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第22話


 広間での婚約式は、かなり唐突な決定だったせいで立ち会いは国王陛下と各隊の隊長数人と、魔法隊の面々だけだった。先までの人に埋め尽くされた同じ場所とは思えない、閑散とした雰囲気がある。

 せめてもの情けとして、再集結してくれた音楽隊がなにやらを奏でてくれているのが救いか。そうでなければただの職員室に呼び出された問題児ふたりのようにしか見えない。


 ファレロはモリトールと共に玉座の前に跪いた。


 国王陛下が難しい文言を述べている。難しい言葉選びの文章で、まったく頭に入ってこない。


(ていうか婚約式って、なに?)


 既に始まっているがゆえにモリトールに聞けもしない。そんな文化、日本にもあったのだろうか。まったく覚えていないのだが、ここに来るまでの道中で聞いておけばよかった。


「以上、ここにふたりの結婚誓約書を記す。その証として、婚約指輪の交換を行う」


(えっ、あるの?)


 驚いていると、控えていた女性がリングピローを持ってふたりの前に立った。モリトールが立ち上がったので、ファレロも倣う。

 真っ白なリングピローの上にある、大きさの違うふたつの指輪。


(男の人も着けるんだー。へー)


 日本では婚約指輪は女性だけのものだったから、なかなかな驚きではある。ていうか、指輪が嵌らなかったらどうするんだろうか。そこは知らぬ存ぜぬで通したほうが無難だろうけれど、せめて小さすぎて入らない事象よりかは大きすぎてぶかぶかであれ。乙女心ダイジ。

 先にモリトールが小さな指輪を取った。そこで新たな疑問が湧いた。


 右手か……?

 左手か……?


 この世界ではどっちなのだ。日本では確か右手の薬指で、結婚指輪に変わるときに左手の薬指に──あれ? 違うか。どちらも左手だったか。

 そういった類の経験が皆無なだけに、記憶も曖昧である。


 対面したモリトールの目をじっと見る。すると視線に気付いたのか、目が合った。


(なんだ。どうした)

(右手ですか、左手ですか)

(左手だ! 左手の薬指! 早く出せ!)

(そういう大事なことは言っておいてくれないと)

(常識だ!)


 という会話を目線だけでやり取りする。しれっとした顔で左手を上げると、モリトールが手を取って指輪を嵌めた。サイズはぴったりだったので、ほっと安心する。

 視界の端でマルタンが肩を震わせている。大方、笑いを堪えているのだろうけれど、バレバレだ。


 ファレロも大きな指輪を取り、差し出された左手の薬指に嵌める。モリトールが玉座へ向き直ったので、ファレロも同じく正対した。


「これをもって、式を終了とする」




◇◆◇◆◇◆




「あっはっはっ! お前、婚約指輪を嵌める手も知らんのか!」


 寮まで戻る際、案の定、マルタンに豪快に笑われた。国軍と王城は近くにあるため、そう距離は遠くはない。さらに施設から直通の道で繋がっているため、一般人はいないのだけれどさすがに無知を晒されるのは恥ずかしい。


「知らないですよ、そんなの! 皆さん、そういうのどうやって知るんです!?」

「普通、日常生活で知るだろ。宝飾店の前を通ればすぐにわかるし、本や歌劇でもそんなシチュエーションはいくらでも出てくる」

「くっそ、自然に囲まれまくった田舎育ちに意地悪な世界!」

「婚約なんだぞ? 指輪を交換するって教えてやらなかったのか?」


 と、マルタンがモリトールに話を振る。


「ここまで無知だとは思いもしませんでした」

「いやいや、え!? そんな冷徹な話あります!? アイコンタクトでなんとかなったものの、あそこで右手を上げてたらどうするつもりだったんですか!」

「馬鹿なんだなと思って左手を取る」

「はひ!? もとはと言えばモリトールさんがこのピアスが婚約指輪の代わりだな、とか言ったんじゃないですか! そんなん言われたら本当に指輪の交換があるなんて思いもしませんよ」

