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第9話


「狭すぎて不愉快だ」

「これは本当にすみません」


 結局、モリトールの部屋である204号室でしばらくは生活をすることになったのだが、先輩だから部屋が広いかというとそうではないため、ふたりはひとつのベッドに並んで眠る羽目になった。


「だから指導なんて嫌だったのに」


 ぶつぶつと文句を言いながら寝返りを打って背を向けるモリトール。


 一方でファレロはまだ昼であるし、まったく眠くはないのだけれど、徹夜明けのモリトールに合わせて眠ることにした。だって指導役のくせに口頭でさえ食堂の案内もしてくれないし、仕事もわからないし、鍵である時計をうまく使えないからどこに行けるわけでもないし。

 そんな理由により部屋で過ごすしかなく、やることもないとくれば睡眠以外に選択肢がなかったわけだ。


 しかし疲れていたのは本当なのか、モリトールからはすぐに寝息が聞こえてきた。


 ま、昼寝と思いましょうか。


 ファレロも目を閉じた。




◇◆◇◆◇◆




 ばたん、とドアが閉まる音がして目を覚ました。顔を横に向けるとモリトールはおらず、シーツだけが乱れている。頭上にある窓の雨戸を開けると、すっかり夜になっていた。

 なんだかんだ熟睡したらしい。


 水の音が聞こえる。

 モリトールはシャワーを浴びているらしい。


 しばらくして、案の定、髪から水を滴らせたモリトールが浴室から出てきた。上半身は裸で、白ズボンとハーネスベルトを気怠げに着付けており、サスペンダー部分は肩に掛けずにぶらりと垂れ下がっている。


「なにしてる、隊服に着替えろ。夕食のあとに早速訓練だ」


 隊服はファレロのクローゼットに用意されていたものを持ってきてある。

 しかし、ここで関門が。

 ファレロはウィピールのようなこの服しか着たことがないのである。日本人であった記憶を総動員しても、こんな複雑そうな隊服は着られそうもない。


「どうやって着るんです?」

「普通に履いて羽織ってボタンを留めて着ろ」

「はあ……」


 隊服を持ち上げる。

 白のズボンはシンプルだから、なんとかなりそうだ。このベルトもなんとかなる。ワイシャツもいける。しかし、なんだこのジャケットは。音楽隊とかがよく着ているマジョレットジャケットのようだが……ボタンはどうやって留めるのだ?

 そもそもワイシャツの前に肌着を着ないといけないのでは?

 素肌にワイシャツは経験がないし、なんだか抵抗がある。

 しかも大問題はブラジャーを持っていないことだ。すっかり忘れていた。


「……あのー……下着を買いに行っても?」

「馬鹿を言うな。5日分の着替えは持ってくるように指示されていただろう」

「まあ、そうなんですけど。女性的なものはあっちには売ってないんで」

「女性的なものってなん──」


 苛立たしげに言う途中で、なにやら思い付いてくれたらしかった。呆れた顔でジャケットを羽織り、ボタンを留めていく。


「付いてこい。窓口に案内してやる」


 そうして背を向けたモリトールの耳が赤い。

 なんだかんだ、面倒見が良さそうだ。



 窓口は1階にあった。食堂のすぐ隣に小さなカウンターがあって、その向こうに男の人がひとり座っている。

 おそらくは20代くらいで、あまりやる気に満ちてはおらず、目元に本を被せ、足をカウンターに乗せて居眠りしている。


「おい、取り寄せだ」


 カウンターを叩きながらモリトールが言うと、肩をびくつかせて男が跳ね起きる。

 こめかみから下部分をごっそり刈り落とした髪型で、耳にはじゃらじゃらとピアスをつけており、肌が浅黒い。緋色の瞳がファレロを捉えると、二重瞼をさらに大きく見開いた。


「あやや! 噂に聞く魔女様じゃん! 試験の日からめっちゃ有名人だよ、キミ! それにしても魔女なんて文献だけの存在かと思ってたぁ! ややや! 本物、本物! 触りたい触りたい!」


 カウンターから身を乗り出して手を伸ばしてくる。モリトールは汚いものをそうするように伸びた手を叩き落とした。


「至急、用意して欲しいものがある。厚手の肌着5枚。これなら在庫があるだろ?」

「あるに決まってるっしょー! 隊服の下に着る白の七分袖やつね! 厚手ってことは冬用? もちろん、あるあるぅ!」


 言いながら奥の方へ消えていく。倉庫になっているようだった。すぐに戻ってきた彼の手には肌着が5枚ある。

 それから、と言い添えてからモリトールは咳払いした。


 沈黙。

 言わないのか?

 と思って見上げると、モリトールは目で「お前が言え」と迫ってくる。ああ、はいはい。

 途中から投げ返してくるくらいなら、最初から注文しろと言ってくれていたら人任せにしないのに、と思いつつ、残ったレモン色の髪をオールバックにしている彼に伝えた。



「ブラジャーあります?」



 目をぱちくり。

 取り寄せ係の彼は首を傾げた。


「ぶ、ぶら……?」

「ブラジャー」

「なにそれ」


 おや、この世界では名前が違うのか。けど、似たようなものはきっと流通しているはず。

 身振りで伝えることにした。


「女性の乳房を支えるやつ。胸の部分だけに着けるやつで、こうやって胸の大きさに合わせて膨らみがあって、背中で引っ掛けて留める奴」

「うーん、なんだろ、それ。ちょっと知らないやつだなぁ! ドレスの下に着けるコルセットとは違う感じ?」

「それとはちょっと違うんですよねぇ、あれだとお腹周りも固定されちゃうじゃないですか。あんな窮屈なやつじゃないんですよ」

「あー。つまり、おっぱいだけ揺れないようにしたいわけね。そうだよねぇ、女の子が体動かすときは、どうしても揺れちゃうもんねぇ、おっぱい」

「そうなんですよー。だから取り寄せて欲しくて。揺れると痛いんですよ、おっぱい」

「……なあ、お前達、わざと連呼してないか?」


 耳を赤くしたモリトールを、ぷぷっ、と笑う彼はちょっといい性格をしているようだ。気が合いそうである。

 彼は気を取り直してファレロに目を向けた。


「ちょっと市場とか知り合いの商人に聞いておくね! 見付けたら声掛けるから! とりあえず今は太めの包帯を巻いて我慢しておいてくれる?」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいんだよぉー! 俺はヴィールツ! じゃあね、魔女さん!」


 互いに手を振り合って、一度モリトールの部屋へ戻ることにした。ちくちく嫌味を言われながら隊服へ着替えを済ませると、懐中時計を見て舌打ちされる。


「無駄な時間を過ごした。早くしろ。特訓だ」

「はい!」


 モリトールに付いて13番館の外に出た。

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