第20話
返事に窮して固まっていると、さすがの国王陛下が闖入してきた。
「エドゥアール皇太子殿下、そ、それはどういう──?」
「この世界で魔女は大変珍しいですから、各国がファレロさんに興味を持っています。僕もいち早くお会いしたくて訪問させていただいたわけです。先日はその力で少年達を助け出したとか」
あれは私はなにもしてないんですけどー。と言いたいが、そんな雰囲気ではない。
ぽりぽりと頬を掻こうとしつつ、モリトールを見ると、やめろと目で制される。あ、はい、そうですよね。
「し、しかし彼女はまだ入隊したばかりで……そうだろ?」
話を振られたマルタンが「はい。今期入隊生です」と快活に答えた。さすが、動じている様子が皆無だ。
国王陛下は宥めようとした。
「ですので、まだまだ修行が──」
しかし皇太子エドゥアールもひかない。
「修行なら我が国でも出来ます。ぜひ、僕と結婚してマネに来て欲しいのです。そしたら、こんな男性的な服も着なくて済みます。男性物の、しかも軍服とあれば、不慣れで、着るのはとても苦労したでしょう?」
聞かれ、ちらりとモリトールを見ると、僅かに頷いたのを見て、ここは返事をする場面なんだなと判断して答えた。
「いえ、モリトールさんに手伝っていただいたので」
「ふーん」
矢継ぎ早に質問がくる。
「髪も男の人はどうすべきかわからなかったでしょう?」
「いえ、モリトールさんにやっていただきましたので」
「髪型を?」
「はい。散髪屋でこのようにしろと理髪師に指示を出してくださいまして……」
「髪のセットも?」
「はい」
「教えてくれたの?」
「はい。あ、いえ、やっていただきました」
「ふーーん。つまり、ファレロさんの頭にこうして手を置いて、髪と髪の間に指を差し入れて、髪をセットしたということ?」
エドゥアールは、今朝、モリトールがやってくれたようにファレロの髪をすき、耳に掛ける仕草をした。
「は、はい、そうです」
なんで初対面の人にこんなベタベタ触られなきゃいけないんだ、と思うのと、なにか失言でもしたかしらと心配になるのとでファレロの視線は泳ぎまくって、結局、モリトールに行き着いた。
どうすればいいんですか、モリトールさん。
しかしモリトールは僅かに首を振って大人しくしてろと無言で訴えるばかり。
そっとエドゥアールの手が離れていく。
「ふーーーん」
えー。どゆことー。
エドゥアールの、ふーん、の真意がわからずファレロは困惑するばかりだった。
まだ質問が続く。
「ピアスを開けるのも、ひとりでは大変だったのでは?」
「い、いえ、これもモリトールさんが──」
言い掛けて、気付いてしまった。
ちょっと待って。
私、モリトールさんに、やってもらい過ぎじゃない?
まるで子どもみたい。
そりゃしっかりしろって苛付きもするでしょうよ、怒るでしょうよ。胸倉を掴みたくもなるでしょうよ。
そりゃ上下関係を叩き込みたくもなるわ。
あちゃー、と自分の甘えに気付いたファレロは、再びモリトールを見た。
しかし、その視界はエドゥアールに遮られた。モリトールとファレロの間にわざと立ち塞がったのである。
「もしかしてモリトールって、彼のこと?」
これは私が応える場面なのだろうか。
聞きたくても、モリトールが見えない。おそるおそるエドゥアールを窺い見ると、相変わらず微笑んでいたが有無を言わせない雰囲気がある。
「さっきから、彼のことをちらちらと見てるよね。彼もファレロさんのことを見て、なんだか、今は返事をしなさいとか教えてあげてるように見える。彼がモリトール?」
「そ、そうです」
「ふーーーーん」
なんだか空気がぴりぴりしている気がする。しばらくの沈黙でファレロはぐっしょり汗を掻いていた。
「一刻も早くファレロさんを連れて行かないといけないようだ。国王陛下、彼女をこのまま婚約者にしても?」
「え。え? しかし、魔法隊規則で退団は──」
「婚約者です」
国王陛下さえ押し切られそうになっていたところに助け舟を出してくれたのは、モリトールだった。
全員の注目がモリトールに集まる。
モリトールも額に汗を浮かべていた。
「私とファレロは婚約しております。申し訳ありませんが、エドゥアール皇太子殿下との婚姻は──」
「無理だとでも?」
エドゥアールに追求され、モリトールは押し黙った。面と向かって無理だというのは憚られたらしい。
いや、そもそも婚約してないんですけどね!?