「モリトール、お前、そんなこと言ったのか」


 マルタンが驚いた顔をすると、モリトールがキッとファレロを睨んだ。


「俺はそんなこと言ってない」

「さっき言ったじゃん!」

「言ってない。知らない」

「なんでそこで誤魔化すんですか!?」

「言ってな──君はお喋りすぎる。うるさいから黙っててくれないか」

「なんですと!?」


「なーんだ。心配してたんだが、なんだかんだ仲が良さそうで安心した。元々、恋仲だったんだな」


「違います」

「まあ、モリトールはシャイだからな」

「隊長、本当に違います」

「それにしても、あのクールなモリトールがなあ。お前なら、絶対に恋とかしないと思ってたんだが、ずっと一緒にいると絆されるものなのか。ファレロも髪を切って随分とまともになったしな」

「あ、本当です? わーい」


 髪を触ってみる。確かに軽いし、以前のような野暮ったさは減った気がする。


「マルタン隊長。俺は恋などしていません。特にファレロにするはずがありません」

「そーか、そーか」


 モリトールは即答したのだが、マルタンはのらりくらりと躱して本気にしていない。ファレロとしては、指輪のことをはぐらかされたのでいい気味だと鼻で笑ってやった。モリトールがむっとした顔をする。


「なんだ、今の顔は。無礼な奴め」

「えー。なんでもないですぅー」


 ふんっと顔を背けると、マルタンが感慨深そうに天を仰いで言った。


「まあ、モリトールも18歳だから、適齢期だしなあ。入隊して10年か。長いなあ」

「え゛!? モリトールさんってそんな先輩なんですか!? 2年目とかじゃなく!?」


 吃驚すると、モリトールが呆れ顔で応えた。


「違う。魔法隊入隊資格は8歳からだ。俺はその歳に入隊してる。ジョアンもウィックもそうだ。いや、ウィックは10歳だったかもしれない。とにかく、魔法隊に入隊するほどの素質がある人間は、だいたい幼少期からその頭角を現す。遅くても12歳までには力が付く。それ以降も芽が出ない奴は、ほとんどが入隊できるほどの才能はない」

「はへー」


 入隊試験のとき、確かに年齢層が若い気はしたが、それは自分が最年長だからだとばかり思っていた。そんな理由があったとは。それでもジョアンは際立って若く見えたから、今年の受験生は比較的、遅咲き組だったと言うことか。

 ん? てことはハンスは同い年か年下?

 なのに、なんであいつあんなに偉そうなんだ。なんか腹立つな。


「ジョアンとウィックは入隊2年目。今の指導役は全員が2年目だ。普通はそういう習わしなんだ。2年目が新人を育成するっていう」

「へー。なのになんで10年目のモリトールさんが指導してるのです?」

「なんだ、嫌だとでも言いたいのか」

「い、いえ! 純粋な疑問ですよ!」


 応えてくれたのはマルタンだった。


「実は、魔法隊の入隊試験の合格者は例年、5人なんだ。6人目が現れるのは、ほとんどない」


 マルタンは先を行く。オレンジの夕陽に向かって歩く背中は大きく、頼りがいがった。赤い髪は赤橙にも負けずに輝いている。


「だから毎年、5人だけ指導者役があらかじめ決まってる。ただ今年は6人目が出たから、誰が指導をやるかって話になって──くじで決めた」

「……くじ引き!?」

「そう。魔法も駆け引きももない、単純なくじ引き」

「それで俺がハズレを引いただけだ」

「そこはせめて当たりって言ってほしい」

「おこがましい」


「ま、大丈夫そうだな。3ヶ月後の結婚式のために、ファレロは髪を伸ばしておけよ。さすがにそのときはドレスだからな。男みたいな髪型はよくない」


 ファレロは立ち止まってしまった。

 先をすたすたと歩くふたりがファレロに気付いて振り返ってくる。


「け、結婚式……? こ、婚約だけじゃなくて?」

「は? 婚約したら結婚だろ?」


 モリトールはさも当然そうに言った。一方のファレロは理解が追い付かない。こめかみを押さえて、整理しようとする。


「え。え? だって、ほら、あのよく見る『婚約破棄させていただきます!』みたいな展開は……? 他国との結婚を阻止するためだけの婚約だったんじゃ……? 数年後に破棄するつもりでは……?」


 モリトールとマルタンは不思議そうに眉根を寄せた。


「なに言ってんだ。婚約式から3か月以内に結婚して入籍するのが決まりなんだぞ。婚約破棄なんてできるわけないだろう。……知らなかったのか?」



 ファレロは膝から崩れ落ちて、夕陽に向かって叫んだ。



文化の違い(カルチャーショック)!!」

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