商人が値段を告げる。
すると男はわざとらしく見下した表情を浮かべる。
「はあ? 魔石十個だあ? ゴブリンだって十匹倒すのは大変なんだぜ! まけろよ。一個で十分だろう」
「では、交渉不成立だな。ほかに欲しいものは?」
「おい、じゃあ魔石二個だ! それでいいだろう!?」
「ほかに欲しいものはないのか? なら交渉は終わりだな」
「おい、待て。じゃあ五個! 五個払う!」
「話は終わりだ。じゃあな」
商人は表情一つ変えず、譲る様子がない。
男は肩をすくめて、諦めの表情を浮かべて見せる。
「わかったって、じゃあ十個払う、払うよ!」
「いいだろう」
男は下品な笑みを浮かべ、パンに手を伸ばす。
そして――パンをつかみ取ると、そのまま走りだす。
「――ばかめ! だれが払うか! こんな世界に法も約束もない! 取ったもん勝ちの世の中だ! あばよっ!」
「……」
男は走り去っていく。
商人は、黙ってそれを見送る。
走り去った男の持つ粗末な鞄には、擦り切れてしまったのか、小さな穴が開いている。その穴から何かがこぼれ落ち、きらりと輝いた。
――魔石だ。
男の去ったあとにはパンくずのように点々と魔石が落ちている。
その数は十個を超えている。
「魔石十個。たしかに受け取った」
商人は十個の魔石だけを拾い上げ、収納した。
男が鞄の穴に気づいて魔石を拾いに戻るかはわからない。
魔石が塵となって消えるか、ほかの誰かに拾われるかはわからない。
それは、商人にはどうでもいいことだった。
それは、商人の取り分ではない。
契約は契約だ。
取り分は変わらない。
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