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第7話


「本当に行くの?」


 国軍施設、第13番館は案外にもこじんまりとした佇まいだった。

 骨組みは木で、隙間を煉瓦を積み上げた赤茶色の3階建て屋。窓は四角くて小さい。鉛筆の先のように尖った屋根は黒で、国軍の施設と言われなければ街の片隅にある教会といわれてもなんの違和感もない。入口は丸みを帯びた両開きドアで、今は閉ざされている。見張りは立っていない。


 入口の前に到着すると、ルイスは何度目になるかわからない質問をもう一度投げ掛けてきた。そして、やはり何度目になるかわからない同じ答えを繰り返す。


「行くよ。仕送りも毎月できる自動システムみたいなのあるらしいし、これで家も超裕福! 毎月皆で旅行しても大丈夫になるし、いいこと尽くしだよ」

「辞められないんだよ? 休みがないんだよ?」

「うん、まあ、確かに。けど、辛くなったら騎馬隊の隊舎にルイスを探しに行けばいいんだし、なんとかなりそうじゃない?」


 気楽に笑って言うと、ルイスもとうとう観念したらしかった。困ったな、というように首のあたりをぽりぽりと掻いて、苦笑する。


「俺は魔法隊の隊舎には気軽に入れないから、絶対に会いに来てね。約束だよ」

「わかった」

「辛いって感じる前に来るんだよ」

「わかった」

「おいで」


 広げられた腕の意味を察して、ファレロは同じように腕を広げて抱き合った。ぎゅっと抱き締めると、その体の逞しさにびっくりする。


 こんなに、男の人の体になっていたんだ。


 幼いころからずっと一緒にいたから気付かなかった。

 昔はまだお腹はぷっくりとしていて、腕と足は色白でぷにぷにふにふにしていて、頬なんてすべすべだとばかり思っていたのに、抱き締めたルイスの体は、筋肉で覆われていて、所々が骨張っていて、そして背が高くて、爪先で立っていなければ届かないし、そしてこの姿勢を保つには支えてもらわなければならないし、それは明らかに男性と女性だった。

 ふわりと頭を撫でられる。それから、もっと強い力で抱きすくめられた。


「怖いよ、ファレロ。もう二度と会えないんじゃないかって、とても怖い」


 耳元で囁く彼の本音に、ファレロは微笑んだ。背中をあやすように叩いてやる。体は強くなっても、心は優しいルイスのままだった。それが嬉しくもあり、安心でもある。自分だけ置いてけぼりにされてしまったかと思った。


「大丈夫だよ。絶対に会えるよ」

「約束だよ」

「約束する。さ、もう行こう。初日早々、遅刻しちゃう」

「……わかった」


 距離を取る。ルイスの指がいつまでも名残惜しそうにファレロの肌を撫でて、とうとう体の横にぶらんと垂れ下がる。地面に置いた荷物を背負って、笑顔で手を振った。


「じゃあ、またあとでね!」


 無理矢理作ってくれたルイスの笑顔は、ほとんど泣き顔だったけれど、同じように手を振り返してくれた。

 そんなルイスに後ろ髪引かれつつも、ファレロは13番館の入口をくぐった。



◇◆◇◆◇◆



「なんだこりゃ」


 ドアをくぐった先に、またすぐ別のドア。

 この作りは日本ではよくあった。デパートの入口によくある二重扉だ。しかし、この国ではまだ珍しい造りで、ファレロとして生きた記憶の中では初めてである。

 仕方なしに二つ目のドアを押したり引いてみるものの、開かない。施錠されている。


「あれ? 13番館って言ってたよな?」


 不安になったけれど、ルイスがここまで見送りに来てくれたということは、やはり13番館とジョアンは言った。ファレロ自身は信用ならないが、ルイスの聞き間違いはほとんどない。


「んー?」


 一歩離れてドアを観察する。すると、目の高さに丸い窪みがあった。


「ははーん。懐中時計を嵌め込むわけですな。簡単、簡単! 舐めてくれるなよ異世界! 私が日本でいったいいくつのゲームを制覇してきたと思って──なに!?」


 開かない。

 満を持して懐中時計を窪みに嵌めたものの、なんの音もしなければなんの反応もない。形はぴったりと合うから嵌めることに違いはないのだろうけれど、どうにも開いてくれない。


