ゆめ 又は 悪夢への帰郷
浄化の力を持つ青年
かつての思い出の地へ 又は 故郷へ
何年かぶりの幼馴染との再会
引っ越してから行かなかった秘密基地
楽しかったはずの秘密基地は
思い出の風景とはまるで違かった
垂れ流される汚水
汚れ切った水の中を泳ぐ黒い影
青年は浄化の力を使い
即興の歌をくちぶさむ
たちまち水は透明になり
黒い影は見慣れた人魚の形をとった
秘密基地へと進む一本の道の下
この街にもかつてあった 多種族との共存
人魚が身をよせあい共に複雑なれど
美しい音色を奏でた あの過去を思い出す
されどいま蠢くように密集し
恐怖で怯える人魚に を思い出す
震える手で海へ繋がる 柵を放つ
餌へ群がる小魚のようにあっという間に
美しき人魚は 彼らはいなくなった
海へ彼らは帰っていく
美しい色へ 音色へ 故郷へ
海へ彼らは帰っていく
無慈悲から 残酷から 悪夢から
この海から彼らは帰っていく
ああそうだ そうだった だから私は
僕はあの時 一人でこの場所を去ったんだ
僕の故郷は 狂っていた
皆のあの笑顔 その出どころはこの基地
僕の故郷は偽装のために出来ていた
僕の思い出は 悪夢のような場所だった
この秘密基地の美しき思い出は
僕の脳が生み出した真っ赤な嘘
この場所は僕だけの秘密ではなかった
古びて錆びてしまった街の皆がしっている
幼い僕だけが知らなかった
人魚の養殖場
今の僕だけが知ってしまった
の養殖場
それでは 僕が再会した幼馴染は誰だ
あの子はあの時この場所で
「死んでしまったはず…でしょ?」
僕の幼馴染が実体をもち 幼いゆえに
どうしようもなく柔らかな手で
「久しぶり 元気でしたか?」
「色んな事があったが 概ね元気だ」
僕の肩にその濡れた手でふれた
どうやら幼馴染は実在したようだ
僕の故郷の記憶は 赤い嘘だけじゃない
この青い海の この美しき少女と共に
「もう一度会えて嬉しいわ」
「僕もだよ。あの時、君もこの街から逃げ出せていたのか?」
「そうよ。あなたが連れ出してくれたから」
「……僕が君を連れ出した時、君は人間だったはずだ。なぜ君が人魚になっている」
この美しき少女の下半身は
人魚たちと同じ鱗でおおわれていた
裁縫部分にはまだ赤が滲んでいる
先ほどまで手術していたかのようだ
赤い糸で丁寧に描かれた刺繍は
僕が今も大事にしている…
「まだあのハンカチ持っているかしら」
「最初で最後の送りものだったからな」
僕はハンカチを彼女に渡した。
白い刺繍がなされた白いままのハンカチ。
「大事にしてくれてたのね。こんなにも真っ白いなんて、あなたのことだから、もう少し汚れているかと思ったわ」
「初めて僕だけの物になったハンカチだ。大事にするさ。僕は兄弟が多かったからな」
「そうよね。ありがとう来てくれて。この街には人間の養殖場もあったのに…」
「人間の養殖場か。もう少し柔らかに言ってくれると助かるが、確かにあの教会もそうだったな」
「あのね。あなたの兄弟は、もう生きていないと思うの。人間は人魚と違って、何か食べないと生きていけないでしょう?」
真っ赤な裁縫が、彼女の白い体によく映えている。どこまでも彼女は過去の存在なのだ。
「君はなぜそのような形になったんだ。昨日までは人間だっただろう」
「ええそうよ、半分ね。困っちゃたわ、私も明日この街を出ていくつもりだったのに」
「半分か……君はもしかしなくても。過去に人魚の肉を食べたんだな」
「あなたは食べなかったのね。あんなに美味しいもの、この世にないのよ?」
彼女は古ぼけた教会の なんとも言えない美しき石像のように微笑んだ
彼女との距離は もうすでに僕の及びもつかない遠い位置にある
彼女は故郷の 悪夢の住人となったのだ
彼女が小さな頃なりたかった
人魚の形をとって
「ねえ、あなたからも何か欲しかったのよ。でもやめたわ。代わりにこのハンカチをもらっていく。だって、とっても綺麗だもの」
美しいものが好きな彼女は
僕の一番最初の思い出の品を
大事に抱えて海に飛びこんだ
まだ繋ぎきれていない
人魚の不自由な体で
あの時とは温度の違う海へ
そして 彼女にも悪夢は訪れる
この幼馴染が美しき化け物へとなった
この瞬間をこえる悪夢が
あの海にはまだ
解き放たれたばかりの純粋な人魚がいる
悪意に濡れ この街に復讐したい化け物が
「あなた達に食べられる……なんて良い日なのっ」
彼女はそれだけを大声で言い残し
故郷へ帰ることを選ばなかった
悪意に濡れた人魚の渦に飲み込まれた