いなくなった自分
校内に響くチャイムの音。
学校の授業を終えた少年は帰り支度を早々に終わらせ騒がしい教室を出た。
廊下では同級生達が奇声を上げながら下校していく中、少年はトボトボと廊下の隅を歩くのだった。
少年の家は学校から比較的近かった。それこそ5分も歩けば家に着いてしまう距離。それに加えて登下校で見る景色はほとんどが民家や空地ばかりであったため登下校中は少年にとって少し退屈な時間であった。
しかし、そんな彼だからだろうか。登下校で見る景色の変化には人一倍敏感であった。
例えば、とある民家の玄関に燕の巣ができたとか、アパートの住人が入れ替わるといった小さな変化に嫌でも気付いてしまう。
そして、今日も少年はある異変に気付くのだった。
それは、少年の家と学校の中間付近に位置する古い空き家での異変だった。
その空き家は広い庭を有しており子供の遊び場としては、とても理想的だった。しかし、長らくその空き家の庭で遊ぶ子供は1人もいなかった。
その理由は空き家と道路を挟んで向かい合うように建てられた古民家に住む高齢女性が関係していた。
この高齢女性は巷ではイカれババァだの老害と呼ばれていることで有名だった。特に子供達の間では有名で、それもそのはず少しでもその空き家に近づく子供は見つかったならば凄まじいい形相で追いかけ回されるのである。
昔はよく空き家の庭で子供達が遊んでいたらしいが、いつからか追いかけてくるようになったイカれババァによって空き家に近づく子供はいなくなってしまったようだ。
中にはイカれババァに怯え出す子供も出てきたため子供達の親が直々に抗議に行った事もあるらしいがイカれババァは聞く耳を持たず、抗議に行った大人も奇声を上げながら追い返されたのだった。
そんなことがあってか空き家で遊ぶ子供はもういないはずだった。いないはずだったのだが今日は違った。
空き家の庭に見慣れない女の子が彷徨いていたのだ。その様子からして何かを探しているようだ。幸いにもイカれババァの姿は見えず女の子が追いかけ回される心配はなさそうだ。
少年は不思議に思ったがきっと他の街から来た子供でイカれババァの事を知らないんのだと考えた。一瞬、女の子にイカれババァの事を伝えようかと迷ったが女の子に話しかける勇気が出ず、その日は見て見ぬふりをして自宅に帰るのだった。
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次の日
少年は代わり映えのしない帰り道を眺めながら昨日の空き家の庭にいた女の子の事を思い出していた。もしかしたら今日もいるかもしれない。確証は無いがそんな気がした。
そんな事を考えていると例の空き家まであと数十歩のところまで来ていた。しかし、今日は昨日と違い古民家のイカれババァが竹箒で家の前のチリをせっせと掃いていた。
少年は肩を縮ませ空き家に近づかないように道路の端を歩いた。こうやって歩くことでイカれババァは何もしてこないのだ。
だが、少年はどうしても昨日のことが頭から離れず空き家の庭の前を通る時にきづかれないように横目で庭を確認する。
「見るなー!!!」
閑静な住宅街に響くイカれババァの大声にギョッとした少年はすぐさま視点を正面に戻し俯きながらそそくさと、その場を立ち去るのだった。
不幸中の幸いかイカれババァが追ってくる気配はなかったが背中に突き刺すような視線を暫く感じ続けるながら自宅へと戻った。
少年の心臓は自宅に帰った後も激しく鼓動し続けていた。
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その次の日
昨日の一件があり少年は登下校の道を変えようと考えていた。少し遠回りになるがイカれババアに遭遇するよりは幾分かマシである。
その一方でイカれババァが怖いと言う気持ちもあったのだが、どうしても例の女の子の事が頭から離れず後ろ髪を引っ張られる思いだった。
そんなモヤモヤとした思いのまま学校の授業を受けているとあっという間に終業を終える鐘の音が鳴る。少年はいつものように早々に帰り支度を済ませ教室を出ようとした。
「ちょっとーー君!今日掃除当番でしょ!」
教室を出ようとするや否や不意に背後から同級生の女子から引き止められる。この学校では放課後の清掃を日ごとの当番制で回している。少年も例外ではなかった。
すっかり自分が掃除当番であると忘れていた少年は軽く頷きランドセルを自身の机に投げるようにして置く。
普通の学校であれば掃除当番は複数人でやるが、この学校は基本的に一人で自分のクラスの清掃を行わないといけなかった。
