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優しく包まれて鮮やかに装飾された爆弾

作者: 鞘脇刀次郎

【プロローグ】

 下手くそだ。担任が黒板に描いた地図を見ながらそんな風に考えた。

「うっちーそれ地図? 教科書と全然違うじゃーん」

 クラスメイトの野次を受けて、うっちーと呼ばれている担任の内田はニヤッと笑う。

「これが先生の限界なんだ。教科書見てそっちを写せ」

 改めて僕は下手くそだと思った。

 描いてる途中に気付いているハズだ。なのにそのまま描き続けて、きっとこの流れを想定していたのだろう。だったらもっと自然にやればいいのに、これじゃ演技丸見えだ。

 そしてそれに乗ってやるクラスメイトも演技臭いと思った。この一連のやり取りに笑うクラスメイトもバカっぽい。

 少し前までは寝たふりをして過ごしていたけど、今はしっかりと顔を上げて授業を受けている。一緒に笑いはしないが、今の一連のやり取りをメモに取っている。

 授業中だけでない、通学中も休み時間も、誰かと話している時もメモ帳片手に気になる物はなんでもメモするようにしている。友人たちはお笑い芸人でも目指しているのかと思っているらしく、自作のギャグなんかを次々に披露してくれるし、僕もそれをメモに取る。でも僕が欲しいのは毎日の生活そのものだった。

 下校時間になり、外履きに履き替える、校門から出た少し先に、一人の男が車に寄りかかって空を見上げていた。

「木下さん。お疲れ様です」

 声をかけると、大きな溜息をついて、その男は黙って車に乗った。僕も助手席に座ると車はゆっくりと動きだす。

 会話も何もないエンジン音以外は何もない社内で、僕は窓から空を見上げている。空は快晴、雲一つない清々しい青。

 見上げながら思い出す。この空が朱く染まっていたあの日のことを。彼女と出会ってしまったあの日のことを。


【起】

 帰宅部の僕はほとんど学校に残る事はない。普段はさっさと家に帰って自分だけの時間を謳歌するが、どうしても家に帰りたくない日もある。そんな日だけは自分も何か部活で入ってれば良かったと思う。

 校門を出て、自分の家とは反対方向の道をしばらく進んだ辺りで何かの運動部の一団がランニングしているのに抜かされて、集団で何かをしているその姿を見て自分には集団行動は無理だと改めて思い知る。

 そのままどんどん進めば馬鹿でかい私有地にたどり着く。そこは頑丈にフェンスに囲われている割にはほとんど管理されていない。というか唯一の入口は錆び付いた扉に錆び付いた鎖が巻きつけてあって、これまた錆び付いた南京錠で封印されている。おまけに私有地側からフェンスの方に伸びた雑草が鎖に巻きついている。明らかに人が訪れた形跡すらない。

 小学生の頃、フェンスの一部が歪んでいて、そこから中に入れる事を見つけてからたまに1人で忍び込んでいる。怒られたことはまだない。

 とは言っても、中学に上がってからの2年間にここに訪れたことはなかった。

 自分でも気が付かない内に体は結構成長してらしく。すんなり入れたフェンスの歪みにも体をねじ込まなくてはいけなくて苦労した。

 フェンスに付いていた乾いた土が制服を汚して、自分は何かバカな事をしているのではないかと思い知らされる。

 やっぱり帰ろうかと思ったが苦労して入った手前、ここで存分に時間を潰す事にした。

 この広い私有地は奥に進むと誰も住んでいない建物がある。もうボロボロのコンクリート建ての建物だけど、何故か電気が通っていたからそこでスマホを充電しながら門限ギリギリまで時間を潰せる。

 手入れのされていない道を進み、ほとんど雑草で覆われているコンクリートの道を進むと目当ての建物が見えた。

 夕日に正面から照らされているせいで、正面から見据えることのできない。

 だから、その建物が無人ではないことに僕は気が付かなかった。

「君はここがどんな場所なのか知っているかい?」

 急に降りてきた声に、僕は足を止める。誰かいるとわかって心臓が脈打つのがわかった。

 辺りを見回すけど、人影は見えない。

「ここは父が生まれ育った場所なんだけど、君は父を知っているかい?」

 もう一度問いかけられる。今度は声の場所をしっかりと把握できた。上だ。

 見上げると建物の屋上に、夕日に照らされて建物の一部のようになっている少女のシルエットが見えた。

 完全に景色に溶け込んで、堂々としているのに全く存在感がないのは少女が建物と同じように、無機質な印象を与えているからかもしれない。

 少女は何も答えない僕を見下ろしながら三回目の声をぼくにかけた。

「まぁ、折角来たんだから上に上がってきなよ。話をしようじゃないか」


 屋上に着くまで、僕は勝手に私有地に侵入したことを後悔していた。どんな罰を受けるのだろうかとか、そんな事ばかり考えていた。

 しかし、屋上で改めて少女の姿を見つけた時にそんな不安は全て彼方に消し飛んでしまった。彼女を人間だと認識できなかったからだ。

 彼女はボロボロのベンチに座りながら空を見上げていた。肩まで伸びた髪の色は銀色で、顔立ちは作り物みたいに整っているのに無表情。出来の良いマネキンのようだった。でも問題なのはそこではなく、彼女の服装だった。ピンクで統一された触り心地のよさそうな生地はまさに、

「なんでパジャマを着ているの?」

 僕にそう質問させた。

 彼女は僕の到着に気が付くと真ん中に座っていたベンチの端にズレる。隣に座れという意味らしい。少しだけ悩んだけど、隣に座ることにした。

 近づいてみて、更に気が付いたが彼女は手にマグカップを持っている。中には湯気のたったコーヒーが入っている。

「今日はここに泊まることにしたからね」

 彼女はそう言って僕を見た。

「君はどうしてここに来たんだい?」

「……誰もいないと思ったから」

「そうか……じゃあここについて、父については何も知らないのか」

 無表情に無機質に彼女は話す。

 この場所については誰も何も知らなかった。この街で育った母親に聞いたことがあるが、母親の子供の頃からこんな感じだったらしい。いや、でもそれが本当だとするとそれはそれでおかしい。

