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第25話


「え……? ぜんっぜん、難しいんですけど?」


 翌朝、いつもどおりのトレーニングを終えてから訓練所で魔法を教えてもらうことになった。炎、水、風、土、どれも出来ない。

 というよりかは、どれも発動させることは出来るのだけれど、魔力調節をしながらが難しい。調節に意識を向ければ魔法が発動せず、魔法にばかり気を取られると、あっという間に魔力が膨れ上がる。

 マッチ並みの火を欲しているのに、瞬きの間に迫撃砲になってしまう。そんな感じだ。

 汗が顎から滴る。


「まあ、予想範囲内だな」


 そんな辛辣な言葉を掛けられても気にも留まらない。汗を拭うと、目に入って滲みた。


「やっぱり、私には無理でしょうか」

「違う。そもそも俺達魔法隊員だって苦手な魔法の属性くらいある。ジョアンは風や土が得意だし、ウィックは水や治癒が得意。ハンスも、見たところ風だろう。俺は風と水は苦手だ。そうやって得手不得手があるのは当たり前なんだ」


 不得手どころではないのだが、と思いつつ呼吸を整える。


「君は光を使う。ならば似ている属性なら得意かもしれない。雷電だ。つまり、雷」

「雷か……確かに、光からイメージしやすいかも」

「掌に光の粒を作って、それから火花を連想するんだ。雷を作る想像をする」


 ファレロは再び滲んだ汗を拭って、言われたとおりにした。


 ぱちぱちっ。


 光の粒が線香花火みたいに火花を散らした。


「お?」


 イメージの中で火花をどんどん大きくしていく。すると光の玉がぐにゃりと歪んで、びりびりと音を立てて宙に弾けた。


「……い、今の!」

「そう。成功だ。やはり君は雷が得意のようだ。これからは雷魔法を伸ばしていけばいい」

「はい! ……ん? ()()()? もしかして、最初から予想付いてたんですか?」

「当たり前だろう。光と雷だぞ。予想出来ない魔法隊員がいたら驚きだ」

「ここにいます! 予想なんてしてなかったですし、むしろ初めに教えてくださいよ! 火とか水とか、落ち込み半端なかったんですけど!?」

「ちょっとした嫌がらせ」

「はい!?」

「訓練はここまで。部屋に戻るぞ」

「なんか納得いかないんだよなあ……」


 訓練所を出ようとすると、そこへ血相を変えたジョアンが駆け込んできた。


「ルフがまた結界を破ろうとしてるらしい! モリトール、ファレロ! 隊長命令だ! 森の結界に向かってくれ!」


 ふたりは顔を見合わせて、すぐに駆け出した。




◇◆◇◆◇◆




 また雨が降っていた。森に近付くにつれ、どんどん激しくなる雨。鬱蒼と生い茂る木々の広葉に雨水が跳ねて、森の周りにだけ靄が掛かっているように見える。


 結界に体当りするルフが見えた。


 眼下で、森の近くにある村人達に避難を呼び掛ける歩兵部隊が走り回っている。騎馬隊が軍旗をはためかせ、避難所へと誘導している。

 ルイスがいた。

 声を張り上げているが、ファレロの耳にまでは届かない。


 ルイスが空を見上げた。


 目が合った気がした。そして、笑ってくれた。だからファレロも微笑んだ。


 腹に響く重い音がして、意識を再びルフに向ける。嘴を削がれたルフは今度は爪を使っていた。


「隊長も、なんでこいつなんて呼ぶんですかねぇ」


 前方にいるハンスが小馬鹿にしたように呟く。誰も返事をしなかったのが気に食わないのか、ファレロを睨み付けた。


 魔法隊は地上には降り立たず、ルフが体当りする結界の付近に浮いたまま対応していた。先頭にマルタンがいる。ファレロに気付いた。


 そして同じく、ルフもファレロに気付いた。


 お前か──。


 そんな憎しみを込めた目でファレロをじっと見つめてくる。ファレロも負けじと正面から睨み付けた。


 体当たりが止んだからか、あたりは静けさに包まれた。


 異様な雰囲気だ。


 魔物と、ファレロが睨み合う。


「……なんだ……? なんで、止めたんだ? とにかく今がチャンスですよ、ジョアン先輩」


 ハンスがなにやら魔法を発動させようとする。


「やめろ!」


 ジョアンが止めるが、ハンスは聞かない。元から、先輩先輩と言っておきつつ、年下であるジョアンを敬ってはいないきらいがあった。聞こえていながら、無視したのだ。

 ハンスは竜巻をルフに向けて放ったが、ルフは翼をひとたび揺らめかせただけで竜巻を忽然と消してしまった。


「そんな、馬鹿な!」


 ハンスが愕然としているのを笑うように、ルフが嘶く。耳を劈くような声は、どこか悲痛に聞こえた。


 ルフが距離を取った。


 ──来る!


