第62話 “尊敬”
俺達はフリーフォールが倒れる位置と予測される、連絡通路の上にいた。
この連絡通路の長さは、約15メートルほどだ。
フリーフォールの支柱の長さは最大80メートルだが、何も支柱の“全部”が倒壊するわけではない。
ジェットコースターが激突したのは、支柱の半分より下の部分。
即ち、そこから上の柱が折損したことになるわけだ。
だとすると、倒れた支柱の長さは約50メートルくらいだと考えられる。
また、フリーフォールの位置から、この連絡通路までは距離があるため、それらすべてを踏まえると、隣接する“東京球場”の外周へとギリギリ到達するかどうかの、瀬戸際の長さくらいだ。
俺は今一度、東京球場を眺めた。
東京球場はドーム球場のため、外からでは中の様子は見えてこない。
「今は試合中か? 外に人はあまりいないみたいだけど……」
球場内で試合が行われているのかは定かではないが、今の時間帯、この辺りにそこまで人は多くない。
お土産売り場をうろつく野球ファンと思われる人達、遊園地から帰る人達、それらがぽつぽつといる程度だ。
「支柱が倒れる詳しい場所は分からないけど……この連絡通路は、可能ならイベント中は警察に封鎖させてもらいましょうか」
「だな! とにかくこの付近には人は来させないようにするのが一番安全だ」
勇次が言うように、もちろん人を近づかせないようにするのがベストで間違いないが……
そもそもの話として、この連絡通路……
橋としての、“強度”は大丈夫なのだろうか?
ふと、俺はそこに疑問を抱く。
「それにしても、あの巨大な鉄の塊が倒れ、連絡通路に落ちたとして……この橋自体が、崩れ落ちたりしないもんなのかな?」
「そうね……でも、よくよく悪夢を思い返してみても、支柱への激突音や、人の悲鳴は聞こえていたけども……瓦礫が崩れ去るような音は聞こえてこなかった気がするわ」
「そうか……これだけ長い橋が崩れるものなら、必ずその音は耳に入るはず……」
正直、あの“悪夢の音”を思い返したくはないが……確かに芽依の言う通り、橋が崩れたような音を聞いた覚えがない。
となると、柱が倒れるのは、連絡通路の上ではないのか……?
「じゃあよ、倒れたのは外の一般道の方か? こっちの道路の封鎖はどうする?」
勇次は連絡通路の下にある、車道を指差していた。
「ゲンさんは、あまり警察の人数は用意できないって言ってたよな? できることなら、その道も止めてもらいたいけど……」
「難しいかも分からないけど、頼むだけ頼んでみましょうか」
ここまで来ると、もはや俺達でどうにか出来るレベルの話ではない。
あとは警察にお願いし、なんとかしてもらうしかないだろう。
・・・
「これで一通り見終えたな」
俺は腕時計で時間を確認した。すでに時刻は7時半を過ぎている。
「そろそろ戻るか。警察に話をしなければならないしな。配置のことを、しっかり伝えたい」
ゲンさんに今までのことを伝えるために、俺達は遊園地へと戻った。
・・・
遊園地に戻ると、ジェットコースター乗り場の近くにいた、ゲンさんと金子さんの姿を発見する。
「あ、いた。ゲンさ──」
早速俺達は声をかけようとするが、どうやらゲンさんは誰かと揉めているように思える。
「ん? なんだ? 揉め事か?」
「近づいて会話を聞いてみましょうか」
俺達は2人を呼ぶのを一旦止め、こっそりと近づいていき、その揉め事の内容を聞いてみることにした。
「……ですから、今日のイベントは中止してくださいと言っているのです」
「それは昨日、私の方からも言ったじゃないか! 中止にはしないと!」
ゲンさんと話しているのは、小太りの中年男性だ。
その男性は園内スタッフの格好をしている。
偉い人なのだろうか? やけに上から目線というか……かなりの怒鳴り口調だ。
「これは警察だろうと関係ない! ちゃんとした理由を説明したまえ! 話はそれからだ!」
「理由は……言えません」
「ほら見ろ!! それじゃ納得ができるわけないだろうが!!」
ヒートアップする男性。ゲンさんは男性をなだめる。
「あまり興奮せずに……落ち着いてください。それに、ここでする話ではないはず。場所を変えましょう」
「分かった。いいだろう。付いてきたまえ」
そう言って、男性とゲンさんは関係者入り口の中へと入り、消えていった。
金子さんは1人、その場に取り残される。
「金子さん!」
「──あぁ、君達……メッセージは見たよ。下見をしてたんだろう? どうかな? きっちりできたかい?」
「あぁ、もちろんだぜ。それより、金子さん。さっきの太った人って……」
勇次は先程の男性が気になって仕方なかったのだろう。しかし、俺達には先にやらなければならないことがある。
芽依は勇次を抑え、用件を伝えた。
「ちょっと待って、勇次。優先順位を考えましょう。私達には、お願いしなきゃいけないことがあるはず」
「そっか……準備に時間がかかるもんな」
「そうよ。金子さん、私達──」
俺達は金子さんに、警察の方に配置してもらいたい場所、閉鎖をお願いしたい場所を伝えた。
こんな素人のお願いだと言うのに……
金子さんはゲンさん同様、俺達を信頼してくれているのか、すべてを受け入れてくれた。
「──分かった。早速手配するよ」
そう言って、金子さんは携帯を手に取り、指示を出す。
金子さんも、それなりに立場のある人間なのだろうか?
とにかく俺達は金子さんに感謝をし、礼を言った。
「ありがとうございます。俺達を信じてくれて」
「礼はいらないよ。それと正直に言うと、僕が信じているのは君達ではなく、現田警部補さ。警部補がそう言うならば、僕はその指示に従うまで。それ以外の選択肢はない」
よほど金子さんはゲンさんのことを信用……いや、“尊敬”しているのかもしれないな。
「なんでも構いません。ありがとうございます!」
礼はいらないと言われても、体が自然と反応し、俺達3人は揃って頭を下げた。
「だからやめてくれって……頭をあげてくれよ。僕達だって事故を防ぎたいのは、一緒の思いだからね」
そう言われても……俺達の悪夢の話を信じてもらえるだけでもありがたいことなんだ。それだけで感謝してしまう。
一通り話を終えたところで、俺達は気になっていた先程の男性に話題を移した。
「ところで金子さん、さっきゲンさんが話していた男性……あの人って……」
「あぁ、あの人はこの遊園地の園長の“大原”さんだ。昨日から遊園地を閉園するようお願いしているのだけど……中々言うことを聞いてくれなくて」
「警察のお願いでも、受け入れてもらえないものなんですね」
「理由が……理由だからね。それこそ、何者かからの脅迫文だったり、犯行予告でもあれば、すぐに話は付くんだけど……」
「なるほど……」
勇次はとても納得した様子だった。
嫌な予感をした芽依が、釘をさす。
「余計な真似しようとしてるんじゃないでしょうね? 勇次!」
「ば、ばか言え! な、何もするわけねぇだろ……」
えらい焦り具合だな……こりゃ、犯人にでもなりきって、脅迫でもするつもりだったな?
まぁ、確かに金子さんの言う通りだ。
理由は『学生達の悪夢、予知夢です』……なんて言えるわけがない。
園長の立場からしたら、今日はこの夏の一大イベントの初日。書き入れ時を無駄になんてできないはず。
さぁて……どうする。
俺達は万が一に備え、行動するだけだが……
一番はゲンさんが園長を説得さえできれば、簡単に話は付くんだ。
頼むぜ! ゲンさん!!