 少女を改めて見るが、僕と同じような年齢にしか見えない。いやでも…と僕の思考が割り込んでくる。ここでこんな恰好をしている少女の言うことなんか間に受けていいのだろうかと。結局答えは出せないまま、彼女の父親については何も知らないと答えた。

 彼女はそうか。と返事をするとまた空を見上げた。つられて空を見上げるともう日が沈みかけているせいで、少しだけ星が見えた。

「この世界は美しいね」

 少女はそんな事を言った。確かに空は綺麗だったけど、急に日常に帰った感じがして憂鬱になった。

「でも、そんなのは見せかけだけだと思う」

 だからつい、こんなことを言ってしまう。

「ここに来たのは、家に帰りたくないからでもある。今日は上京してる姉が帰ってくる日だから、父親も母親もよろこんでた。」

「……君は喜ばないのかい?」

「どうだろう……姉のことは嫌いじゃないと思う。でも、歓迎ムードがよそよそしいというか、不自然で気持ち悪い。必死に楽しい家族を演じている感じがするし、それは悪いことじゃないけど自分がその中に入るのがなんか嫌だなって」

 姉は昔、交通事故にあったことがある。別に大したことではなかった。それどころかかすり傷ひとつなかった。でも気が動転した母親は、念のためにと連れてこられた病院で何度も父親に電話をして繋がらないと怒鳴った。ようやく病院に到着した父親も全部の電話にでられるわけがないと反論をして、それはもう大喧嘩に発展した。病院から帰る車の中で泣きべそをかきながら謝る姉に気を使ったのか、すぐに仲直りをして、その日は外食だったのだがなんとか仲良し夫婦を演じている2人がとても嘘臭く見えた。

 その日から、姉の前だと両親はいつもよりも仲良しを演じている気がする。そしてそれが気味が悪くて、姉が東京の大学で一人暮らしを始めると聞いた時は内心嬉しかった。

「頑張って綺麗な色で塗りつぶさないと世界は美しくなれないんだよ。だから……」

 ここまで言ってから急に恥ずかしくなってきた。場所と時と場面の全てが僕の口を軽くしたらしい。少女は僕の方をじっと見ている。しっかりと目が合ってしまい、彼女の吸い込まれそうな黒色は僕の心の中に侵入してくるような気がした。

 もう限界だった。

 立ち上がって帰ると告げる。機械のように勝手に入ってごめんなさいと言ってさっさと建物を出る。

 建物の入口から出た時。

「私の名前はキラメキ。また話をしよう。」

 という声が聞こえた。僕は振り返らずに来た道を戻った。

 帰りもフェンスに手間取って、抜け出そうと足掻いている最中にさっきの出来事が頭にチラついて、一刻も早く今日を思い出にしてしまいたかった。


 何事も上手くいく訳ではない。よく考えたら僕は勝手に私有地に入り、その持ち主の娘を自称する少女に見つかって、そして勝手に逃げたのだ。あの場それだけでは言い表せない何かがあったけど、結果的にその事実は残る。

 家に帰って夕飯を食べている最中に誰かがやってきて、対応した母親が父親を呼んだ時、なんとなく嫌な予感がした。

 ちなみに姉はいなかった。友達と遊びにいく約束があり泊まりになるそうで、今日の出来事は完全に僕の取り越し苦労であった。

 食事が終わってもなお、両親は戻ってこなかった。気になって玄関の方を見ると背の高いスーツを着た見慣れない男が両親と話をしている。

 男は僕の方に気が付くと、溜息をついて僕を呼んだ。

「遊間太一くんだね。今日、研究所跡地に入った少年は君で間違いないね」

 質問をしているというよりも事実確認だった。振り返った両親は違うと言ってほしいという表情で僕を見ている。

 僕は少しだけ間を置いて「はい」と答えた。

 男は両親に方に向くとまた溜息をついた。

「ですから、危ないことをさせる訳じゃないんです。ただ少しだけ息子さんに寄り道をさせる許可がいただければいいだけですから」

「そんないきなり来られて、言われても困りますよ。それにあなた方が言っていることも理解できないし」

「ウチにはウチのルールがありますので、はっきり言って困ります」

 そんな会話が聞こえてくる。玄関に近づいて男を見る。僕に気が付いた母親が部屋に行っていろと言ったけど僕はそれに従わなかった。だって今の状況は明らかに僕が原因で、僕の話をしているから。

「あの……僕の話なら両親じゃなくて僕が直接聞きます」

「それはそうだが……」

 男は両親を気にしているようだった。そして子供と話ても仕方がないというような空気も出していた。しばらく考えたあとまた溜息をつく。どうやらこれが彼の癖らしい。

「だから、そんな変な話じゃないんだ。今日、君……太一くんが入った場所に、女の子がいたね。彼女が君……太一くんとまた話がしたいらしい。彼女は同年代の話相手がいないから相手をしてやってほしいと。ほんとうにそれだけだ」

 思ったよりも簡単な話だった。両親が渋っていたのは男が見るからに怪しいからだろう。

「いいですよ。両親は僕が説得しますから」

「そうか、それは助かる。それじゃあ今度迎えにくるよ」

 まだ何か言おうとする両親に、男は「本当に危ないことは何もありませんから」と言うと玄関を後にした。

 その後、両親に今日の出来事についての説教と今からでも断るように何度も説得されたが、結局僕は折れなかった。

 僕自身も彼女にまた会ってみたいと思ったからだ。


【承】

 翌日の放課後、学校のすぐ先に男は待っていた。僕を見つけると声をかけて自分は木下という性であると名乗った。

 木下は車で少女の、キラメキの家まで送ってくれるらしい。助手席に乗るとそのままゆっくりと走り出す。

 正直に言うと怖かった。この男について何も知らないし、信頼もしていない。そんな僕の雰囲気を察したのか、木下は赤信号になり車が止まると自分の事をポツリポツリと話した。

