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第24話


 ファレロは混乱した。

 どうしてキスをされているのか、まったくわからない。

 それに、混乱に拍車を掛けたのはそのキスがあまりにも優しいからだった。

 前回はただ怒りをぶつけてきただけだった。激昂した獅子がちょろちょろと動き回って目障りな兎の喉元に噛み付いてきたような、そんな乱暴さと荒々しさがあった。


 けれど、今はどうだろうか。


 ファレロの頭を引き寄せる左手と、腰を抱き寄せる右手にほのかに優しさがある。唇を押し付けるだけのキスではなくて、心地良さがあった。


「モ、モリトールさ──」


 開いた口に、ここぞと舌を挿し入れてくる。ねっとりとした舌は温かくて、ほんの少しざらついているのにとろけそうなほど柔らかくて、頭がくらくらしそうだった。


 はあ、と吐息が漏れたのはどちらだったのか。


 顔の角度を変え、何度も侵してくる舌に翻弄されて、そのまま夢でも見てしまいそうなほどふわふわとする。振り切ってしまえることも出来たかもしれない、けれどファレロは、それをしなかった。


 体は熱くなる一方なのに、ふたりの体温が同じになっていくような気がして、気持ちが良かった。


 モリトールの指がピアスを撫でて、ファレロはわずかに声を出した。モリトールほど近くにいなければ聞こえないほどの声だったはずだが、モリトールの下半身は大きく反応した。

 モリトールの唇が離れたとき、どちらともわからない唾液が顎を伝っていく。モリトールの指がそれを拭ってくれた。


「……すまない。感情が、(たかぶ)った……」

「い、いえ……」

「寝よう。また、夜には見張りだ」


 そう言って、散らばった洗濯物を回収してクローゼットに収めていく様を見ながら、ずるずると座り込んでしまう。モリトールがベッドまで行って、不審そうにファレロに向き直った。


「なにしてるんだ」

「あ、い、いえ、なんか、立てなくなっちゃって……」


 モリトールはまだほのかに顔を紅潮させていたけれど、難しそうに眉根を寄せて、けれど抱き上げるようにして立たせてくれた。そのままベッドに連れて行ってくれる。

 ふたりは並んで寝転んだ。


「……これは……私は怒るところ、ですかね」


 思わず聞いてしまう。こんな経験がないせいで、許可なくキスされたことへの対応がわからなかった。前回は叱責されたとわかっていただけに、今回は理由も不明。怒ってもいいような気がするのだけれど、なんだか、モリトールだから怒らなくてもいい気もする。


 なんでだろう。


「知らない。……なんで俺に聞くんだ。君が怒りたいなら怒ればいいじゃないか」

「そう、ですよね」


 はて、と考える。けれど今の気持ちをあらゆる語彙を頭から引っ張ってきても、そのどれもが憤怒とは違って、どうやら自分は怒っていないらしいとわかった。


 混乱している。ただ、それだけだ。


「……怒らないのか」


 しばらくして、訊ね返された。やっぱり自分は怒っていないようなので、そのとおりに答える。


「そう、ですね。なんか、そんなに、怒ってはない、みたいです……多分……なんで、ですかね?」

「俺が知るわけない。……まあ、なら、寝るぞ。貴重な睡眠時間だ」

「あ、はい、そうですね」


 ふたりは互いに寝返りを打って背中を合わせた。

 珍しく眠るまで時間が掛かった。



◇◆◇◆◇◆



 ちょっと待てよ、と疑問を抱いたのは夜中の2回目の見張りのときだった。

 魔力調節の練習をしている間にふと気付いたのである。


 大老は光の魔法を使っていたではないか。


 それによって渋谷からコロッセオへ、コロッセオからここへと左遷されているのだし、まず間違いなくあれは光の魔法だった。自分の魔法は大老の見様見真似で始まっている。


 しかしモリトールが光魔法を扱っているのを見たことがない。


「……あのー、モリトールさん?」

「なんだ」


 背中越しに返事がある。仁王立ちで周囲の警戒をするときのモリトールは真剣な眼差しだ。


「モリトールさんや、他の人達も光の魔法を使えたりするんですか?」

「今は出来ない。光属性は最難関といわれてる。鍛錬に鍛錬を重ねれば、もしかすればどうにかなるかもしれない」

「あ、そうなんですね」


 ならばこのモリトールのことだから、修練を経て光魔法が使えるようになったと思って間違いないか。それならば大老がモリトールであるかもしれないという可能性は消えない。

 深く考えるのはよそう。考えるのは苦手だ。考えようとすると、いつもマイナスのほうへ傾きがちである。


 それよりもエドゥアール皇太子を怒らせたことに対するお咎めがなくて助かった。

 女に面と向かって強く出られたと言いにくかっただけかもしれないが、国交に支障が出なければそれでいい。


 掌が光っていることに気付いた。

 なんと光の粒ができている。まったくわからなかった。


「あ! モリトールさん、見てください! なんか魔力調節うまくいった気がする!」

「どれ」

「ほら!」


 掌を覗き込むモリトールは、光の粒を摘んで潰した。さらりと指の腹に伸びた粒はきらきらとしつつもすぐに消えてしまう。


「うん。これならいいだろう。ちょうどいい。あとはこれを繰り返し、連続で作れるようになれば調節は修得したとみなしていい」

「やったー! これで次の魔法に進めるぞ!」


 お荷物からちょっと不安程度に格上げになるやも。ファレロは嬉しくて、何度も魔力調節を繰り返した。

 一度コツを掴んでしまえば、あとは簡単だった。

 何度作っても、先の粉雪のような魔力が出来上がる。


「出来た! 出来た、出来た! モリトールさん、10回連続で出来た!」

「わかったから静かにしろ。休んでる隊員だっているんだ」

「はっ、そうですね」


 声は落とすも興奮は収まらない。入隊してからずっと、こればかりをやってきたのだ。この喜びといったら。

 モリトールが背中を向けているのをいいことに小躍りしてしまう。いぇい、いぇい。うぉう、うぉう。


「明日から他の魔法も教えてやる」

「わーい! うひょー! 嬉しいー!」

「静かにしろ!!」

「あ、ハイ、スイマセン」


 そうして夜は更けていく。


 別室になれる鍵である懐中時計のことなど、すっかり忘れてしまっていた。

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