第19話
(え゛!? 魔法隊って、こんなに高い地位なの!?)
祝宴の前に、皇太子の来訪を出迎える参列式があるのだが、その広間に並ぶ場所が玉座に近ければ近いほど位が高いとは聞いていた。
入口から玉座に真っ直ぐと伸びる赤い絨毯。
その左右に別れて、位の順に並んでいく。どこに並ぶのだろうとマルタン率いる魔法隊の最後尾に付いていくと、いつまでもいつまでも突き進むから仰天した。まだ進むの?
そして辿り着いたのは──
(王族の次やんけ……)
ファレロは並びながら驚いてしまう。玉座の前、右手側に王族が並び、なんとその次の位である左手側に魔法隊が並ぶではないか。いわば左翼の最前列である。
その次の右翼に貴族が間に入って、そのあとの左翼に装甲兵、騎馬隊、歩兵連隊と続く。
(マジか……貴族より上なんか……)
信じられない気持ちでいっぱいになる。しかもその一員に自分がいるのだから、さらに困惑した。
騎馬隊の列にルイスがいるかもしれないと期待したが、その顔を見られそうもない。軍人とあって皆の背が高いし、ファレロと同じくらいの背はジョアンとウィックくらいのものだ。人の背中以外になにも見えない。
隊列はマルタンを頂点に、玉座に向かって横隊を作る。見張りの2名を除いた14人2行で並んだ。来賓が絨毯を歩く際には右に向き、出迎える形になる。
ファレロはその末端、横隊のときには2行目の左端、出迎え時には最後尾になる。
横隊のとき、前後に指導役と新人が並ぶため、前にいるのはモリトールだ。出迎え時には左隣にモリトールがいる。
(ひゃー……。そりゃ敬礼しろだのって話にもなるわ)
改めて魔法隊の権力を痛感する。白の隊服にそれだけの力があるとは思っていなかった。
「出迎えだ。右を向け」
「あ、はい」
気付けば皆が絨毯のほうへと注目を向けていた。モリトールに注意され、ファレロも慌てて右に正対する。
しかし、ファレロは昔からこういった式典が苦手だった。
日本のときには校長先生の御訓示だとか、入学式や卒業式の式次第だとか、どうも無駄な時間を過ごしている気がしてならないのだ。
その癖はまだ治っていないらしく、ファレロはすぐに嘆息ついた。
あーあ。
本当だったら今頃は寝てた時間なのになぁ。
徹夜なんですけど、こっちは。
しかしこの時間も給料が発生してると考えると、学校時代ほど退屈とはいえないか。
音楽隊が知らない曲を奏で始めた。オーケストラに合わせて、美しい女性達が歌う。これから来る皇太子がいるマネ国の国歌のようだ。
そしてドアが開いた音がした。皆が敬礼をするので、ファレロも倣う。
まったく顔は見えないが、どうやらお出ましのようだった。
絨毯を踏み締める音が近付いてくる。
「ここが魔法隊の列ですか?」
「左様でございます」
そんな会話が聞こえた。
国の力関係的に、マネのほうが上らしいとはモリトールから教えられた。だから、訪問してくれるのに全力で応えなければならないらしい。友好関係を築いておくが吉、ということだ。
「ちょっと見ても?」
「えっ? え、ええ、もちろん、構いませんが……」
すると、絨毯を踏む柔らかい足音が、固い床を蹴る軽くて高い音に変わった。
前から順に、左右に隊員がずれていく。皇太子が隊列に割って入ってきているらしい。そのための道作りをしているのだ。
まさか敵情視察を兼ねているのだろうかと思いつつ、前にいる隊員に倣って右に一歩ずれた。これでファレロの後ろには誰もいないから、そのまま通り抜けていくか、回れ右をして戻っていくだろうと思ったのである。
しかし、皇太子エドゥアールはファレロの前で足を止めた。
なんだ、と視線を上げると、美しいブロンドに青目の青年がにっこりと微笑んで立っている。
背は高い。赤のジャケットに黒のズボン。なにやら勲章がたくさん胸に並んでいるし、名前のわからない装飾が服にびっしりだ。
ふぁー。金持ちー。
「君が魔女様?」
あまりの豪華な服装に見惚れていると、皇太子エドゥアールが小首を傾げて問うてきた。
(これは、答えるべきなのか? それとも他の誰かが発言するのを待ったほうがいいのか?)
わからずに、モリトールを見ると、モリトールは敬礼の姿勢のまま僅かに顎をしゃくった。答えろ、ということか。
ファレロは頷き、返事をした。
「はい」
「名前は?」
「ファレロと申します」
「そう。珍しい名前だね」
こういう場合は、ありがとうとでも言っておけばいいのか。金持ちの思考がまったくわからん。
モリトールを盗み見ると、前を向いてろと顎で言われた。あ、はい。すいません。
「おや。変わった形のピアスだね」
そっと長い手指が伸びてきた。
これは、されるがままにじっとしておいたほうがいいのだろうか。避けるとかそういう雰囲気じゃないし、しかし女性が気安く体を触らせるなんてみたいな風潮もあるかもしれないし。
えー、わからんのですけどー。
と、思っていると──
「それに触れてはいけません」
モリトールがそっと掌で防いでくれた。
相手の体には触れず、耳の前に掌を置くだけだったけれど、マルタンと、エドゥアールを案内してきた国王陛下の仰天した目を見るに、それでも充分に無礼な行為だったのだろう。
エドゥアールはにっこりと微笑んだまま、モリトールへ瞳だけを向けた。ぎろり、と音が聞こえてきそうである。
「それとは、ピアスのこと? それとも、彼女自身のこと?」
なに言ってんだこの人は。
モリトールは再び敬礼の姿勢を取った。
「そのピアスは魔制具のひとつであります。触れればエドゥアール皇太子殿下が負傷するやもしれません。ですので、失礼を承知ながら止めさせていただきました。申し訳ありませんでした」
「答えになってない気がするなあ。ピアスに触れたら駄目なの? それとも彼女に触れたら駄目なの? どっちの意味で、君は言ったの?」
「……ピアスでございます」
「ああ、そう。それなら仕方がないね。──ファレロさん」
「は、はい」
エドゥアールは後ろ手に組んで笑った。
「今日は君に結婚を申し込みにきたんだよ」
「……は?」
もしかして、急に国に来るという運びになったのはそういう理由だったりするのだろうか。
え。
こういうとき、どうすればいいんだろう。
モリトールさん。
モリトールの目を見ると、モリトールもファレロを見た。
ちらりと視線がかち合った。
どうすればいい?




