第1話 美しくない令嬢
本来絵描きなのであまり文章は得意ではありませんが、やってみたかったので書いてみました。お手柔らかによろしくお願いします。
「貴女は魂までもが美しい……私はセーラ様を一目見たときから……ずっと貴女の虜なのです……」
鮮やかな季節の花が見事に咲きほこる庭園を、月明かりが静かに照らしている。その片隅に、男女が二人。手を取りあって、互いを見つめ合う、その距離は近い。
「愛しておりますセーラ様……貴女以上に美しい方などこの世に居るわけがない……」
女が艶然と微笑む。
少し目尻の垂れた愛らしい二重瞼。まるで芽吹いたばかりの植物のように美しい弧を描く長い睫毛。鼻筋は真っ直ぐに通り、一切の無駄がなく美しい。頬はほんのりと、しかし鮮やかに色付き、ぽってりとした唇は実に蠱惑的だ。
まさに美の化身のような彼女は、向かい合う男の頬に軽く口付けをした。
「わたくしも貴方様を愛しております……貴方様にわたくしの全てをさらけ出したいの……お願い……わたくしの部屋に来て下さらない……?」
男は目の色を変えた。男ゆえに。
「勿論です……!」
「でもね……少しだけ……四半時だけ待っていただきたいのです……わたくしの支度が終わるまで……四半時過ぎたらわたくしの部屋に……わたくしの全てをお見せしますから……」
そう言って女はもう一度男の頬に口付けをし、少し名残惜しそうに身体を離した。それでもなお、二人は甘い視線を絡ませ合う。
「ほんの少しだけ……お待ちになってね……」
「あぁセーラ様……!」
男に向けて指先だけを揺らして、女は闇の中に消える。男ははち切れそうな期待感を胸に、ぼんやりと月を眺めた――。
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「こんなのは詐欺だ!!!」
長い廊下に男の怒号が響いた。
「お待ちになって!先程まではわたくしのことを……愛していると言っていたじゃありませんか!」
肩をいからせ部屋を出ようとする男に、女が縋り着いた。
「貴様が俺を騙すからこんなことになったのだ!貴様など愛しておらぬわ!この醜女が!!」
「そんな……醜女だなんて……」
必死に男の腕にしがみつこうとする女を、男は無理に振り払った。「キャッ」と短い悲鳴を上げ、女はその場に倒れ込む。
良く言えばつぶら、悪く言えば小さい目。瞼はぶ厚く、瞳の半分を隠してしまっている。大きくは無いものの丸い鼻が顔の中央に鎮座し、その下に色気のない薄い唇が居座っている。しかし肌だけは玉のように綺麗で、それがかえって彼女の顔をつるりとした茹で卵のように見せていた。
彼女は自分で、自分の容姿についてしっかりと正しい評価が出来ていた。良くも悪くも『平均的なブス』。これが彼女の自分に対する評価である。
男が急ぎ足で立ち去った現場で、さめざめと涙を流す女。ややあって、少し離れた場所のドアがゆっくりと開いた。
「セーラん〜だいじょぶかぁ?」
セーラん、と呼ばれた女は、ゆっくりと顔を上げて声の主を見た。
「またダメだったわ……今度こそ、わたくしの全てを受け入れてくれる殿方に出逢えたと思ったのに……わたくしったら……殿方を見る目がないのね……」
「やー、まー……でも先にアイツがクソってわかって良かったじゃん?つーかさ、スッピン見せるために男を部屋に呼ぶのやめな?マジ危ないからな?」
「でも、わたくしは、愛した殿方にはわたくしの本当の素顔を見せたいのよ……あの方なら全て受け入れてくれるはずだと思っていたのに……」
セーラ・ルーヴェンシュタイン子爵令嬢。その美しさから社交界で『アデリア海の真珠』と呼ばれる彼女は、影でひっそりと、こうも呼ばれているらしい。
ーー 『顔面詐欺女』と。
「まー……逆に良かったじゃん?アイツの本性わかってさ。とりま、あーしの部屋来な?さっきからオリーが後でセーラんと食えっつって、なんかいろいろ持ってきてっし」
「ふふ……オリビアったら……」
やや自虐的に微笑んで、セーラはゆっくりと立ち上がった。顔面こそ『一般的なブス』であるものの、その他のパーツはそこまで悪くはないはずだ。少し胸が薄くはあるが……手足は長く、体も程よく筋肉がつきしなやかだ。
「行きましょうサツキ。今日は食べるわよ」
「んふ。そうこなくっちゃ」
誰もが賞賛するセーラの美しい顔立ちは、実はメイクの技術によって作られているものだ。良いところは伸ばして、無駄なパーツは隠して。しっかりとメイクしているのに厚化粧に見えない、そんな絶妙なテクニックはもはや魔法と言っても差し支えないとさえセーラは思う。そしてその魔法を巧みに操るのが、彼女の隣で気さくに笑うサツキという少女であった。
セーラにとって、サツキは専属のメイキャップアーティスト(意味は分からないが、サツキは自身をそう呼ぶことがある)であると同時に、唯一無二の親友である。領地の森で泥だらけになってさ迷っていた彼女を、たまたま野いちごを摘んでいたセーラが見付けたことが二人の出会いだ。
『やっと人間に会えた……モバイルバッテリー持ってません?スマホ充電切れちゃって〜、親に連絡したいんで〜』
目を覆いたくなる程短いスカートに、胸元に大きな深紅のリボンをあしらった白い簡素なブラウス、そして四角く黒っぽい鞄を無理に背負っているという、奇妙な出で立ちのサツキを、セーラがなんの抵抗もなく受け入れられたのは、彼女を始めとするルーヴェンシュタイン一家の性質が大きく影響している。何百年と続くこの一家は、どの代も皆お人好しで、困っている人を無碍に出来ないのだ。
サツキの部屋のドアを開けると、侍女のオリビアがせっせと軽食の用意をしていた。軽食とは言ったもののずいぶんな量で、色とりどりの食材が見た目にも華やかだ。
「オリビア、ありがとう。これは食べでがあるわね」
「セーラ様は失恋なさると並の男五人分はお食べになられますから……せっかくですので厨房にセーラ様のお好きなものを作らせました」
セーラの優秀な侍女であるオリビアは、恐らくこうなることを先に予想していたのだろう。全くオリビアったらひどいわ、と思いながらも、彼女の気遣いは嬉しくもある。
「わーぉ、美味しそ〜!オリーも一緒に食べよーよ」
「いえ、私は近くで控えております」
「なんで〜?女三人で恋バナしよーよぉ〜」
「いえ、私は……皆様にお話出来るような浮いた話は御座いませんので」
「まったまたぁ〜!そんなこと言ってぇ〜!」
「そうよオリビア、わたくしのためと思って、今夜はお付き合いなさいな」
クスリと笑ってオリビアに着席を促すセーラの表情に、もう悲観の色は濃くない。どんなに辛いことがあったって、支えてくれる友がいれば生きていける。
「もう、今夜だけですよ」
「とか言ってぇ〜こないだも一緒にだべってくれたじゃん」
「そうよ、そういえば前話していた殿方とはどうなったの?まだ手紙のやり取りは続いているの?」
「ああ、あの方ですか……実は……」
ゆっくりと夜が深けていく。年頃の近い少女三人のお喋りは、結局朝方まで途切れることがなかった。