「俺はキラメキの保護者にあたる人物だ」

「キラメキが赤ん坊の頃から世話をしている」

「世界各国を旅していた」

「仕事は自由業で詳細は秘密」

「うどんが好きでうどんの為だけでも日本に来る価値はある」

「辛味は痛みだから好んで食べるのはおかしい」

 こんなことを話してくれた。

 到着したのは街の外れではあるが、建てたばかりという感じの小綺麗な家だった。てっきり昨日の廃墟に連れていかれると思っていたから意外だった。

「多分、昨日の研究所跡地に連れていかれると思ったんだろうが、あそこは人が住める場所じゃないし、時間もないから整備できない。そもそも勝手にいじるのさえ許されないだろうし」

「そうなんですか。あの……なんか複雑そうな家庭なんですけど、詳しい事情とか聞いていいですか? 」

「いや……う~ん……そういうのは本人に聞くといい。アイツは何も感じていない風だけど割と普通の女の子なんだよ。昨日だってあそこで暮らすってだだこねてたけど、君が会いに来ると知ったらあっさりとこっちに移ってきた。こっちには風呂があるからね」

 玄関の鍵はかかっていないようで、そのまま扉を開けると木下は中に入って言った。

 少し遅れて僕も中に入る。靴を脱いで「おじゃまします」というと木下がどうぞと言ってリビングに案内してくれた。

 木下は椅子に座るように促すと、お茶を淹れてくると言って奥の部屋へと消えていった。

 部屋は白をベースにした家具で統一されているが、唯一大きすぎるテレビだけは異彩を放っている。テレビから子供向けのアニメが流れているのが雰囲気に合っていないからかもしれない。

 コミカルな絵で、悪の科学者が操る凶悪兵器を正義の味方が倒していくシーンが流れている。ぼーっとテレビを眺めていたら木下がコーヒーを淹れて持ってきた。僕の目の前にマグカップを置くと、僕がテレビを見ていたことに気が付いたようだ。

「それ、キラメキが好きで録画してるんだ。本当に好きなのか、それとも嫌がらせなのかわからないけど」

 そういうと困ったような表情をして溜息をついた。

「俺はちょっと出かけてくる、キラメキは2階にいるけどそのうち降りてくるから話相手になってくれ」

 そういうと木下はリビングから出て行った。

 それからしばらく、ちょうどアニメが丸々終わるまで、僕は初めて入ったリビングで待たされ続けることになった。


 アニメが終わり、どうしたもんかと考え始めた頃、

 階段を降りる音が聞こえてきて、少女がようやくリビングに入ってきた。

「待たせたね。もう少し遅く来てくれればちょうどよかったんだが、木下はそういう所は下手だからな」

 少女は昨日と柄の違うパジャマを着ていた。僕の正面に座るとアニメ柄のマグカップから冷めたコーヒーに更にフーフーと冷まそうとしてから恐る恐る口につける。

「それで、どうだった? 」

 あまりに抽象的すぎる質問になんと答えたらいいのかわからない。

「木下さんは…ちょっと不愛想だね」

「そうじゃない。木下のことはどうでもいい」

「えっと…驚いたというか…驚いてる。昨日のアレだけの会話しかしてないのに今日ここにいるし」

「それも違う。君もみたんだろ」

「何を? 」

 僕の疑問に彼女は視線を後ろのテレビに向ける。

「あっ…ああアニメね。うん良かったんじゃないかな? 懐かしい気持ちになった」

「懐かしいか…うん、確かにそうだね。でもこれは去年からスタートした番組なんだよ。でもきっと、作品に込められたメッセージ性は昔の物とそんなに変わらないんだろう」

 アニメの映像を思い出す。あまり熱心に見た訳ではないが悪の科学者作ったロボットを正義の味方が倒す映像に何か大切なメッセージが込められていたとは思えない。

「懐かしいと思ったのは、アニメの内容というよりも、アニメを見ている自分に対する感想だったのかもしれない」

「それは…最高につまらない感想だね。私も君…えっと……」

「遊間太一」

「遊間太一をここに呼んだ目的を思い出したよ」

 彼女は僕を見つめて、無感情の声でこういった。

 彼女によってつくられた張り詰めたような空気は、彼女が茶菓子のクッキーをボリボリ食べる音で解消されるまで、僕は何を言えばいいのかわからなかった。


「僕をここに呼んだ目的は話相手になってほしいからだと聞いていたけど」

「そうだよ。私には同年代の友達がいないからね」

「…学校いかないの? 」

「そこは家庭の事情ということにしておいてくれ」

 言い方にそこには踏み込んで欲しくないという拒絶感なようなものを感じてしまう。

「それで…何から話す? 正直に言うと僕はあんまり会話が得意な方じゃないけど」

「そうだな…君の今日の出来事を話してくれないかい? 」

「今日の出来事か…普通に起きて、学校行って、迎えが来て、ここにいる」

「それじゃあつまらないじゃないか」

「細かいことは覚えてないんだよ」

「それもそうか、いきなりじゃ仕方ない。じゃあ今日は代わりに私の思い出話を聞いて貰おうかな」

 彼女は視線をマグカップの中に落として静かに語りだした。


 結論から言うと彼女の話は退屈だった。

 彼女が幼い時に旅した思い出を語ってくれたけど、詳細で彩りを持って語られる情景は確かに興味を惹かれるが、なにかが決定的に足りていないようで、会話というよりも報告を聞いているかのようだった。

