第3話
おやおや、やはり遅刻だったかな?
不安になって駆け寄ると、足音に気が付いたらしい面々がずらりと振り返ってきた。
どの人間の眼差しも攻撃的で侮蔑的で差別的で、ファレロは瞬時に打ち解けられないと悟った。まあ、ここにいる全員がライバルであるとすれば、仕方のない警戒心なのかもしれないが。
「……失礼だが、性別は?」
ひとりが訊ねてくる。試験官だろうか、白色の魔法隊服を着付けていて、まだ若い。手になにやらメモ帳を持っていて、ぺらぺらと捲っている。
「女です」
ざわついた。先までの警戒はなんだったのか。女と聞いてどよめきが走っている。
あれ?
なんで驚くのだろう。
ファレロの記憶をほじくり返しても、思い出せない。試験資格に性別不問とあったのは覚えているのだが、勘違いだっただろうか。
「名前は?」
「ファレロです」
「ファミリーネームは?」
「ないです。ゴヤの丘のファレロで、近所では伝わります」
田舎者と揶揄が聞こえた。
田舎者で悪かったな。それでも同じ国の中なんだからな。田舎を馬鹿にするということは国を馬鹿にしてるのと同じなんだからな、と胸中のみで反論してみる。日本人らしさ健在。
こほん、と試験官が咳払いをして仕切り直す。
「すまない。確かに女性だね。名前からして男かと……い、いや、受験申請書をよく見ていなかった。失礼した。では申請者全員が揃ったみたいだし、早速、試験に移ろう。準備はいいかい?」
受験者の目がきらりと輝く。中には日本でいうなら小学1年生くらいの赤毛の少年もいて、その子も含め、皆、やる気に満ちていた。
「試験は1度きり。この闘技場で実施する。試験内容は簡単だ。この観覧席を含む闘技場内に6人の試験官が隠れている。隊服を着ているものもいるし、そうでないものもいる。目印は魔力の高さと、この懐中時計」
言って、懐中時計を取り出した。金色の蓋付きのそれは円形で、どうやらこの闘技場を模しているらしい。
「この懐中時計に魔法を当てると、このように火花が散る。──燃え移らないので安心してくれ」
ぴっ、と彼が懐中時計に人差し指を向けると水鉄砲のように時計に水が掛かった。すると、線香花火の3倍くらいの量の火花が散った。火花は七色で、小さな打ち上げ花火みたいだ。
「魔法の種類は問わない。見付けてくれればそれでいい。あ、私は試験対象に含まないのでご注意を。私以外の6人を見付けること。発見者6人を合格者とする。制限時間は10分。私の時計で数える。よーい──」
懐中時計の蓋を開けた。ちょうど、午前11時を指す文字盤が見えた。
「始め!」
ぐわっと魔圧に押された。
周囲にいた受験者がいっきに魔法を発動させたのである。
あるものは竜巻を観覧席に起こして隠れていた試験官を巻き上げ発見。
あるものは水を大量に観覧席に流し込んで試験官を水浸しにして発見。
あるものは雷光を観覧席に降り注がせて試験官を避けさせ発見。
あるものは炎を観覧席に張り巡らせて、やはり身を守ろうとした試験官を発見。
いやいや、こんなことしてるから未来であんなふうに闘技場が壊れてるのではと思わなくもない。
はて。
どうしよう。
一昼夜考えたが、ファレロは皆が言う魔力が目覚めたというその瞬間を思い出せないでいた。彼らは一様に神様のようだったと言ってくれたけれど、なにがどうなったのかは詳細に教えてくれなかった。よくわからなかったというのだ。
でも間違いなく魔法だったとも断言する。
(はあー? 魔法なんて使えないよ)
なんで律儀に試験会場に来てしまったのか。ばっくれてしまえばよかったものを。いい恥さらしである。しかし、あれだけ熱く見送られたら行かざるを得なかった。
「君はなにもしないのか?」
と、制限時間を計る試験官が訝しげに問うてくる。
なにかしたいけど、できないのだよ。
そうこう考えているうちに、あるものが観覧席の石を発達させて盛り上がらせ、隠れていた試験官を発見。
これで隠れている試験官は残りひとりとなったわけだ。
現段階で合格者は5人。受験者はまだ残っていて、皆、躍起になっている。誰しもが森羅万象の魔法を繰り出していたが見付からない。
どうしようかな。
ふと、渋谷で見たあの光の球を思い出した。
あと少しでアパートだったというのに見付かってしまって、こんなことに巻き込まれた憎き小さい太陽。
見付かって?
そうだ、あの渋谷の光は魔女を探していたのだ。ということは、防犯カメラのようなものかもしれない。それなら、ドローンのように浮かばせれば違った視点から試験官を探し出せるかも。
でも、どうやって?
(ええい、とりあえず大老の真似してみるしかない)
ファレロは右腕を天に突き出した。掌を空に向けて力を込める。
(確かこんな感じだったはず)
頭の中で光の球を想像する。球体で、すべてを見通せるもの。
掌がかっと熱くなった。
見上げると、ゴルフボールくらいの光球ができている。
「……ははっ!」
思わず笑ってしまった。本当に魔法だ!
よし、この要領であのとき見たバスケットボールサイズくらいに膨らませよう。
フンッ、とさらに力を込めると光球は比例して大きくなった。
「ま、まさか……」
試験官が一歩、後退ったのを見た。受験者達もなぜか慄いて離れていく。
だが気にしていられない。
なにせ重い。
(あのクソ大老! こんなに重いなんて聞いてない!)
とうとう片手では支えられず、ファレロは両手で持ったがやはり耐えきれなくなった。光球を持ったまま、両手をだらりと下げたところで持ちこたえる。
まだ光球はバスケットボールには程遠い。
仕方ない……!
このまま投げよう!
ファレロは体を回転させた。
「いっ、けぇぇぇ!!」
そして遠心力を利用して、全身で光球を宙に放り投げた。