第72話 “胸騒ぎ”
ジェットコースターの4つの機体は、3つに別れて落下する。
1つは勇次の活躍によって、怪我人を出さずに済んだ。
残りの2つは、警察の指示をスタッフが忠実に守ったことにより、フリーフォールの真下、メリーゴーランドの上……
そこには共に誰も人の姿はなく、死傷者は未だ0。
園長大原は、施設の4階の園長室から、この地獄絵図を見ていた。
「何がどうなっている……ジェットコースターがフリーフォールに激突……そして今度は……フリーフォールが倒れる……?」
フリーフォールの倒壊と同時に、大原の膝が崩れ落ちる。
あれほど現田が注意を促していたのに……大原は何ひとつ信じず、独断でジェットコースターを走らせた。
後悔したところでもう遅い……命運は──誠人達に託されたのだ。
・・・
──フリーフォール衝突の約2分前。
連絡通路の先にいた俺とゲンさんは、ようやくジェットコースターが走行していることに気が付いた。
「おい!! ゲンさん!! あれ!!」
「なぜだ……ジェットコースターが走っている……」
何の前触れもなく流れ始めた音楽に、イベント開始と錯覚した周りにいた客達は、カラーコーンを乗り越え、連絡通路へと入り込もうとしている。
現田は拡声器を使って、興奮状態の客を静めさせた。
『下がってください! 禁止エリアへと入ってはなりません! これ以上、中には入らないでください!!』
しかし、集団心理とは恐ろしいもので、1人が無視して中に入ると……“ならば自分も”といったように、連鎖していく。
「ゲンさん……だめだ!! 人の波が止まらない!!」
もう何を言っても聞きやしないとゲンさんは判断したのか、ここで力の行使に出る。
懐に忍ばせていた“拳銃”を手に取り、地面へ向けて発砲したのだ。
「来るなと言ってるんだ!! 下がれ!! この先は危険が待っている……これ以上、先には行くんじゃなーーい!!」
ゲンさんの怒号と共に、破裂音が闇夜に響き渡る。
その衝撃音は、騒然とした場を一瞬にして吹き飛ばし、静寂へと変えた。
まさか……“この音”を、人生で二度も聞くことになるとは思わなかったな……
今のでパニックとなり、余計騒ぎになるかとも考えられたが……意外にも客はおとなしく、俺の耳に聞こえるのは、雨の降りしきる音のみだった。
そして、次第に冷静さを取り戻した客達は、ゲンさんから離れるように、ゆっくりと後退していく。
「──よかった……ありがとう。分かってくれて」
人は本当に驚いたことが起こると、騒ぐどころか、案外黙ってしまうものなのかもしれない。
だけど……この後には、更なる衝撃が待っている。
そっちの方は……みんなが冷静でいることは、恐らく無理だろうな。
俺は振り返って、空を見上げた。
雨に多少視界は遮られようとも、光るジェットコースター、その一点をただ見つめる。
あと何秒後だろうか……
ジェットコースターが支柱に激突するのは……
俺はそっと目を閉じ、高なる緊張を抑えるために、一度呼吸を整えた。
いくら悪夢で見ているとは言え、ここが100パーセント安全という保証はない。
とにかくこれ以上先に人を進ませなければ、例え支柱が倒れても、物理的にこの距離まで届くことはないわけなのだが……
何だろう……この胸騒ぎは。
なぜだろうか……このまま簡単に終わる気がしないのは……
「み、見ろ! あれ!!」
誰かが背後で叫んだ。
目を開けなくとも、俺には今の光景が手に取るように分かっている。
悪夢とは見る角度が違っていたとしても、はっきりと分かる。この先に起こる、成れの果てが……
シュミレートは今日に至るまで、何度も何度もしている。
俺は頭の中で、その先を順番にイメージしていった。
ジェットコースターがフリーフォールに激突し、目の前で支柱が倒れ、群衆から一斉に悲鳴があがり…………
「もしかして……」
──しかし、俺はここで一旦思考を停止させ、目を開いた。
なぜなら……この胸騒ぎの正体を、たった今、見抜いた気がしたからだ。
「だからか……だから俺は……」
数日前、この事件の悪夢を見てから俺は、毎日のように同じ悪夢を見ていた。
勇次や芽依は一度しか見ておらず、なぜだかその現象は、俺だけに起きている……
その理由が分かった気がしたんだ。
どうして俺だけが、同じ悪夢を繰り返して見ていたのかを……
理由は決して、勇次が言っていた──“夢の濃さ”なんかではない。
それとはまた、別のワケがある。
「そうか……俺は……今日、ここで死ぬんだ」