 彼女は一通り語った後に、満足気に息をついた。こちらに感想を求めているようだったけど、何を答えていいのかわからなかった。

「なんて言ったらいいかわからない。キラメキの人生は楽しそうだ」

 こんな乏しい感想しか言えなかった。

「そうか、私の人生は楽しいか。ではこっちの方で膨らませるのがいいかな」

 彼女はそういうと黙ってしまってしまった。

 しばらく嫌な沈黙が続いた後、コーヒーも飲み尽くしてしまい、間が持たなくなってきた所で、玄関が開く音がした。

 木下が帰ってきたようだ。

「そろそろいいだろう。太一を家に送っていく」

 リビングに入るなりそう言う。キラメキは席を立ってさっさとリビングを出て行ってしまった。


 帰りの車の中で、木下は僕にお礼を言った。ほとんど聞いてただけだと言っても木下はそれでもと重ねてお礼を言った。

 むず痒い気分だった。車を降りる時、木下はこれからよろしく頼むと言っていた。

 この時になって初めて、僕は今日の出来事がこれからの日課になることに気が付いた。


 日課になったキラメキとの対話は最初はこんなんを極めた。僕の方は何を言ったらいいのかわからないし、キラメキはアニメの話か、自分の思い出話を一方的に語るだけだ。

 僕の方は日常に活路を見出そうとした。毎日の細かい出来事に気を配るようになり、普段は気にしないクラスメイトや授業風景にまで細かく観察するようになった。

 それでもお互いの会話はなんだか一方通行で、僕はキラメキが何をしたいのか全くわからなかった。

「そういえば、アイツの笑った顔は見たことないな」

 思わず呟いた言葉は隣の木下にはしっかりと聞こえていたらしい。

「表情には出さない。でもしっかりと感じてはいるよ」

 彼女の無表情と、彼女がアニメを見ている姿や熱いコーヒーを冷まそうとする姿を思い浮かべる。

 大体彼女はなんなんだろう。隣の木下に聞いてみようかと思ったけど、彼女の言った家庭の事情という言葉が引っかかって上手く言葉にできなかった。


 多分、僕は調子に乗っていたんだと思う。

 学校にいかず、友達のいない彼女の唯一の存在というポジションに優越感があったんだと思う。

 思いあがっていた。だから僕はあんなことを…。


 彼女の話が終わった後、僕はなんとなく木下のことを聞いてみた。

 彼女と木下の関係が気になったからだった。

 彼女は木下の事を親とは思っていないと答えた。それどころか保護者とすら思っていないというような冷たい感じだった。

 それに大して僕はなんだか妙に腹が立った。木下はキラメキの事を考えているじゃないか。

 血のつながりはなくても、いやなくたって木下はしっかりとキラメキのことを家族だと思っている。義務感じゃなくてきっともっと大事な絆を感じている。そんな風に感じられた。そんなことすらわからないのか思うと言葉が止まらなくなった。

 どうやら僕は自分が思っているよりもずっと木下のことを好きになっていたみたいだ。

 どんどん熱くなっていく僕に対して、キラメキのそんなことは全く興味がないという雰囲気が更に僕に熱を持たせる。その度に嫌な言葉が止まらなくなる。

 もしかして、自分についてもそんな風に思っているのかと聞いてみると、キラメキは自分は誰に対してだって何も思わないと答える。

 今までの関係が崩れていくような感覚に、僕はもう帰ることにした。

 帰りがけ、僕がキラメキに言った嫌味にキラメキは初めて無表情以外の表情を初めて見た。

 外にでると、木下は車によりかかって空を見上げていた。僕を見つけると罰の悪そうな顔をして「送る」と言ったが僕は断った。なんだか今は木下の一緒にいるのがつらかったからだ。

 帰り道の空を見上げると星の輝きが強すぎて気持ち悪かった。


【転】

 目覚めは最悪だった。眠れば気持ちのリセットができると思ったが、夢すら見ずに気持ちの延長戦のようなだった。

 一々記憶しようとしていた朝食のメニューも、通学路の微妙な変化も気に留める気にならなかった。キラメキのことを考えるのが辛いし、彼女の表情の変化が忘れられなかった。きっと彼女は僕の言葉に傷ついただろう。

 そのことを考えるのが辛かったし、木下とのことについて、僕は何も間違えたことは言ったつもりはなかった。

 授業が始まって担任の抑揚のない声を聞いていると段々と自分の日常に帰った気がする。

 この世界に特別なものなんてみんながみんな自分の役割を演じて嘘をついている。ただそれだけの毎日に意味なんて求めない。

 でも……だとしたらキラメキはなんで僕に日常を語ったんだろう。なぜ僕の毎日を聞きたかったんだろう。あんなに空っぽのくせに。

 先生の声がして、教科書の文字をなぞっている間にどんどんと落ち着てくる。

 あれはキラメキと木下の関係にだけ怒ったのだろうか、あれだけ心配されているのに、あれだけ想われているのに何も感じないなんてそれはないんじゃないか。

 木下のことを思い出す。木下はキラメキの為に僕の家に来て、僕の両親と…あの木下を見る両親の表情には鬼気迫るものがあった。木下は大きくて、僕の父親なんて簡単にねじ伏せて僕を連れることなんてできそうなのに。それでも一歩も引かなかった姿を思い出して……それで……。

