流れる星々に祈りを
冬の童話祭り2022「流れ星」での作品投稿です。
朝ごはんを食べているときのことだった。
「今週末は、ふたご座流星群がピークを迎えるでしょう」
テレビのお天気お姉さんがそう言った。
「パパ、りゅうせいぐん、ってなに?」
パパは今日も忙しそう。いつもぼくが眠った後に帰ってきて、ぼくが幼稚園に行く前にはもう家を出る。今も急いで朝ごはんを食べている。
「流星群はね、流れ星がいっぱい流れることを言うんだよ」
そう答えたのはおじいちゃん。忙しいおとうさんの代わりにいつも幼稚園のバスまで送り迎えをしてくれるやさしいおじいちゃんだ。
「ママもね、お星さまが大好きだったんだ。よくパパと一緒にお星さまを見に出かけていたよ」
おばあちゃんもやさしい人だ。いつもおいしいごはんを作ってくれる。それに、おばあちゃんといっしょに買い物に出かけると、パパには内緒だよ、と小さいチョコを買ってくれる。
「へえ、流れ星がいっぱい流れるなら願い事し放題だね」
「そうだなぁ。でも、うちからはちょっと見えないかもなぁ」
「え、そうなの?おじいちゃん」
「ああ、ソラ。ここいらじゃ夜に星が見えないだろ?昔はよく見えたんだけどね」
「そうなんだ、それは残念だなぁ」
カチャ、と箸のおく音がした。
「見に行くか?ソラ」
パパが静かにそう言った。
「え?」
びっくりした。パパはとても忙しい人だ。土曜日も日曜日も一所懸命に働いている。だから、いつもはおじいちゃんやおばあちゃんが一緒に遊んでくれるのだ。
「今週の土曜日、珍しくお休みが取れそうなんだ。パパ、頑張って日曜日もお休みを取れるように頑張るから、一緒に見に行こう」
「ほんと?」
「ああ、本当さ」
「運動会みたいに急にこれなくなったりしない?」
「ああ、しないよ」
「お遊戯会の時みたいに遅刻しない?」
「もちろんさ」
「ほんとのほんと?」
「本当さ。むしろいつもごめんな、寂しい思いをさせて」
パパは少し申し訳なさそうな顔をした。そして、小指を突き出し、
「指きりだ。土日は流星群を見に行こう」
ぼくも小指を突き出し、
「うん。約束!」
ぼくはとっても嬉しかった。いつもお仕事で大変なパパが連れて行ってくれる。それだけでもぼくにとっては大事件なのだから。
「ほら、二人とも。もうそろそろ時間だぞ。早く支度をしないと」
おじいちゃんがそう言った。天気予報も終わり、テレビはすでに次の番組へと変わっていた。
「やば、急がないと。お義父さん、お義母さん、ソラのことよろしくお願いします。ソラ、今日もいい子にしてるんだぞ」
「うん、いってらっしゃい」
「行ってきます」
パパは慌てて席を立ち、カバンを持ってそのまま家を出た。
「ほら、ソラも。もうすぐ幼稚園のバスが来るよ。早く着替えないと」
「うん!ごちそうさまでした」
食器をキッチンまでもっていき、リビングで制服に着替えた。
「おじいちゃん、準備できたよー。いこー」
おじいちゃんもすでに準備ができているようで、玄関でぼくのことを待っていた。
「ソラ。ママに挨拶したかい」
玄関へと向かうぼくにおばあちゃんが後ろから声をかける。
「あ、そうだった」
ぼくは、慌ててリビングに戻り、
「ママ、行ってきます」
ママの写真に挨拶をした。
「行ってきまーす」
そして、ぼくとおじいちゃんは幼稚園のバス停へと向かった。
★★★
「今夜はふたご座流星群のピークとあって、多くの人が天文ショーを一目見るべく集まっております」
テレビの特集の音が静かな家の中に響く。
「ソラ。どうしてだい?あんなに楽しみにしていたのに」
私と妻は大変困っていた。今日の夕方から、父親と流星群を見に行く約束をしていた。彼も今日は仕事を早く切り上げて、夜には車で少し行ったところにある、星の見える公園に連れていくと、私たち夫婦に伝えていた。
それが、どうしたことだろうか。ソラは今日になって行きたくないとぐずりだしたのだ。
「ソラ、パパももうすぐ帰ってくる。パパも忙しいのに頑張って約束を守ろうとお仕事を頑張っていたんだ。なのに急にどうして」
「いやだ、行きたくない。絶対に行かないんだ」
そう言ってソラは声を上げて泣き出した。
「弱ったわねぇ、あなた。なんで急にこんなことを……」
「わからん。少なくとも昨日まではすごく楽しみにしていたはずなのに……」
ソラは今日、お昼ご飯を食べてから、ひとりで絵本を読んでいた。何か気に障ることでもあったのだろうか。私たちが首をかしげていると、
「ただいま」
彼が帰ってきた。父親の声を聞いて、ソラは自分の部屋へと走っていった。
「待ちなさい、ソラ!」
妻がソラを追いかけていく。
「えっと、お義父さん。これはいったい……」
廊下でソラと妻とすれ違った彼は、困惑した様子で私に事情を尋ねてきた。それもそうだ。朝、仕事に行くときはあれほど楽しそうにしていた息子が帰ってきたら泣きじゃくっていれば誰だって混乱する。
「実はの……」
私は知りうる限りの事情を説明した。といっても、私にも急に泣き出したこと以外何も分かっていないのだが。
「読んでいた絵本というのはどれですか?」
彼は落ち着いた様子で私に尋ねた。
「たしか、この間ばあさんがソラに買ってやった新しい本だったと思うのだが……」