しかし、助けてくれているのだとは察しがつくので、ここは話を合わせなければならない。
「モ、モリトールさんと結婚の約束をしているのは事実です。申し訳ありません」
言うと、エドゥアールはたっぷり黙った。怖い。
「ふーーーーーん」
黙らなくても怖かった。
「とにかく、状況は理解しました。まずは式典を終わらせましょう。集まってくださっているのに、これ以上、時間を取らせるのは申し訳ないですから」
そう言って、玉座のほうへ戻っていき、予定どおりに式が進んでいった。
◇◆◇◆◇◆
広間からエドゥアールが退出し、ドアが閉まった途端──
「お前ら、どういうことだ!」
「どういうこと!?」
「付き合ってたの!?」
と、隊員達に詰め寄られる。
答えたのはモリトールだった。
「違います。国の戦闘力を考えれば、魔法隊のひとりはかなり貴重です。それにファレロはまだ伸びしろがあって、手放すにはかなり惜しい。マネ国に渡ってしまったら困ると思い、咄嗟に庇っただけのこと。結婚の約束なんてしていません。結婚なんて無理です」
「私も約束してないですー。助けてくれてるんだろうなと思って話に便乗しただけです。私も結婚なんて無理です」
ポカーンとする隊員達。
「まあ……とにかく出よう。俺達が出ないと他の皆が出られない」
どうやら階級順に出る決まりらしく、王族が扉の外へ出終わったところだった。魔法隊も続く。
やれやれ、なんだかどっと疲れたなと思いつつ、毛足の短い絨毯を歩く。
「ファレロ!」
ドアを潜ろうとしたとき、声を掛けられた。
ファレロ、その声の主をよく知っていた。幼い頃から聞き続けた家族の声だ。
嬉々として振り返ると、ルイスが騎馬隊列から飛び出してきたところだった。
「ルイス!」
ふたりは互いに抱き合った。
気まずく分かれたあの日以来だから、もう話し掛けてくれないのかと思っていた。しかしこんなふうに声を掛けてくれたから、ファレロは嬉しくて堪らなかった。
ああ、ルイスだ。
ルイスだ。
私の家族。
笑顔を抑えきれない。
「久しぶり! 元気だった? なんだか痩せたんじゃない? 訓練が厳しいの?」
「う、うん。ファレロ、あのさ、あのさ!」
「うん、なに?」
「俺が──」
ルイスが言いかけたとき、モリトールが割って入ってきた。
「ファレロ、なにしてる。貴族の方々がお待ちなんだ。早くしろ」
「あ、はい!」
先を歩いていたモリトールが立ち止まっていた。その前には魔法隊達もぞろぞろと待っていて、興味深そうに成り行きを見守っている。
このままでは皆を待たせて怒らせてしまう。
「ごめん、行かないと! ルイス、またね!」
「ま、待ってファレロ!」
離れようとしていた手を掴まれる。その力が珍しく強いから、ファレロは驚いてルイスを見た。
紺色の隊服の正装は、ルイスを大人びて見せる。なんだか見知らぬ男の人のようだった。
「どうしたの?」
ルイスは、小さく、もごもごと言った。
「あの……その……僕が婚約者役、やってあげる、なんて……」
「えっ? ごめん、よく聞こえなかった」
結局、ルイスは笑って首を振った。なにを言ってくれたのか、わからなかった。
「なんでもない。隊服、よく似合ってるよ」
「ありがとう! ルイスも、とても格好いいよ!」
そう言って、手を離して、ファレロはモリトールのもとへ駆け寄った。
背後に残されたままのルイスが泣き崩れていたなんて、知らなかった。