「なんか外ヤバくない? 」

 その一言で授業で窓側の生徒が一斉に外を覗き込んだ。

「ほら、授業に戻れ。外なんか見てないで」

「いやでもマジでヤバいっすよ」

 そう言われて先生も窓を覗き込む。

 それを皮切りに生徒達が一斉に窓をの周り集まりだす。

「なにあれ? 」

「ヤンキーとか? 」

「いや、なんか違うでしょ」

「うん、雰囲気違う。どちらかというとメンインブラックみたいな」

「なにそれ? 」

「黒スーツで宇宙人捕まえる奴等、ほら映画にもなったじゃん」

「というか警察呼んだ方がよくない? 」

「いや、警察でどうにかなる問題じゃないだろ」

「ほら、席につけ。後で先生が何がおきたか聞いてきてやるから今は授業に集中しろ」

 そういった直後に教室のドアが乱暴に開かれる。

 そこには息を切らせた木下がいた。


 木下は教室を見回すと、すぐに俺を見つけてこちらに近づいてきた。

 クラスメイトは木下の怯えているようで、大慌てで距離を取る。ただ1人木下のことを知っている僕だけはその場から動けずにいた。

 木下は僕の腕を痛いくらいに掴むと無理やり立ち上がらせた。

「すまない、時間がないんだ」

 そういうと僕を連れていこうとする。

 木下以外はこの教室で1人たりとも動くことができなかった。

 時間が止まったように硬直して視線だけ僕らを追っていた。

「木下ぁああを離せぇぇぇ」

 ただ1人を除いて。


 先生が鬼のような形相で机の上を渡って教室の前から一番後ろの木下の前まで渡って来るとその場で仁王立ちをした。

 息を切らせて、両手を広げて出入口の前に立ちふさがる。木下をにらみつけて、ここは一歩も引かないという迫力を感じさせる。

「木下を離せ。教室から出ていけ」

 手に持った丸めた教科書を木下に向けてすごむ。きっとそれが唯一の武器なのだろう。持っている手は震えているし、大きな声も裏返りそうになって、強そうには見えない。ただ怒っている初老のおじさんだった。

 それでも僕は、いやこの教室にいる全員が、この先生を頼もしいと思った。

 先生に任せれば安心できると思った。だから緊張が糸が切れたのだろう。一斉に時間が動きだした。

「せ、先生頑張れ! 」

「いけーうっちー! 」

「先生…先生!! 」

「先生! 今助けます」

 そういって男子が動きだそうとした時

「ダメだ! お前たちは前から逃げなさい」

「でも! 」

「いいから逃げなさい」

 この一声で教室のクラスメイトたちは一斉に外にでる。

 僕からだと木下の表情は見えない。

 ただ肩が上がり、そして下がる動作が見えて、いつもの溜息をしたことがわかった。

 木下は僕の方を振り返るとすまないと言って、懐に手を入れて何かを取り出そうとしている。

 その時、先生の後ろの教室の出入口が開かれて、そこには校長先生が立っていた。

「内田先生。彼は遊間くんの保護者です。家族に大事があったようで迎えに来ただけです」

 校長はそういうと担任の肩を叩いた。

 木下はまた溜息をつく動作を見せる。

「そうです。ごめんなさい。私も同様していました。まずは事情をお話するべきだったのですが、太一くんの大事な人がちょっと……」

 そこまで言ってから木下はこちらに振り返る。

「キラメキが君を呼んでいる。一緒に来てほしい」

 木下は腕を離すと、僕に深々と頭を下げた。騒がせた謝罪、まだジンジンする腕の謝罪なんだろう。

 僕はキラメキの顔を思い浮かべた。

「わかりました」

 そういって自分から教室を出ようとする僕に、担任が声をかける。

「本当にお前は行きたいと思っているのか、もしそうじゃないなら先生が」

「いえ、僕が行きたいんです。あの…先生……本当にありがとうございます」

 ありがとうございますなんて言葉じゃ今の感情を説明できなかった。だから先生の目を見て、表情を見せてその全てを伝えたかった。

 先生は僕の頭を撫でると、いつもの抑揚のない声で「いってこい」と言ってくれた。

 僕はそのまま木下と一緒に階段を降りていく。

「いい先生だな」

 木下はそういった。僕もそう思う。

 先生の授業が下手くそだって? そんな訳ない。下手くそなのは、授業を受けてた僕の方だった。この気持ちを誰かに話したくて仕方ない。そしてなんともご都合主義に一番話したい相手が僕を呼んでいるらしかった。

 外にでると、違和感があった。空を見上げると快晴にも関わらず。星が燦爛と輝いていたからだった。


 初めて車酔いという物を経験した。といってもあれを車酔いと言っていいのかわからない。

 明らかに違法なスピードで信号を無視しながら止まることのなく進み続けて障害物を粗っぽく回避しようとする為に左右に揺られ続ける車内。そしていつになく口数の多い木下の問いかけに頭を使い続けてすっかり元気がなくなってしまった。木下は自分が本当のキラメキの父親ではないこと、そしてそれでもキラメキを本当の娘のように思っていること、娘を傷つけたら許さんとか珍しく感情が豊かだった。最後にどうなっても少なくとも俺は恨まないから自分の全部を語ってくれと僕に頼むと目的地に着いたようで、急停止する。

 車から降りると、そこはいつものキラメキの家ではなく、キラメキと最初に会った。あの廃墟だった。

 思わず屋上を見上げるが、そこにキラメキの姿はない。屋上超しに見える空には星の正体が浮かんでいた。

 空を覆う黒い柱のようなもの、その側面がキラキラと輝いていて、それが星のように見えるのだった。

「もう隠す必要はなくなったのだろうな」

 木下は空を見上げて言った。

「それで…キラメキはどこに? 」

「上だよ」

「上って、どうやって登れば」

「色々あるけど、本人が太一と話たがってるんだからそこは大丈夫だろう」

「よくわからないんですけど」

「これからもっとよくわからない事が起きる。しっかりと受け止めてやって欲しい。それとこれを渡して置こう」

 木下は胸ポケットから手帳を取り出すと一枚の写真を取り出した。

 そこにはキラメキが舌を伸ばしてこちらをにらみつけている姿が移っている。写真の端には茶色い山…これは唐揚げ?