私は本棚から、比較的新しい絵本を取り出した。題名は
『星に祈りを』
「ああ、なるほど」
彼は合点がいったようだった。
「ソラは部屋ですか?」
「あ、ああ。ばあさんが一緒だと思う」
「わかりました。ちょっとソラと二人で話してみようと思います」
そう言って彼はソラのもとへ向かった。
しばらくして、ソラと彼は車に乗り出かけて行った。話し合いはうまくいったものだと思っていたが、妻が言うには
『パパの話を聞いてほしい、ただ長くなるから、公園に向かいながらでもいいか?それでも流れ星が見たくないなら星を見ずに帰ろう』
そうソラに言ってソラを連れて行ったらしい。
「でも、なんでソラは急に行きたくないと言い出したんでしょう。あんなに楽しみにしていたのに」
「彼は絵本を見て何かに気づいたようなんだが……」
私たちも一度絵本を読んでみることにした。
★★★
「ママがいなくなるのが、いやだったんだろう?」
しばらく泣いていたソラに、俺はそう語りかけた。
「あの絵本は昔読んだことがある。たしか最後は」
「死んだ人はお星さまになって愛する人を見守っているのです」
泣きながらソラがそうぽつりとつぶやいた。
「なら、流れ星は。星が落ちていったら」
「ママの星も、いつかなくなってしまうのかもしれない」
コクリ、とソラはうなずいた。あと数か月で小学生になるとはいえ、よくできた子だ。
(ソラは、本当に君に似て賢い子だ)
「ソラ。ママの話をしてもいいかい?」
目を真っ赤にしてソラはもう一度うなずいた。
「ママはな、星が好きな人だったんだ」
車の中で、ソラに俺はそう話し始めた。
「ママにはよくプラネタリウムなんかにも一緒に行ったし、こういう流星群なんかもいつもせがまれて一緒に行ったんだ」
懐かしい記憶だ。大学の頃、サークルで知り合った彼女は本当に星が好きだった。いつもはどちらかといえば静かな人だったが、星のことになると堰を切ったように話し始め、最後には少し恥ずかしそうに笑うのだ。
「ママは、星の勉強をしていた。パパはいつもその話を聞いていて、ああ、面白い人だな、っていつも思っていたんだ」
「……じゃあ」
後ろのチャイルドシートに座って静かに話を聞いていたソラが口を開いた。
「パパはママのことを好きだったの?」
「もちろんさ。今も昔も変わらず、ママのことを愛してる」
そして思い出す。
「パパがママのことを本当に大事な人だと思ったきっかけがあるんだ」
信号が赤になる。まだもう少しかかりそうだ。
「長い話になる。ソラにはちょっと難しい話かもしれないが、聞いてくれるか?」
「……うん」
「わかった。……あれは、パパが20歳になったすぐのころの話だ」
雨の日のことだった。俺の携帯にLINEで連絡が飛んできた。
「両親が交通事故にあった」
病院に担ぎ込まれたがそのまま死亡した。トラックの飲酒運転に巻き込まれたのだ。
葬式が終わり、大学に復帰した際、周りの人間は当時の俺のことを半分死んでいるようだと言っていた。実際、俺自身も何回か死んでやろうか、とも考えた。両親に何も恩返しができないまま、お別れの言葉も言えなかった。本当に精神的に参っていた。
「そんな時に救ってくれたのがママだったんだ」
ソラは黙って話を聞いていた。まだ6歳の息子にする話ではない。そんなことはわかっていた。本当は、もっと大きくなってからこの話をしようと思っていた。
「いつもはパパが運転する車でデートしていたんだがな、あの日はママが運転してパパをある公園に連れて行ったんだ」
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。あの日は、
「今日と同じ、ふたご座流星群を見に行ったんだ」
あの冬の日。彼女は俺を元気づけるために、流星群を見ることを選んだのだ。
「俺は、あいつに聞いたよ。『死んだ人間は星になって見守っている。それなのに、なんで流れ星なんか、星が落ちるさまなんかを見せつけるんだ』って」
そこでソラはすこしはっとしたようだった。
「そうだよ、パパもソラと同じようなことをママに聞いたんだ」
「……ママは、なんて言ったの?」
真剣な声だった。さっきまで泣きじゃくっていたとは思えないほどしっかりした声だった。
信号が青になった。この坂を上りきった先に目的地がある。
「それはね……」
『死んだ人がお星さまになるなら、流れ星はきっと新しい命になるんだよ』
彼女は車の中でまっすぐそう言った。
『お別れは悲しいよ。だからお星さまになって見守っているんだと思うよ。それでも星が流れるのはきっと、またあなたに会いに来るためなんじゃないかな』
『だから、私は流れ星に祈りをささげるの。私は元気にやってるよ、だからみんなも元気でいてねって』
坂を登りきる。目的地の公園が見えてきた。
「ソラが生まれた時、ママが言ったんだ。宇宙と一緒に流星群を見に行こうって」
流星群はもうすぐ始まる時間だ。
「ソラが見たくない、っていうならこのままおうちに帰ろうと思う。無理強いはしない」
エンジン音が車の中に響く。バックミラー越しにソラを確認した。
「……そうか、分かった」
俺はハンドルを切って、車をそのまま走らせた。
『目的地に到着しました。運転お疲れ様でした』
「行こう、宇宙。ママがきっと待ってる」