 はて。


 なんだか格好付けたことも言ったし、格好付けた決意もしたはずだが、不適格とみなされたなら仕方ない。不要と言われたのなら仕方ない。そこまで縋るほどの熱意はない。


「んじゃ!」


 踵を返して、さっさと帰ろうとしたときだった。


「待て待て待て待て! もー、ホントそのすぐ帰ろうとすんの辞めて!? もうちょっと粘ろ!?」


 そう言いながらドアから出て来たのはウィックだった。隊服にさらに白のローブを着ている。その後ろには呆れ顔のジョアンもいる。


「これは懐中時計を嵌め込んだうえで、さらに一定量の魔力を込めないと開かないの。なんでそうしないかなあ。ここ魔法隊の隊舎だよ? 魔法使ってナンボなんだからさあ」

「いやあ、そういう大事なことは言っといてくれないと」

「普通は気付くの! 言っとくけど、歴代の新入隊員も、今日の他の5人の新入隊員も、全員気が付いて自分で入って来てるからね!? 開けてもらったの君が初だから!!」

「さらに言うなら帰ろうとしたのも初だから! 引き留められてんのも初だよ!?」


 続けざまにジョアンとウィックに責められて、まあまあ、と宥める。嘆息ついて項垂れる姿に既視感を覚えた。


「とにかく、入って。色々と説明するから」

「言っとくけど、君が一番最後だから急いでよね!」


 時計を見ると、まだ集合時間の5分前である。日本人より時間にせっかちな人種らしいと思いつつ、歩を進めた。


 講堂と呼ばれるホールに案内される。前方に壇上があって、それに向けて椅子を並べた扇形の部屋だ。既に白隊服に身を包んだ25人が座っていて、私服姿の5人が壇上にいる。ジョアンに連れられ、ファレロも同様に壇上に並んだ。


「この6人が今年の新人だ。お前達は同期だ。助け合えよ」


 と、最右翼に座っていたのは試験の日に最初に発見された試験官のひとりだ。赤毛を刈り上げた60代くらいの男性で、だが誰よりも胸板が厚い。顔が少しジョアンに似ている気がするのだが、と下手(しもて)の席に着いたジョアンを見ると、目顔で正面を向いておけと制された。


 あ、おっけー、おっけー、そういう感じね。


 こそっと親指と人差し指を繋げて丸を作ってみせる。

 姿勢を正すと、視界の端でジョアンとウィックが背凭れに体を預けて天を仰いでいるのが見えた。


「ここでは1年間、メンター制度を採用してる。つまり、お前らよりも先輩達6人がひとりひとりの指導担当として付きっ切りで魔法隊とはなんとやらを教えるってことだ。いわゆるマンツーマン指導だな」


 はあ、なるほど。


「では各担当者を伝えるぞ。あ、自己紹介が遅れたが、俺は魔法隊隊長のマルタンだ。そこにいるジョアンの祖父にあたる」


 あ、やっぱり。ジョアンを見ると、注目が集まったのに気が付いたのか、慇懃に会釈をした。猫被っちゃって、と思っていると、また目顔で前を向けと言われる。


(なんか私にだけ厳しくない?)


「まず、第一合格者のハンスにはジョアン。第二合格者のフランにはウィック──」


 どんどんペアが読み上げられていく。

 既に顔見知りであるジョアンとウィックが指導役になってくれたほうが気が楽だったのだが、そううまくはいかないらしい。


「そして最終合格者のフェイル……ファル……?」

「あ、ファレロです。Falero。字が汚くてスミマセン」

「ファレロな」


 んん、とマルタンが咳払い。余計な手助けだったかと思ってジョアンを見ると、なんと頭を抱え込んでしまっているではないか。


(なんでよ!? 名前教えただけじゃん!)


 腑に落ちないなあ、と思っていると、指導者が読み上げられた。


「ファレロの指導者は、モリトール」


 誰だろう。今まで読み上げられた指導者達は新人に覚えてもらおうという意思があって手を挙げてくれたり、会釈をしてくれたり、立ってくれる人もいた。

 しかし、読み上げられたモリトールなる人物は、なんの反応も示さない。

 欠席しているのだろうか。

 頭数をざっと数えると、やはり25人いる。新人を含めると魔法隊は31人しかいないと言っていたから、全員揃っているはずだ。

 出だしから躓くか?

 暗澹たる空気が立ち込めて気がする。ひとり、ひとり顔を眺めていく。


 目が合った。

 紺色の髪に、紺色の瞳。背筋を伸ばして、隊服には皺ひとつなく、無表情のままファレロを見据えてくる青年。ルイスと同じくらいの年齢だろう。形のいい目と輪郭はどこか冷たい雰囲気もあって、取っ付きにくそうだった。


 この人だな。


 そう直感した。

 そしてそれは間違いではなかったと知る。


 頬に、3つの黒子があったのだ。

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