「これはキラメキが夕食の唐揚げをつまみ食いしようとして、舌を火傷した時の写真だ。大皿に乗っている唐揚げを2人で分け合うのだが、大皿に乗る前に少しでも自分の腹に収めて自分の分を確保しようとした時の姿だな。我が家では卑しいことをしたら写真に収めてるルールがあって、これはプライドの高いキラメキには効果抜群だからね」

 木下は僕に写真を渡すと今度は空に向かって叫ぶ。

「見てるんだろ。恥ずかしがってないでさっさと迎えに来い。俺がわざわざ学校から太一くんをここまで連れてきたのはお前の秘密を不特定多数に知らせない為だ。お前が恥ずかしがって躊躇しているとどんどんお前の恥ずかしい写真を太一くんに見せていくぞ。食べ物程度ならまだ可愛いことは写真を取られお前なら知っているだろう。そうだな。次は水着祭りの時の」

 そこまで聞いた段階で、視界が白くかすんでいくのがわかった。そしてそのまま意識までもっていかれそうになる直前。

「娘をよろしく頼んだよ」

 そんな木下の言葉を聞いたような気がした。


 気が付いたら、キラメキの家のリビングに立っていた。

 いや、よく似ているけど違う場所だった。壁に該当するものはなく、どこまでも空間が広がっている。天井もなく、光源がわからないのに部屋は明るい。

 テレビアニメいつも流れているアニメが一時停止されていて、その前にキラメキが座っている。

 彼女は初めてあった時と同じパジャマを来て、こちらを見ずにテレビの方を向いていた。

 僕が近づくと、キラメキは手を伸ばす。

「写真…持ってるだろ。渡してほしい」

 右手に掴んでいる写真の存在を思い出した。

「これは、僕が木下に預かったものだ。後で木下に返すよ」

「それは…いじわるだ。言っておくが、食い意地がはっていた訳じゃない。アイツは健康管理とかいって食事の量を少なくするし、多く食べると運動を強制する。私はいつも空腹なんだ」

「それは後で木下に抗議すればいいだろ」

 写真を取ろうとしていた手は動きを止めて、ゆっくりと降りていく。

「そういう訳にもいかないさ。だってもうすぐ、地球の全ては焼き払われる」

「それは今いるこの場所と関係あるの? 」

「どこから話したらいいかな」

 キラメキは顔をテレビに向けると、一時停止していたアニメを最初から流し始める。

「僕のお父さんとお母さんはこれなんだ」

 画面には高笑いする悪の科学者が移っている冒頭の後に、日常を楽しむ正義の味方が映っている。

「どっちも男なんだけど」

「野暮なことはいうな。それくらいわかるだろ」

 正義の味方は子供たちにおやつを配るが途中で数が足りなくなる。そこへ悪の科学者がやってきて、おやつを光線銃で打つ。おやつは巨大で不気味なバイオモンスターに変身して、子供たちの口に増殖したお菓子をねじ込もうとする。

「アニメみたいに、お父さんはなんでも出来る科学者だった。みんなが困っているけど仕方がないと諦めているような物事を圧倒的な科学力でなんでも解決できた」

 正義の味方はもちろんそんなことは許さない。変身すると颯爽とモンスターと悪の科学者の前に立ちふさがる。

「でも、社会の仕組みやルールなんてもう決まりきっている構造があって、お父さんはその根っこから色んな物事を揺るがそうとしてしまった。だから組織に追われる事になった。組織はお父さんが起こした事件を完璧に隠すし、お父さんは組織に立ち向かった。なんと100年間も」

 科学者とモンスターのコンビネーションに正義の味方はピンチを迎える。

「それだけ長くあれこれやってるとお父さんも段々と組織のことも、組織が守ろうとした世界も好きになってくる。お父さんは元々はみんなの役に立ちたいと思っていたから。だからまぁ組織そのものがお母さんって感じかな」

 倒れた正義の味方だけど、子供の声援からヒントを得て再び立ち上がる。そしてそのままモンスターを粉砕して悪の科学者は逃げ出す。

「でも永遠には続かなかった。お父さんはある日それはもう大きな勝利を収めた。組織の半分以上を壊滅させてしまった。お父さんはその事をとても後悔したし、やっと自分の好意に気が付いた。そして、私を生み出した。世界を好きだという気持ちを私に詰め込んで、この世界はいい物だと信じたくて私を作り上げた」

 モンスターは爆発してキラキラと光をふりまきながら対象のお菓子となって振ってくる。子供たちはおやつをお腹いっぱいに食べて幸せそうにしている。

「組織の方は最後の覚悟を決めてお父さんの秘密基地に乗り込んでくる。でもお父さんは自分の生命維持装置を停止してて、組織に差し出されたのは赤ん坊だった私だった」

 子供の1人がおやつを隠して持って帰る。家に着くとそこには雰囲気を変えた悪の科学者がいて、子供は悪の科学者をお父さんと呼んで抱きつく。おやつを取り出してお父さんにあげるといって差し出す。そのおやつを受け取った悪の科学者はふたつに割って大きい方を子供に渡す。子供は今日の出来事を興奮気味に話して、悪の科学者はそれを優しい表情で見つめている。そしてエンディング。

「組織は私を大事に育てた。いや、育てているかな。お父さんは組織に一方的な契約を押し付けた。私が心から幸せを感じたら世界政府に裏からお父さんの技術を引き渡すと、それは社会の構造を揺るがすことなく人類のレベルを押し上げられるから。それとは反対に私が幸せを感じられなかったら世界に滅ぼす爆弾を落とす。そしてその契約期限が今日なんだよね」

 番組は終わり、映像は止まってしまった。

「それで、幸せを感じられてないから、焦ってるのか? 」

「うん、私を引き取ったとは私を発見した組織のエージェントだった木下だった。まだ若くて有望な少年エージェントなのに私のお守りをするようになって大変そうだったよ。世界の美しさを見せようと私を連れて飛び回って、色んな物を見せてくれた。そして私もこんな綺麗な世界を好きになった」

「それなのに……」

「うん。それなのに、私は心の底から幸福を感じていない。世界を守りたいと思えない。私の何が足りないのかわからないまま。もう期限が近づいてきて、それで、お父さんの育った場所にいけば何かわかるかなって」

