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第4話


 放られた光球は皆が見上げる位置でぴたりと止まった。


(私の予想が正しければ、これで闘技場を観察できはるはず)


 ファレロは瞑目して、光球が見える世界を想像した。すると不思議なことに、映像が頭にぼんやりと浮かんでくるのである。魔法達のせいで歪みきった闘技場。観覧席には、誰もいない。発見された試験官達が1箇所に集まって、闘技場を興味深そうに見下ろしているだけだ。


 どこだ。

 他に隠れられる場所。隠れられる場所──。


「魔力。魔力の高い奴を映して」


 残っている試験官を。

 魔力を。

 魔力、魔力と繰り返し念じると、光球がぐるりとレンズを回した。

 炎を使ったもの、石を隆起させたもの、風、雷、水を使った合格者達を次々と映す。


「違う! そいつらじゃない!」


 もっといる。他に、もっと。残っている試験官。

 今度は発見された試験官達を映し始めた。

 イラッとした。

 おい、残っている試験官だっつってんだろ。


「人の話を聞け! お前は大老か!」


 光球に向かって叫ぶと、ばつんっ、と目の前に人の顔が映し出された。

 それは一瞬だったが、確かに人だった。

 光球は、ほれ、やってやったぞ、とばかりに爛々とした輝きで見下ろしてくる。


 そうか、隠れている……。

 そういうことか。


 ファレロは映し出された顔を探した。


 いた。


 そして、その人物の前に立つ。


「……あー……。この子?」


 指を差しながら試験官を窺い見る。

 ファレロが指名したのは、受験者の中で最も若い赤毛の少年だった。

 試験官は、ちらりと赤毛の少年を見やったあとで、観覧席にいる5人の試験官を窺う。そのあとで、言った。


「確かめてみたまえ」


 確かめるって、どうすれば。

 魔法を当てれば懐中時計が光るというあれを試せばいいのだろうか。

 ファレロは半信半疑になりながらも、空に浮かぶ光球を手招きした。


 来ない。


「いや来て!? 来てくれる!?」


 来ない。

 他に魔法の使い方がわからないのだから、やっと発動させたあいつに来てもらわないと困る。


「降りてきてよ!」


 来ない。空に鎮座する光球は不貞腐れて拗ねているようにも見えた。


「なんだよ、なんだご機嫌斜め!? わかった、ごめんて! 大老と一緒にしてごめんて! あんたは優秀! 間違いなく優秀! だから来て!」


 すると、たっぷりと勿体つけて光球がするすると降りてきた。子どもか。

 よしよし、いい感じ。この流れでと思い、光球を掴んだ。ハンドボールほどだろうか。鷲掴みにするには、女の手にはやや大きい。掴みにくいが、先よりもだいぶ軽くなっていた。


 ファレロはそのまま、そっと少年に光球を当てた。



 弾けたのは、鮮やかな花火だった。



 光球が飛散したのも相まって、七色と金色の火花はとても美しい。

 懐かしささえ覚える日本の夏に呆けていると、少年は懐中時計を取り出した。火花の根源は外に出られた喜びでまだ飛び回っている。


「……正解」


 少年が驚いた顔で言う。

 やはり、場所ではなく、受験者に紛れて隠れていたか。


 やった!

 これで合格!


 ──と思っていたのだが。




「時間切れ、です」



 時間測定中の彼が申し訳なさそうに言った。

 手に持たれたままの懐中時計を見ると、なるほど確かに制限時間である10分を1分過ぎていた。


 あちゃー。


 待てよ。

 なんで自分はこんなに頑張ってるんだろうか。

 なにを期待されているのかもわからないのに頑張った結果が時間切れなのだから、もはやこれが自分の実力といえるのでは?


 そう考えると、ファレロはなんだか肩が軽くなった気がした。


 これからこの世界がどうなるのか知らないが、大老の勘違いが甚だしかったということで気楽に生きようじゃないか。そうとも、日本人の自分は就職が嫌でフリーターをしていたんだ。魔法隊なんてものに就職せず、あの丘にある家で暮らし続けよう。


「んじゃ!」


 となれば長居は無用。

 ファレロはすたこらさっさと闘技場をあとにした。



 外にいたルイスから手綱を受け取り、馬に乗る。


「どうだった? なんだか雷だったり炎だったり、凄いのが見え隠れしてたけど」

「皆、凄かったよ。私は駄目だった」

「魔法が使えなかった?」


 ルイスの眉がハの字に下がる。自分よりも悲しんでくれるのは、ファレロ自身ち拘りがない分、なんだか申し訳ない気がした。


「一応、使えたんだけど、時間切れだってさ。残念!」

「そっかぁ……」


 ふたりはパカラパカラと鳴る心地よい馬の蹄に耳を傾けながら帰路についた。




◇◆◇◆◇◆◇◆




 それから1ヶ月後。


 ルイスの入隊を翌日に控えた昼下り、ファレロとルイスは丘にあるブランコを漕いでいた。ファレロが座り、その尻を挟む形で足を置いてルイスが立ち漕ぎをする。

 ブランコがひとつしかないから、子どもの頃からブランコに乗るときは、これがふたりのお決まりのスタイルだった。


「いよいよ明日だねぇ」

「そうだね。うんとお金を稼いでくるからね」

「私達のことは気にせず、自分でちゃんと遊んだりしてお金使うんだよ」

「ファレロのいない遊び方なんて知らないよ」

「すぐに覚えるよ」

「どうかなぁ」


 ぐん、ぐん、と力強く漕ぐルイス。

 揺れに合わせて湖面が上下する。髪が視界を遮ったり、逆に風に撫でられたり。


「休みを貰えたら必ず帰ってくるから」

「お休みって、いつ貰えるかわかるのかな? わかったら手紙を送って! 迎えに行く!」

「本当に?」

「もちろん!」


 ぐん、ぐん。

 みし、みし。


 大樹の枝がそろそろ折れちまうぞと警告してくる。ルイスは察して、漕ぐのを止めた。次第に落ち着いていく揺れが、なんだか寂しい。


「ねえ、ファレロ」

「うん?」

「あのね、隊の施設の中に家族寮っていうのがあるんだって。新婚さん用の」

「さすが国軍。お金持ちだねぇ」

「だからさ、初めて休みを貰って帰ってきたらさ、あのさ、俺と──」


「ファレロ姉ちゃーん!」


 そこへ、話を遮るように家から呼ばれた。振り返ると、弟が立って手を振っている。


「なーにー?」

「お客さんだよー!」

「わかったー!」


 駆け戻っていく弟の背を見送ったあとで、ひょいっ、とブランコから飛び降りる。

 客とは誰か。隣のおばちゃんがまた手作りのお菓子でも持ってきてくれたのかなと考えながら家へ向かう。

 ふと、気が付いた。


「あれ? ルイス、なにか言い掛けてなかった?」

「う、ううん。なんでもない。また今度にするよ」

「そう? じゃあ一緒に行こ。隣のおばちゃんのパンプキンパイがあるかもよ」

「うん」


 ルイスの顔がなんだか落ち込んでいるような気がしないでもないけれど、ふたりで家へと向かった。

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