第6話 “病院”
※今回は少々鬱展開ですが、この流れも長く続くわけではないので、引き続き読んでいただけると幸いです。
俺は肩を落としながら、家へと帰った。
「ただいま」
言葉に覇気がない。朝とはまるで違う息子の様子に、母が気付く。
「おかえり。元気ないけど、どうかしたの?」
「いや……特に。平気だよ」
誰にもこの悩みを打ち明けることができない。
俺は2階にある自分の部屋へと、重い足取りで向かった。
「友達と喧嘩でもしたのかしら?」
母は心配するが、原因は分からずじまいだ。
その日はそれ以降、部屋に籠ったきり……
自分の部屋から出て行くことはしなかった。
・・・
その夜。
しばらく続いていた悪夢は、別の形で現れる。
この日の悪夢は、未来を予知するような悪夢ではない。
きっとこれは、ごく一般的な普通の悪夢だ。
ーーー
『どうして……助けてくれなかったの?』
暗闇の中から、あの時の男の子が、手を差し伸べてきている。
『どうしてって……俺だって、必死にやったんだ!』
『どうして……もっと早く気付いてくれなかったの? 呼んだのに。助けて……って。聞こえなかったの?』
『くっ……』
思わず俺は目を反らした。
すると、男の子は暗闇の中へと引きずり込まれていく。怪我をした、足の方から。
俺は手を伸ばすが、なぜか体をうまく動かすことができない。
地面にくっついてしまったかのように、足が固まっているのだ。
『行くな。行かないでくれ……』
男の子の体は、どんどん闇の中へと入り、ついに見えるのは右手だけとなった。
それでも必死に手だけを伸ばし、こちらに助けを求め続けている。
『俺が悪かった……だからもうやめてくれ……これ以上はもう……うわぁぁぁっっ!!!!』
俺の精神は限界を迎える。耐えられなくなり、自ずと叫び声をあげていた。
──ここで俺は、夢から目を覚ます。
ーーー
「はぁ……はぁ……ゆ、夢……」
これまで以上に、心にダメージの残る強烈な悪夢だった気がする。
それでもなぜだか不思議と、これが予知夢ではないことは、はっきりと分かっていた。
拭い切れない後悔が、ここまでの悪夢を生み出しているのかもしれない。
「だめだ。これ以上は……明後日、病院へ行こう」
・・・
月曜は大学を休んだ。この悪夢の原因を調べるために、病院へ行くことにしたのである。
実は昨日の夜も男の子が出てくる、似たような夢を見ていた。
「えっ? 病院へ行ってくる? 確かにあなた、最近夜中に喚いてるものね……」
どうやら離れた部屋で寝ている母も、俺のうめき声を聞いているようだ。そこまで俺の声はうるさいらしい。
「この辺りに睡眠外来なんてあったかしら? そういう特殊な科って、多くあるわけじゃないし……」
「大丈夫。病院の見当は付いてるから」
「そう。それならよかった。気を付けていってらっしゃい」
「あぁ、行ってくるよ」
まぁ……行くのは──精神科だけどね……
・・・
まさか自分がこの科にお世話になるとは思っても見なかった。
それは隣駅の近くにあった、精神科専門の病院だ。
信じてもらえるとは思ってない。けれども俺は、包み隠さず医師に話をした。
悪夢のこと。それが予知夢となっていること。洗いざらいすべてを。
「予知夢……未来が見えるね……いるんですよ。たまにそういう人」
医師はパソコン上のカルテと向き合い、背中越しで、そう言っていた。
「はぁ……」
俺が気の抜けた返事をすると、医師は椅子をくるりと回転させて、こちらを向いた。
そして、マスク越しでも分かる笑顔を見せる。
「でも、君の場合は大丈夫ですよ」
「えっ……?」
「数多く患者さんを見てるとね、分かるんですよ。精神的に病んでいるのか、それとも気のせいなのか……恐らく君は後者。気のせいです」
「気のせい……」
「念のため、軽いお薬出しときますね」
何となくこうなることも予想はできていた。
これは病なんかではなく、きっと“超能力”といったオカルト的な話だ。
薬なんか飲んだって、よくなるわけがない。
どうやら病院に来たところで無駄だったようだ。
会計を済ませた俺は処方箋を受け取るも、薬局には向かわなかった。
やはりこの悩みを1人で抱え込むのは辛いものがある。
薬の力に頼ることはなくとも、人の力は頼りたい。
「よし、誰かにこの事を話そう」
俺は病院の前で、そう決心した。