 キラメキはようやく顔をこちらに向ける。

「私に何がたりないのか、太一ならわかるんじゃないか? 」

 相変わらず逃げ出したくなるような綺麗な瞳をしている。

 見透かされているような、心の底を覗いているような視線。

 でも、それは俺の被害妄想で、自意識過剰だった。彼女は何も見えていなかった。見たかったんだ。

 だから僕は、今日だけは逃げるのをやめようと思った。


「キラメキは真面目で全部受け止めようとするんだね。今だって僕が言葉を待ってる。だから色んな物を見てきて、どれもそれは綺麗だったんだ。きっと語ってくれた言葉以上にもっと彩りにあふれて、それをそのまま受け入れたんだと思う」

「だから私はそれが好きになった」

「それは違うよ。綺麗だったからこそ、嫌いになったんだ」

 相変わらずの無表情だけど、瞳の光が少しだけ揺らいだように見えた。

「木下に連れられて、世界中の綺麗な物がっかり見て、それを知れば知るほど世界が嫌いになったんだ。だって、キラメキが何よりも好きなのは、キラメキの好きの中で1番は父親なんだろ」

 キラメキは何も答えない。

「生まれた時から、意識を持ってからずっとキラメキは父親が大好きなんだ。自分の父親を投影させたようなアニメを見続けて今更違うなんて言えないだろ」

「そうね。私はお父さんが好きで、だからお父さんの望む通り世界を好きにならないといけない」

「でも、間違いかもしれないって思ってる。気付いてるけど、考えないようにしてるんじゃないかな? 」

 それはもしかしたら本当に無意識で認識できていないのかもしれない。

「父親は世界を愛し始めたけど、世界は最後まで父親を愛さなかった。組織を送り込んでずっと拒み続けた。そんな世界が美しいものに溢れているなんて、そんなの嫌だったんだ。キラメキの大好きな父親を嫌う物は醜くて汚れていて欲しいと思っていたんだ」

 だからキラメキは世界について、こと細かく記憶しているのにそこに感情を込めようとしない。

「ずっとそれに悩んでいたんだろ。答えを意識したら自分たちのやってきたことも、これからやることも全部無駄になってしまうから言い出せなくて、それで足掻いていたんだろ」

 それは、もう1人の父親を失望させてしまうかもしれないから。

「時間が流れて、焦って父親に縋りつきたくてここに来たんだ。そして僕に会った」

 僕はキラメキと会って初めて交わした会話を思い出した。

 恥ずかしくなるくらいひねくれた事を言っていた。

「あの日から、最後の希望は僕に変わったんだと思う。今だって限界ギリギリで僕を呼んだ。それは僕にキラメキを変えて欲しいなんて考えじゃないと思う。むしろ全く逆で、キラメキが僕を変えたかったんだ」

「それはどういう意味? 」

「多分だけど、キラメキは自分と僕が似ていると思ったんだ。僕はあの日、どんなに表面的に綺麗でも中身は汚いなんて言ったよね。そんな風に世界を捉える僕を変える事が出来たら、きっと自分だって変われるなんて思ってるんだと思う」

 最後の最後になって、何年も一緒に過ごした木下ではなく、僕を呼んだ理由だ。

 本当は本人だって怖いのだろう。無表情で感情なんかありませんという態度をしながら、たっぷりと感受性を持っているキラメキのことだ。今だって不安で一杯で、木下に甘えてみたいと思っているだろう。

「もし……仮にそうだとして……君の仮説が全て正しかったとして、君は自分を変えることができるかい? 」

 僕を見つめる瞳の奥にかすかな光のようなものがある気がした。きっとキラメキは僕に縋っている。

 でも……。

「いや、それはできないよ。僕はキラメキに変えてもらうことはできない。だって僕はここに来る途中に既に変わってしまったから、今はそこまで世界が醜いなんて思っていないんだ」

 そこから僕は短く、ここに来る前に体験した出来事を話した。先生が僕を守ろうとしたことについてを中心に、僕が何を感じたかを詳細に。

 キラメキはいつもの日常風景を報告しているのと同じような反応だった。響いていないのは簡単にわかったし、そのことに対して失望しているのもわかった。そんな姿を見ると、僕に接してきた人たちの苦労がわかるのと同時に、今までの自分に対する気恥ずかしさも感じた。

「君は変わったんだね……そして私の目論見は外れたのかな。私はまだ幸福を感じてない」

 キラメキは大きく息を吸って、大きく吐いた。

 木下がよくやる動作できっとうつったのだろう。

 僕の話が何の意味もなかったという落胆と合わさって妙に面白く感じた。

「そりゃ、僕が変わったってキラメキが幸福になる訳ないだろう。僕はキラメキじゃないし、僕とキラメキはまだ出会ってからそんなに時間が経っていないじゃないか。だから最初から間違っていたんだよ」

「それでは、このまま世界は滅ぶしかないのかな」

 ようやく僕から視線を離して、何も映っていないモニターを見る。

 諦めたという感じだった。期待外れなのは悪かったと思う。きっと最後の時間を木下と過ごした方がずっと有意義だったろう。

 相変わらずの無表情の横顔を見て、僕は自分の心臓が高鳴っているのを感じた。ここからは僕の全てをさらけ出さないといけないからだ。


【結】

「あのさ……今までの話はキラメキの話に対する僕なりの推理で、それが当たっているかどうかは、わからないと思う」

「いや、ほぼ当たっているよ。自分で理解できてなかった部分なのか、見ようとしなかった部分なのか、把握できていない所がわかってスッキリした気分だ」

「そうか、それなら良かった。それで……さ……、僕の方もキラメキに話があって。その……今更なんだけど、気が付いたことがあって……その……ね! 聞いてもらえたら嬉しいんだけど」