 ファレロは一瞬にしてハンドボール大の光球を作った。


 ルフが止まる。この光球には(かな)わないと知っているのだ。


 ファレロははっとした。



 ルフが泣いているように見えたのだ。



 なぜだ。なぜ、そんなに目を濡らすのだ。一体、どうして。


「モリトールさん」

「なんだ、こんなときに」

「魔物って、人を食べるんですか」

「食べない。魔物の餌は魔物だ。魔物だけで食物連鎖が成立する」


 ならば、結界を壊す理由がなにかあるのではないか。明確な、なにかが。ファレロはひとつ、試してみることにした。


「モリトールさん、このまま私を結界の外まで運んでくれますか」

「……は!? なにを言ってるんだ! 力比べでもしようっていうのか? 死ぬぞ!」

「ルフが、なにか言いたそうに見えるんです。私の盾なら攻撃を防げます。攻撃してきたら、すぐに逃げてくるので、私だけ結界の外に運んでください」

「そんな無謀は許されない」


 ファレロはマルタンを見た。

 マルタンはファレロを見て、ルフを見て、ファレロへと視線を戻した。僅かな逡巡のあと、問うてくる。


「攻撃を受け止める自信はあるか」

「あります」

「マルタン隊長、まだファレロには無理です」


 だがマルタンは既に決めたらしかった。


「あらかじめ盾を作っておけ」

「わかりました」


 ファレロは光球を引き伸ばして、小さな盾を作る。そして馬から降りて、手綱をジョアンに託した。

 生身で浮くのは、なんだか不思議な感覚だった。


「ファレロ、君には無理だ。すぐに提案を撤回しろ」


 モリトールが言うが、ファレロは聞かなかった。歩き出すと、雪の上のように不安定だったが次第に慣れた。


 透き通る青白い壁にぶつかる。

 ふう、と息を吐いてから踏み出すと、水面から飛び込んだように一瞬、冷感が肌を包んだ。


 ルフの吐息が大きく聞こえる。ぐるぐると鳴る音は、どこか猫にも似ていた。

 しばらく見合ったあとで、ルフが頭を下げた。


 なに?

 どういう意味?


 まるでお辞儀をしているような姿に戸惑う。そしてそのあとで痺れを切らしたのか、急に下がって、また飛び上がってきた。


「わ!?」


 だが、それは攻撃ではなかった。



 ファレロを背に乗せたのだった。



 そのまま急旋回して、国とは真逆のほうへ飛んでいく。


「ファレロ!」


 モリトールの声が聞こえたが、あまりのスピードに振り返ることも出来なかった。少しでも気を抜いたら、振り落とされてしまいそうだ。


「クエッ」


 アヒルみたいな鳴き声がする。なにか言いたいらしい。


「え、なに?」

「クエッ! クエックエッ!」


 ちょい、ちょい、と首だけを向けるので、なんだろうかと手元を見る。

 緊張は手に現れていたのか、盾を持っていないほうの手がルフの固い羽毛を鷲掴みにしていた。


「あ、ごめん。痛かった?」


 手を緩めてやると、ふんっ、と鼻息を荒くされる。いやぁ、だってこんな速度じゃ掴まってないと怖いんですけど、とは言わないでおく。


 眼下で森が終わり、崖が終わる。切り立った崖を波が削っているのが見えた。

 海になる。まださらに飛ぶらしい。


 まさか海上に捨てる気じゃないだろうなと怯えつつ、じっとしておく。


 しばらくして、ルフが泣いた。


 はっとした。


 海上の空にある真っ黒な雲の渦。


「な、なに、あれ」


 風向きが変わる。ルフと共に前進しているから向かい風になるはずなのに、あの黒い雲に呼ばれるみたいに引っ張られる。

 黒の雲が明滅している。発達した積乱雲だ。あの腹に雷をたっぷり溜めて、国に近付いている。

 台風だろうか。わからない。そんな知識など、ありはしない。

 だが、災害になるであろうことは素人にだってわかる。


 その雲の姿は、禍々しい人の形にも見えた。


「これを、教えてくれようとしてたの? ずっと前から?」

「クエッ!」


 人間はなんと愚かなのか。


「ごめん。そんなことも知らないで、あなたの嘴を折っちゃった」

「クエー」


 じと目で睨み付けてくるあたり、可愛げがある。

 それよりも、あの雲はいつから私腹を肥やしてきたというのだ。


「戻ろう。皆に知らせないと」


 ルフはひとつ鳴いて、旋回した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルフ……(´Д` ) いいやつだったんだな。
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