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少年が清掃を終えたのはほとんど日が沈んだ後だった。辺りもすっかり薄暗くなり校内に残っている生徒も少年一人だけになっていた。掃除中は気にもしていなかったが、周りがすでに暗くなっていることに気付いた少年は不安感に襲われる。
(暗くなる前に帰ろう・・・)
少年は机の上のランドセルをかっさらい学校から急いで出るのだった。
帰り道は街灯がつき始めていたからか真っ暗と言うわけではなかった。それに加えて住宅から漏れる出る光や生活音が少年の帰り道に安心感を与える。
この時少年は昨日の出来事をすっかり忘れていたが、やはりイカれババァの住む古民家に近づくにつれて昨日のことを思い出していた。それと同時に空き家の庭にいた女の子のことも付随して思い出す。
例の空き家が前方で目視できるまでの距離まで進んだところで少年はふーっと息を吐きながら胸を撫で下ろす。
イカれババァがいれば遠回りして帰ろうとも思ったが、どうやら夜遅いこともあってかイカれババァの姿は確認できなかった。
昨日のこともあり恐怖と気まずさを抱えていた少年ではあったがひとまず、その苦悩からは解放された。そして、その開放感から気の大きくなった少年は空き家の庭をふと眺めてしまう。
・・・いた。
一昨日の時のように空き家の庭で女の子が何かを探すように彷徨いていた。一昨日はまだ明るい時間であったが今日は日も沈み時間も遅い。そんな中でフラフラと空き家の庭を歩き回る女の子を見て少年は少し異様な物を感じた。
しかし、それよりも少年は今度こそ女の子に注意するつもりでいた。もしも、この女の子が古民家のイカれババァに見つかれば追いかけ回されるのは必至である。
少年はとりあえず女の子に注意するため空き家の庭に入ることにした。普通ならば大声で注意してもいいかもしれないが、そんなことをしてしまえば向かいのイカれババァに気付かれる可能性がある。それだけは1番避けたいことだった。
少年は辺りをキョロキョロと見渡し再度、イカれババァがいないか確認をすると恐る恐る空き家の庭に入る。
実はこの時が初めて空き家の庭に入った瞬間であり少年はいけないことをしている感覚に囚われたが内心ワクワクしている部分もあった。
少年は女の子にのそのそと近づくと女の子はギョッとした目で少年を見た。民家の光に照らされた女の子に瞳は大きく、飲み込まれるような黒色だった。そんな不思議な目をした女の子は少年を見るなりこう伝えた。
「さ、探していたわ。さ、最後に私のものを探しているの」
女の子は辿々しく話していたが、少年が思っていた通り何かを探しているらしい。
「あなたも一緒、に探して、じゃないと帰れない、、」
正直、少年は早く帰りたかったが女の子があまりにも悲しい声で頼むものだから断るかどうか迷う。
少し時間が空いてから少年は静かに頷き女の子が探しているものを一緒に探してやることにした。
「わ、私は見つかればすぐ、分かる、はずよ」
(私は見つかれば分かる?)
女の子はそう言って、それからは全く話さなくなった。
少年も女の子の探し物を早く見つけてやりたかったが何を探せばいいのか教えてくれないため女の子の後をついていく他になかった。
それから暫く女の子と一緒に空き家の庭を探し続けたが一向に女の子の探し物は見つかる気配がなかった。
それから少し経ち少年がそろそろ帰ろうと言おうとしたときだった。
「クソガキがー!! 出てけー!」
ぱっと後ろを振り向くと向かいの家から凄まじい剣幕でイカれババァが近づいてくるのが見えた。
「あ、の人はいつも私の邪魔する」
女の子はそういうと少年に空き家の方へ逃げようと提案した。
不意を突かれて気が動転しパニックになっていた少年はその提案を素直に受け入れる。
そもそもイカれババァから逃げようにも逃げ道である方からイカれババァが来ていたので空き家以外に逃げる場所はなかった。
空き家の玄関まで来て少年は扉を開けようとするが鍵がかかっている事に気づく。その間にもイカれババァが意味不明なことを叫びながらこちらに近づいて来ていた。
「こっちよ」
少年が声のする方を見ると空き家の左側の壁から顔を出して手招きする女の子と目が合った。少年は女の子が手招きする方へと向かう。少年が女の子のところまで移動すると空き家の裏口であろう扉があった。
「ここは空いてるわ」
女の子が言う通り扉に鍵はかかっておらずドアノブはすんなりと回った。そのままドアノブを引くと取り付けられた金具がキシキシと音を立てながら扉が開かれた。その後、2人は空き家の中に入り裏口の扉に鍵をかけたのだった。
空き家の中は思ったよりは暗くはなかった。薄らとではあるが部屋を見渡すことはできた。おそらく窓のカーテンが全て取り除かれており、外から街灯の光が差し込んでいたからだろう。