 さっきまであんなに饒舌に一方的に話していたにも関わらず、なんだか言葉が出てこない。

 掌がじっとりとしてきて、そのことが更に僕を焦らせる。

 キラメキも僕の異変に気が付いて、こっちを見てきた。今度は視線を合わせることができない。

「僕もその……僕の大切な人がいるから……あの! 両親とか先生とか! それでその……世界が滅びるのは嫌だなって思ってて。その気持ちは凄く大事だなって思ってて」

「すまないと思っているよ。でも自分でもどうすることもできないんだ」

「そうじゃなくて……きっと僕ならそういうのがあったら世界滅ぼさないなって要素があって……それはキラメキにもそう思ってもらえたら嬉しいなって」

 僕はずっと考えていた。なんでキラメキとの時間を大切にしていたのか、さっきみたいにキラメキのことをわかったような事を簡単に言えたのかを。それはきっと僕がキラメキ自体の事をばかりに頭を使っていたからだ。見下してたクラスメイトの会話なんてメモしたり、朝食のメニューや通学路のちょっとした変化なんか気にしていたのも全部キラメキに話してみたいと思っていたからだ。

 キラメキは僕の言葉を待っている。

 僕は覚悟を決めてキラメキの目を見る。何度見ても綺麗な目だった。心臓が高鳴るように鼓動して、それが反動になった。

「僕はキラメキが好きだ。初めて会った時に一目惚れしたんだと思う。それで、キラメキの家に行って意外と猫舌だったり可愛い動作が多くてまた好きになって、さっき思ってた以上にファザコンだったのがわかってそこも可愛いと思ってまた好きになった。何回も何回も僕はキラメキが好きになってる! 」

 顔から火吹くなんて言葉があるが、アレは真実かもしれなかった。自分が赤面しているのがわかる。どうしようもなく恥ずかしくてここから逃げたかった。

 キラメキは一瞬だけいつもの無表情から更に無表情をになると、一気に表情が崩れた。怒っているような笑っているような不思議な表情で、立ち上がると僕に背を向けた。

 反応から答えが導きだせない。僕の方も段々とパニックになってくる。

「だから! キラメキが世界を滅ぼしたくない理由に! 恋人がいるからとかでもいいなじゃないかなって! それでそれが僕なら嬉しい……です。それで……それで……世界中の綺麗なものを一緒に見に行きたいなって僕は思ってて……その時はキラメキがどう思ってるのか教えて欲しい! 義務感とかじゃなくて、本当にどう思ったのか知りたいし。そうだ! この前、深夜に大雨降って、明け方に止んだんだけど、そのあと凄く空が晴れてそしたら雨露に濡れた草がキラキラしててそういうの見たい! 2人で歩いて……だからその……そういうの一緒に見たい。」

 もはや自分でも何を言ってるのかわからなくなっていた。

 声は裏返りそうになっているし、抑揚もおかしい。キラメキも言葉の節々で背中をビクッとさせている。

 まだ何かを言わないと声をあげようとしたがさえぎられた。

「わかったから。大丈夫だから。でも今は顔見れない。だから……下で待ってて。ちょっと考えたいから。そのお父さ……木下のこととか! なんか急に全部大丈夫なったみたいで、頭の中になんかメッセージ流れてきたから! 」

 キラメキの方もいつもとパニックになっているらしかった。

 下で待ってるってことは世界はどうなるんだろうなんて考えた時に急に落下感を襲われた。


 気が付いたら、キラメキの家のリビングだった。

 コーヒーの匂いがして、目の前にマグカップが置かれているのに気が付いた。

「おかえり、上はどうだった? 」

 後ろから声がして、振り向くと木下が立っていた。

「いえ……戻ってきたばっかりで混乱してます」

「そうか、ならコーヒーでも飲んで一息ついて欲しい。その間、俺は1人言を言うから聞き流してくれ」

 木下は淡々と事の顛末を語ってくれた。

 空に浮かんだ柱は消えたらしい。爆弾は1つだけ落ちてきて何故か誰にも発見されてなかった馬鹿でかい無人島を消し飛ばしたらしい。木下曰く明らかにあそこだけ狙って爆撃されたから、爆弾が漏れたとかではなさそうだ。科学者は最初から自分の発明を渡す気がなかったのか、それとも誰かがそれを嫌がったのかはわからないということになっている。

「それについては君の方が詳しそうだ」

 木下はそういって少しだけ微笑んだ。

「まぁ結果としては120点満点だ。今回の出来事は世界崩壊不可避シナリオの1つだったからね。もう諦められてるから組織的にも投げやりだった」

「キラメキが世界を滅ぼさなければ技術革命起きてたんじゃないですか? 」

「その前に戦争が起きてたよ。彼の遺産の奪い合いでね。それを含めてどっちに転んでも世界を滅ぼそうとしたのか、美しい世界なら乗り越えられるなんて思っていたのかわからないけどね。どちらにしろ彼が残したものはたった1つを残して消え失せてしまった」

 なんだか物騒な話だし、突拍子もなさすぎて現実感もない。

「世界は簡単に崩壊してしまうんだよ。明日には別の理由でなくなっているかもしれない。だから今を楽しむといい。俺の方も肩の荷が降りた。ところで、そろそろ上の結果を教えてくれ。太一くんの告白は成功したのかい? 」

 キラメキの顔を思い浮かべて顔が赤くなる。

「いや、その所がよくわからなくて、先に下に降りてろとだけ言われました。というか、知ってたんですね」

「愛娘に近寄る男の下心くらい簡単にわかるさ。もちろんそれをすぐに許したりはしないが。まぁでも、ここにこうして俺たちが会話できることは良い返事を期待してもいいだろう。気長に待てよ」

「言われなくてもそうしますよ。キラメキと一緒に行くデートコースとか色々考えて置きます」

「そうしておけ、遊び歩くのには金が必要だろうから、その気があればいいバイトを紹介してやる。管理下で働いてもらる方がいい」

「それは組織的な意味ですか? それとも父親的な意味ですか? 」

「もちろん後者だ」

 いつになく口数の多い木下はずいぶんと機嫌がいいらしい。

 僕もこのコーヒーを飲んだら家に帰ろうと思う。先生に挨拶をして、両親ともしっかり話してみたくなった。

 そして、その時のことをどうやってキラメキに話そうか考える。

 また会える時までに、どれだけネタを貯められるだろうか。

 空は快晴で星なんて見えなかった。




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