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第1話 人の話を聞け!


 ハロウィンの夜の渋谷というのは、まあまあ地獄である。


 近頃になってようやく夜間帯の酒類販売が禁止できるようになってきたけれど、騒ぎたい彼らからすれば酒など地元からいくらでも持ってこられるし、なんなら酒の酔いなどなくてもずっと騒いでいられる不思議な力を持っている。


 普段なら道端にゴミを捨てたりしない常識人も、こういうイベントの夜にはなにをしても見逃してもらえると気分が開放的になるらしく、騒ぎのあとのコンクリートはゴミで埋め尽くされている。


 缶や瓶、ペットボトル、食べ歩きに使った割り箸やプラ容器、ビニール袋、嘔吐したあと、なぜか靴下や下着(しかも新品ではなく、履いていたと思しきやつ)まで落ちているのだから、騒動にはある種の魔力が宿っていると思わなくもない。


 店の前のゴミを拾いながら、ふと嘆息つく。


 渋谷といえど、カフェの店員であればああいうイベントには参加しなくてもいいだろうという考えが甘かった。


 酔いを覚ましにくる人がいるだろう。

 喧騒から逃れたい人がいるだろう。

 混雑する電車に嫌気が差して、時間を潰しにくる人がいるだろう。来る。きっと来る。

 守銭奴である店長のそういった発案で、暇人を自負するアルバイト達が駆り出された。


 自分もそのひとりだ。


 しかもただの労働の提供だけではない。先の垂れた三角帽子を被らされ、下着が見えそうなほど短いワンピースを着させられ、濃ゆい化粧を施されて接客される始末だ。


 鏡の中を見ると自分が滑稽で恥ずかしくなる。似合っていない。


 これが大学に進学もせず、就職もしたくない2年目を迎えた女への仕打ちだというなら、まあ甘んじて受けなくもない。


 早く着替えたい。

 服だけでなく、髪や肌にまで騒ぎの匂いが染み付いていて不愉快だ。


「店長ー! 掃除終わりましたんで、帰りますー!」

「お疲れさん」


 40代、バツイチ子なしの脱サラ店長は、さすがに徹夜での珈琲作りに精魂尽き果てたらしかった。カウンターのスツールに腰掛けたまま動かずに返事をした。ちょび髭の生えた店長は指に煙草を挟んだまま、吸いもしていないようだ。


 他のアルバイト達は既に帰っている。家が近いからと、残されがちなのが自分なのだ。

 店にある更衣室で着替えてもいいのだが、この際、脱いでそのまま風呂に入りたかったので徒歩5分にあるアパートまで向かうことにする。


 その選択が、間違っていたのだが。


 空は白み始め、始発電車が動き始めた音が遠くで聞こえる。


 騒ぎは波が引いたようになくなり、いつもの、通勤通学ばかりがごった返す、真面目な日本を体現する世界に戻りつつある。

 すっかり人気(ひとけ)のなくなった路地裏を歩いているのは、狼の大群に落とされた雛が、親の腹の下に戻ってこられたような安心感がある。人混みは苦手だ。


 ふと、空が光った。


 光の玉が浮いていた。

 朝日というには近すぎて、雷光というには随分と長く光る。それこそ、ビルの3階くらいの高さに光るバスケットボールが浮いている感じだ。クラブの天井にぶら下がるミラーボールにも似ている。


 あれもハロウィンの飾りかな?


 それにしても、どうやって釣り上げているのだろう。ワイヤーもなにもないけれど。


 じっと見つめていると、目が合ったような気がした。


 光球に目などないのに。

 ぎくり、とした。


 なんだか悪寒が背筋を走る。

 本能的に危機を察知してアパートまで駆け出そうとしたとき、物凄い速さで光球が飛び掛かってきた。


 ボクサーのカウンターのように顔面を捉えてくる光の球。


「なんなのコイツ!」


 球は止まらない。咄嗟に腕で顔を覆う。


 視界が真っ白になった。




 白が収まってから、おそるおそる目を開く。


 なんてことはない。痛みもないようだ。

 やっぱりハロウィンのびっくり系の飾りだったのか。


 なあんだ、人騒がせな。

 そう思って、顔を覆っていた腕を降ろした。


「これぞ魔女様だ!!」


 途端、地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こる。


 な、なんだ?


 周囲を見回すと、どうやら自分は闘技場にいるらしかった。


 所々ひび割れたり、崩れている箇所もあるけれどローマのコロッセオのような円形をしていて、中央の闘技場をぐるりと囲うように階段席が設けられている。そこに空席がないほどに人がひしめき合っていた。


「な、なに? なに、これ」


 訳がわからない。

 ここは、どこだというのだ?


 しかも、観衆者が見慣れない白の民族衣装を着ているのも余計に頭を混乱させる。顔も日本人離れした彫りの深い人ばかりだ。髪も瞳も色とりどりで、多様な国の集まりに見える。

 しかも皆が皆、痩せこけている。それなのに目はぎらついていて恐怖さえ覚えた。


「これで我々は助かるぞ!」

「魔女様!」

「魔女様だ!」


 はっとした。

 そうだ、自分はまだ魔女の仮装をしている。

 この人達はきっとやばい思想の持ち主達で、どういうわけか魔女を崇め奉りたいらしい。それとも魔女狩りか。殺されてしまうのでは?


「ちょ、ちょっと待ってください! 私、魔女なんかじゃ──」

「ああ、神は我々を見捨ててはいなかった……! どうぞ、その魂を過去に蘇らせ、この荒んだ地を再興させてくださいませ!」

「な、なんの話!?」

「大老様、最期のお力を……どうか!」


 そう観衆に促されて、立ち上がったのは長い白髪の小さな高齢の男性だった。立つのにも何人かの支えがなくてはならないほどで、顔色も土気色、瞳は濁っていて、視力もほとんどないようだ。額から左目を通り、頬に至るまで裂傷の痕がある。頬には特徴的な3つの黒子があった。黒子を頂点として線で繋ぐと、三角形になるのだ。

 大老と呼ばれた彼は、手を天に掲げる。

 またあの光の球が掌に浮かび始めた。


 やばい、やばい!

 なにかされる!


「魔女よ、そなたが最後の望みなのだ……魔法で世界を救ってくれ……!」


 大老はそう呟くと、光の球を投げてきた。

 また飛び掛かってくる諸悪の根源。


「違う違う! 私は魔女なんかじゃない! これはハロウィンの仮装で、誰でもやってるオーソドックスな奴で! なんなら手抜きの類! もっと凄い人はカラコン入れたり特殊メイクしたり、とにかく本当に違うから──」


 顔面に迫る光の球。風圧が髪を吹き上げる。


「無理無理!! 魔法なんて使えないって──!!」


 また視界が真っ白になった。

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