「い、いきましょ。隠れるなら2階がいいわ」
女の子に誘われるまま2階へ続く階段を登る。流石に階段は暗く足元が見えなかったため手と足を使いながら四つん這い状態で確実に登っていった。女の子は登るのは少し遅かったが何とか自力で登りきっていた。
「早く出てこーい!さもないと酷い目に遭わすぞー!」
外からイカれババアの声が聞こえて来た。その後、玄関の扉を激しく叩く音や裏口のドアノブを無理やりこじ開けようとするような音が家全体に響く。
「早く隠れましょ」
このままだとイカれババァは空き家に乗り込んできそうな勢いである。見つかれば、きっと酷い目に遭うだろう。
少年と女の子は2階の1番奥の部屋に隠れることにした。奥の部屋は元は子供部屋だったのだろうか古い勉強机や、小さなベッドが置きっぱなしになっていた。
空き家の一階ではまだイカれババァが扉をこじ開けようとしているのか、仕切りにドアノブをガチャガチャと回す音がしていた。
少年は2階の部屋の大きな窓を開けてから気づかれないように下を見下ろす。すると顔面蒼白のイカれババァが両手で裏口のドアノブを握り全体重を使って扉を開こうとしている最中だった。
(見つかったら殺される)
少年は本能的にそう感じた。きっとあのドアが破られればイカれババァに捕まり酷いことをされる。そんな思いが頭の中を埋め尽くす。
「あら、私はあんなところにいたのね」
いつの間にかに隣にいた女の子が意味の分からないことを呟く。そんな女の子は真下を見つめていた。
少年も気になったのか女の子の見つめる先に視点を合わせる。
そこには、小さな物置が空き家に隣接するように備え付けられていた。
特に何の変哲もない物置。少し上の部分が凹んでるとこ以外におかしなところはなさそうだった。
だが、少年は気づいてしまう。
空き家と物置の隙間に何かが落ちていることに
(人形?暗くてよく見えないな・・・)
「私はこれで帰るから今度はあなたがあなたを見つける番よ」
女の子はそう言うと霧が霧散するように少年の目の前から消え去った。
そして、女の子と入れ替わるように目の前に自分が現れた。しかし、この表現は正確ではなく現れたと言うよりはまるで自分を俯瞰で見ているような感覚だった。
「ぐげぇぎゃぎゃがゃぁやきゃあぎゃぎゃあー」
目の前の自分は急に奇声をあげたかと思うと白目を剥きヨダレを垂らしながら部屋の中を走り始めた。前が見えていないのか豹変した自分は部屋を駆け回りながら壁や机に何度も激突し、その度に傷をつけていった。
(痛い!痛い!痛い!痛い!)
豹変した目の前の自分が傷を負うごとに身体中に痛みを感じた。まるで目の前の自分と痛みを共有しているような感覚だった。
(誰か助けて!!お願いだから助けてよ!!)
あまりの痛みに少年はしゃがみ込み必死に助けを求める。
しかし、そんな少年を尻目に豹変した自分は暴れ続けた。暴れに暴れに最後には机の上に置かれたペンケースに頭から飛び込んでしまう。
(ぎゃあああああああぁぁぁ)
豹変した自分の顔や目に鉛筆やペンが突き刺さったと同時に少年の視界が真っ暗になった。その直後に目が激しく焼けるような感覚に襲われた。
(熱い!痛い!熱い!痛い!痛い!痛い!痛い!)
何も考えられないほどの痛みを味わっているにも関わらず少年は気絶することさえ出来なかった。それは、まさに永遠に続く地獄であった。
それから程なくして豹変した自分は荒れ狂いながら子供部屋を出て行った。その間にも少年はずっと地獄の痛みを感じ続けた。
激しい痛みの中、遠くで「もういいよぉ」と言う自分の声が聞こえた気がした、、、
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速報をお伝えします。
本日午後〇〇市〇〇町の空き家で小学校低学年と思われる身元不明の女児の遺体が発見されました。
発見者は空き家の向かいに住む隣人女性で空き家に不当に立ち入った少年に注意していたところ家と物置に挟まる女児の遺体を発見し通報したとのことでした。
遺体は発見から2ヶ月以上が経過しており一部白骨化していたそうです。
女児の体には無数の傷跡が残されており警察は事件の可能性が高いとみて詳しく調べています。
また、空き家に立ち入った少年〇〇〇〇君9才は現在行方不明中であり警察と消防が共同で捜索を行なっています。
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それから数ヶ月後
空き家の庭で何かを四つん這いで探し続ける少年が一人
「も、もういいよ・・・」
ー完ー