第63話 “形ないもの”
現田警部補は園長室に連れられ、必死に説得を行っていた。
部屋には2人きり。園長大原による、遠慮なしの怒号が飛ぶ。
「ジェットコースターが事故を起こす? そんなバカな話、あるわけがないだろ!!」
現田はパンフレットに書かれた、イベント要項に注目した。
「この用紙を見ますと、いつもよりジェットコースターの速度は速くなっているとあるじゃないですか。それにフリーフォールも、通常よりも高い……安全面は大丈夫なのですか?」
「もちろんだ。アトラクションってのはな、すべて安全面を考慮して、限界の遥か下の設定となっている。それは速度も高さもだ。それに加え、このイベントの設定も限界ギリギリってほどでもない……素人は口を挟まないでくれるかな!」
「ならば……ジェットコースターだけでも、止めていただくわけにはいかないでしょうか?」
「それも無理な願いだ。このイベントのすべては、ジェットコースターから始まる作りとなっている。音楽にも合わせているし、今更プログラムは変えられん。イベント自体中止となってしまう!!」
「そう……ですか……」
現田は何も言い返すことができなかった。
無論、現田は誠人達を信じている。
それゆえに、その理由を園長に話すことができずにいたのだ。
話しても信じてもらえるわけがない……ましてや、根拠すら何もない……
“信用”という“形ないもの”でしか、表現する術を持っていないのだから。
現田が黙ったことをいいことに、園長大原は現田を捲し立てる。
「第一、去年もこのイベントは行い、大盛況を収めたんだ。機体だって今日もしっかり点検した。閉園後に走行テストだって何度もしている。我々に不備はない。さぁ、諦めて帰りたまえ!」
大原は現田を部屋の外に追い出そうとした。
しかし、想定外の現田の行動に、大原は驚愕する。
「あ、あんた……何を……」
それは……現田は地面に頭をつけて──土下座をしていたのだ。
こうするしか……今の現田には誠意を伝える手段がなかったのである。
「お願いします。どうかイベントを……中止してください」
「やめないか! 土下座なんてみっともない! あんたは警察の人間だろ? しかも、それなりに立場のある……プライドはないのか!?」
「そのようなものは関係ありません。人の命が懸かっているのです。どうかお願いします!」
現田は更に深く頭を下げ、床にべったりと頭をつけた。
「なぜそこまでして、あんたは……」
・・・
時刻は8時50分。
イベント開始の10分前。
「ゲンさん……中々戻ってこないな……」
イベントのために足を運んだのか、次第に客も増えてきている。
実際にこれから事故が起きてしまうのなら……指揮官のゲンさんは正直居て欲しいところ。
ゲンさんの力は、その手腕だけでなく、精神面でも作用する。
ゲンさんいるいないでは、現場は大違いだ。
俺達は予定していた持ち場に、それぞれがすでについていた。
被害が一番出ると予想される連絡通路及び、下の一般道路は、数名の警察を配置してもらい、この時間は通行禁止となる。
金子さんが機転を効かしてくれたおかげで、通行止めの理由はあくまでイベントのため。
事故が起きるからというわけではなく、『単にイベントを理由に止めているだけ』という説明を客にしている。
周りに不安を与えないような、そんな配慮までしてくれた。
「とうとう10分を切ったぞ……」
俺は逐一時間を確認していた。
客はイベント開始を心待ちにし、わくわくした笑顔の表情で溢れている。
こんな不安な顔で“その時”を待っているのは、俺達3人と、警察の人達のみだろう。
あと残り8分……といったところで、園内全体にアナウンスが流れ始めた。
『お客様にお知らせいたします。本日予定されていました、イルミネーション、花火のイベントは……強風のため、中止とさせていただきます。繰り返し、お知らせします──』
「えっ……中止? もしや……やったんだ! ゲンさんが園長を説得させたんだな!」
俺は1人ガッツポーズをしていたが、周りの客からは、大量の溜め息と文句が飛び出ている。
「はぁー? 強風? どこがだよ! 全然風なんか吹いてねぇじゃねぇか!!」
「花火はできなくても、イルミネーションはできるだろ!! ふざけんなよ!!」
「私、わざわざこのために来たんですけど……最悪」
このイベントを楽しみにしていた客が多かったのか、愚痴を溢しながら多くの人が出口の方面へと歩いていく。
俺はしばらくその場で待機し、人の波が収まってきたところで、ジェットコースター乗り場の方へと向かった。
そこにはすでに芽依、勇次、金子さんの姿がある。
「あっ、誠人!」
「やったな。ゲンさんが説得に成功したみたいだ!」
それを聞いた金子さんが、開いていた2つ折りの携帯を閉じながら答える。
「そうみたいです。先程連絡が入っていました。あんな頑なに断っていた園長を、どう説得したのかは分かりませんが……」
金子さんがそう言った、まさにそのタイミングで、ゲンさんがゆっくりこちらへ歩いてくるのが見えた。
「おっ、噂をすればゲンさんだ。おーい!」
俺達はゲンさんに向かって手を振る。
すると、手を振り返してはくれなかったものの、ゲンさんはこちらへと駆け足でやって来てくれた。
「みんな集まってたんだな」
ゲンさんは俺達と合流する。全員が笑顔で出迎えていた。
「さすがね! ゲンさん!」
「ほんとだぜ! やっぱ頼りになる! それにしても、どうやって説得させたんだ?」
「それは……内緒だ」
ゲンさんははぐらかし、あの頑固親父をどう口説いたのかは、何度聞いても答えてはくれなかった。
まぁ結果的には、事故を未然に防ぐことができたんだ。細かいことはもういいか。
「終わったのか? これで……」
「なんだか達成感ってのが、ないわね」
こんな終わり方は初めてだ。
いつもは事件が起きてから、ギリギリのところで防いできていた。
それに、今回の相手は“人”ではなく“機械”。何か起きてからではもう遅い。
何事もなく終えたのなら、それは喜ばしいことのはず。
「でも……まだ俺と芽依の悪夢の日にちが残ってる。終わりと決まったわけではない」
残された悪夢は、24日と26日のあと2日ある。まだ安心はできない。
今日は20日のため、少し日にちが空く。
ひとまず肩の力でも抜いて、ゆっくり休もうか。
・・・
──翌日の夜。
あれから俺達は気の抜けない生活を送っていた。
全員が『本当にこれで終わりなのか?』
心の中で、そう思っていたからだ。
そして、その全員の嫌な予感は──まさに的中する。
俺はこの日の夜……前回見た悪夢と、まるで同じ悪夢を見ていた。
ーーー
『ここは……東京遊園地……』
目の前にあるのは、前回と同じ真っ暗なメリーゴーランド。
俺が呆気に取られた、その僅か数秒後。流れ始めた音楽と共に、点灯されたジェットコースターが動き出す。
『これって……まるで同じじゃないか!!』
事態を把握した俺は、全速力で走った。
“あの位置”を見るために。
『フリーフォールが倒れる……どこなんだ……その位置は!!』
二度と見たくもない映像、聞きたくもない悲鳴……
目も耳も塞ぎたくなるような、残酷な悪夢が再び俺を襲う。
『まだ終わってない……この事件は……終わってやしなかったんだ!!』




