第21話 婚約!?
「はあ!? 縁談の申込みが17件!? どゆこと!?」
寮室に戻り、睡眠を6時間取ったらこれである。マルタンが直々に部屋に訪れたから何事かと思ったが、まさかそんなことになっているとは。
慌てて羽織ったジャケットのボタンすら留め忘れていることに気付く。
「続々と訪問の要望があってな、式典続きになるぞ」
「いや、そんなことはどうでもいいんですよ! どうでもよくないけど、なんで縁談がそんなに!? ど田舎出身のこんなちんちくりんですよ!?」
マルタンは呑気に顎を擦ってみせた。
「なにせ魔女だからなぁ。とにかくお前の力が欲しいんだろ。しかし、これは計算外だったな……。まさかお前と結婚しようとする貴族がいるなんて」
「めちゃくちゃ失礼ですけど完全に同意します」
「魔女を手に入れるには早くて確実な方法ではあるんだよな、確かに。
──仕方ない。本当に婚約してもらおう」
マルタンはにべもなく言った。
よもや見放されるとは思っておらず、ファレロは隊長に掴みかかった。
「嫌ですよ! どうせ欲しいのは力じゃないですか! そんなところに嫁いで実力を見せたら、こんなポンコツいらねえってなって、捨てられるのがオチですもん! 絶対に嫌だ!」
「だろうな」
掴んでいた手をあっさり引き剥がされる。けれどファレロも、めげずに再びマルタンのジャケットの裾を掴んだ。
「嫌だ! 助けてくださいー! 知らない国なんて嫌だぁー!! ゴミみたいに捨てられるぅー!」
「わかった、わかった」
マルタンは今度はひきはがさず、呆れたように頭を掻いた。なんだ、その出来の悪い子に対する態度は。
そして衝撃的な発言をさらに繰り出す。
「だから、モリトールと正式に婚約しろ」
「は?」
それまで我関せずを貫いていたモリトールも、さすがに自分が槍玉に上がって頓狂な声を出した。隊長の訪問ということで背後に立っていたが、一歩乗り出した気配があった。
「モリトールの家系はかなり上階級の貴族だが、ファレロに家柄がないことを知ったうえで、魔女であるなら大歓迎と返事を貰ってある」
「実家に連絡したんですか」
そう言ったモリトールの声が低い。なにやら、怒っているらしい。マルタンは気にもせず頷いた。
「そうだ」
モリトールはそれ以上はなにも言わなかった。小さく嘆息ついていたが。
「ファレロの家にも連絡したが……ルイスはいいのか? 騎馬隊にルイスという男がいると聞いたが」
急にルイスの名前が出てきて驚く。
「ルイス?」
「そう。ご両親はルイスとの仲は大丈夫なのかと心配していた」
広間でのやり取りを思い返す。そんなに心配されるような雰囲気ではなかったはずだ。
「ルイスとはさっき会って、険悪な感じでもなかったですし、仲良しのままです!」
マルタンがまた呆れ顔になった。ジョアンとそっくりな表情の作り方だった。
「そうじゃなくて、結婚しないのか、という意味だ」
目をぱちくり。
「私とルイスが、ですか? なんで? 兄と妹みたいなものなんですよ。今さら結婚なんてないです」
はーーー。と、随分と長い溜息をつかれた。
「……駄目な奴だな」
「なにが!?」
「いや、ファレロが鈍感で盲目なうえに、ルイスに甲斐性がなかっただけのことだろう。ま、ならば心配あるまい。ならば予定どおり、今日、これから婚約式がある。もう一回、正装で広間にこい。国王陛下が立ち会いをしてくださる。ファレロは……ええい、軍内にドレスなんかない。男の格好でいい。面倒くさい」
「ちょ、待っ、本気ですか!?」
さすがに話が飛躍しすぎだし、急すぎる。両親も他国に嫁がせるよりかはと案じてくれたのだろうけれど、もう少し娘に対する貞操がどうのとは思わかなかったのだろうか。
「俺も反対です、隊長」
モリトールの意見に、ぎろりとマルタンが一睨をくれてやった。さすが隊長に上り詰めるだけはある。その目に迫力がいっきに宿った。
「国王陛下からのご命令だ。いくら大国マネといえど、魔女は渡せないというのが陛下の結論。しかし蟠りは残したくない。これが最善の方法なんだ。国のためだ。
──それとも、任務を放棄するか
そもそもこれは、お前が言い出した"嘘"ではないのか。
吐いた嘘なら突き通せ。
突き通せぬなら嘘など吐くな。
覚悟もないくせに嘘を吐く矮小な男なのか、お前は」
そう言われ、モリトールは一度、ほんの一瞬、目を伏せた。そのまま静かに瞬きをしたあと、見上げたその目には迷いも憂いも消え去っていた。
ああ、この人は覚悟を持って魔法隊に入ったのだな。
自分はそんな矮小な人間ではないと、嘘を事実にできる強さを持っていると。
「承知しました。すぐに向かいます」
その目を見据えて、マルタンも顎を引いた。
残されたファレロは、考える。
まあ、確かに他の国のまったく知らない奴に嫁ぐよりかは、モリトールと婚約して、いつまでも籍を入れなければいいのだし、守ってもらえると感謝しなくてはならない。
その前に、ファレロは伝えなくてはならなかった。
「モリトールさん、ごめんなさい」
既に着替え始めていたモリトールは、視線だけを寄越してきた。
「俺が言い出したことだ。謝る必要はない」
「それじゃなくて……いえ、それも含めてなんですけど……皇太子殿下と話をしてるうちに、気付いたんです。私、モリトールさんに甘えすぎてたなって……」
「……甘え?」
ブーツを履き、正装用のジャケットを羽織り、サッシュを巻くモリトール。
「隊服も、髪も……魔法隊のことだけじゃなくて、全部、やってもらってたので……怒られても仕方ないなと思ったんです。そりゃ、上下関係を教えられるなと……」
「……は?」
髪型をセットしていたモリトールが目を剥いて振り返ってきた。
「上下関係……? なんのことだ?」
「えっ、だって、この前……」
しばし見合い、やっとモリトールは思い出したようだった。はっとした表情で、口元を手で覆う。
「いや、あれは、別に、その」
「だから、本当にすみませんでした! 早く色んなこと覚えて、ご迷惑をお掛けしないようにします!」
頭を下げると、モリトールが近付いてきた気配があった。
「……顔を上げろ」
従うと、モリトールはすっかり身なりを整え終わっていた。しかし表情は打って変わって、なにやら考え込んでいる。
「あれは、俺も悪かった。少し、八つ当たりをした」
「え、八つ当たり?」
「ああ。だから、とにかく、別にいい。早く支度しろ。国王陛下がお待ちなんだぞ」
「は、はい!」
ブーツを履き、シャツを着て、正装用のジャケットに袖を通す。もたもたとしていると、モリトールの指が伸びてきた。
残っていたボタンを留めてくれる。
「なんというか……君の世話を焼くのは、もう慣れた」
ボタンを留め終えると、朝と同じように髪をすいてくれる。前髪を上げ、耳に髪を掛ける。
皇太子エドゥアールと同じ手付きなのに、なぜだかほっとする。
ルイスとは違う安心感が、その指にはあった。
髪を耳に掛けたその指で、耳のピアスに触れる。
「まあ、じゃあこれが婚約指輪の代わりってことでいいか?」
「あ、そうですね」
軽く言うと、モリトールが微笑んだ気がした。
いつもとは違う、優しげな微笑みだった。




