第54話 “ひとつ”
タイマーは刻々と、美しい音色と共に時を刻んでいく。
停電が起きるのは、2分10秒。それまでは、俺も芽依の演奏を楽しむ余裕があった。
そうは言っても、正直なところ、俺のやることは少ない。
時間通りに、ライトのスイッチを押すだけの簡単なお仕事だ。
会場の全員が、芽依に注目している。
披露宴には小さなお子さんや、赤ちゃんもいたが、それらすべてを演奏で魅了させていた。
人の話し声や赤ちゃんの泣き声すらも、一切聞こえてこない。
芽依の奏でるピアノの音だけが、場内に鳴り響いている。
俺は芽依の姿に、思わず目が潤んだ。
演奏に感動していたのはもちろんだが、芽依がこのプレッシャーの中、戦っていると思うと……気持ちが高まる。
なにせ、俺ら3人以外、停電が起きることは誰も知らないわけだ。俺達しか、この芽依の奮闘は知り得ないのである。
今のところ芽依がミスをした気配はない。
確かに芽依の言った通り、この『G線上のアリア』は有名で、聴いたことはあった。
しかし、正確なテンポまでは分からないため、細かなミスはあるのかもしれない。
それでも俺達は芽依を信じるのみだ。
気付けば、問題の箇所までもう少し。約20秒後と迫っていた。
俺はゲストから芽依の姿がよく見えるようにするため、姿勢を低くしている。そのせいか、この位置から勇次の姿は見えてこない。
俺と勇次もなるべくなら、立つ瞬間を合わせた方が、演出としての見映えはよくなることだろう。
だが……俺と勇次では、随分性格が違う。
ビビりで心配性の俺は、ここで決まり事を破った。
やはり、時間ぴったしにライトを点けるのは怖いものがある。
これは芽依を疑ってるとか、信頼していないとか、そういう理由ではない。単に俺の性格の問題だ。
俺は約束の時間の5秒前に立ち上がり、ライトを点けた。
まだ電気も普通に繋がっているため、会場全体も明るいままだ。
俺はピアノの左側にライトの標準をしっかり合わせ、邪魔をしないよう、再び黒子に徹し身を伏せるが……
まさかの出来事がここで起こる。
点いていたはずのライトの明かりが、突如として消えたのだ。
えっ……なんで!? 故障!?
俺は急いで膝立ちし、ライトのスイッチのオンオフを切り替えるが、一向にライトの灯りが点くことはない。
先程の光が、最後の灯火だったのか、全くもって何の反応も見られないのである。
おいおい……マジかよ……どうすりゃいいんだ、これ……
俺はパニックに陥り、頭が真っ白となっていた。
悪夢よ外れろ……外れてくれ!! 停電なんか起きるな!!
俺はひたすらに、芽依の悪夢が外れることを願った。もはやここまできたら神頼みしかない。
しかし、俺の祈りは届かず、微笑んだのは女神ではなく──“悪魔”の方だ。
芽依の予告した時間通り、会場すべての電気が一斉に落ちる。
そして、それとほぼ同時に、勇次は立ち上がってライトを点灯させた。
勇次は俺と違い、時間ちょうどに明かりを灯している。
「おおっ、なんだ?」
「停電……?」
静まり返っていた会場が、多少ざわつき始めた。
──芽依の手元はとても暗かった。
勇次が灯す右側からのライトにより、かろうじてピアノの右半分は見ることができる。
しかし、左端の鍵盤までは、はっきりとは見えてこない。
たまたま運良く、鍵盤は右側を弾いていたが、次は左奥へと手を伸ばさないといけない。
手元が──狂う……
俺はどうすることもできず、芽依の腕前、演奏を信じるしかなかった。
ピアノ素人の俺にはよく分からないことだけど、見えない範囲は、芽依の勘を便りにやってもらうしかない……
そう俺がすべてを委ねようとした、その時。
俺の背後から、大量の光が放たれてくるのが分かった。
「──えっ? なんだ、この光……」
慌てて俺は振り返る。
すると、そこには……
『これはアクシデントではなく、用意された演出なんだ』
──と、次第に判断したゲスト達が、今がシャッターチャンスとばかりに、一斉にカメラのフラッシュを焚いていたのだ。
止まることのないフラッシュの嵐に、芽依の手元が──見えた。
その数秒後、非常電源が働いたのか、電気は復旧し、会場に明るさが戻った。
芽依は何事もなかったかのように演奏を終了させる。
俺のライトが点かないアクシデントがあったにも関わらず、それでも芽依はノーミスで完走させたのである。
会場は大きな拍手に包まれた。
芽依は椅子からゆっくりと立ち上がり、一歩前に出るが……
溢れんばかりの歓声により、ここで“あいつ”の悪い癖が出る。
あいつとは……勇次のことだ。
気分をよくしたと思われる勇次が、調子に乗って芽依と共に一歩前へと出たのである。
凄かったのは芽依1人だけのはずなのに…….
仕方なく俺も足並みを合わせ、3人が一直線に並ぶ形となり、揃ってお辞儀をした。
すると、再び場内は沸き上がっている。
それが気に食わなかったのか、芽依は小声で俺達に文句を垂れた。
「なんで2人まで前に来るのよ」
「まぁいいじゃねぇか」
芽依と勇次の声は、拍手にかき消され、ゲスト達には、恐らく聞こえていないだろう。
「勇次はまだしも、どうして失敗した誠人まで」
「それを言うなよ。勇次が前に行ったから、仕方なくだよ」
さぞ芽依は俺のことを恨んでいるに違いない。でも、これは事故なんだ。この弁解は後で聞いてもらおう。
お辞儀をする俺達が、陰ではそんなやり取りをしていると、司会者のもとには会場責任者の石田さんが来ていた。
石田さんはマイクに乗らない位置で、司会者にあることを伝える。
「すみません。先程、停電が起きてしまいました。皆様に謝罪の言葉をお願いします」
「──停電ですか? ありましたっけ? 私はそのようなこと、身に覚えはないですけどね」
「えっ? ですが私どもとしましては──」
この2人の声も、もちろんゲスト達には聞こえていない。近くの位置にいた俺だからこそ、耳にすることができただけだ。
今の俺に、この声が聞こえているということは……俺らのいざこざも、司会者には聞こえていたのだと考えられる。
だからきっと、司会者はこの後、こう言ったのだろう。
「ありがとうございました。素敵な演奏をしてくれたのは、友人の吉川芽依さん。そして──幻想的な演出を手掛けてくれたのは、ユウジさんに、マコトさんです。3人に今一度、大きな拍手をお願いします!!」
先程より大きな歓声に俺達は包まれる。
司会者の粋なはからいだ。
俺達3人のうち、2人は照れ臭そうにしながらそそくさと席へと戻り、そのうちの1人は堂々と胸を張って、ゆっくりと歩いて戻っていく。
空気の読める、いい司会者だったな。
ハッピーウェディング。おめでとう。カズ、翔子。
結婚式の主役は、もちろん新郎新婦である。
しかし、お祝いするゲストがいてこそ、その結婚式は素晴らしいものとなるはずだ。
会場全員によって作られる──それが結婚式。
あの瞬間、会場にいた全員が“ひとつ”になった気がした。
※ここで6章は終わりです。
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