第53話 “孤独な戦い”
俺は芽依の気合い──覚悟を知った。
「分かったよ。芽依がそこまで言うのなら……すべては“演出”で済ませるようにしよう!!」
「よし、来た!! さすがは誠人ね。話が分かる!!」
俺を忘れるなとばかりに、勇次はアピールする。
「俺は最初から芽依を信じてたぜ! 俺にも感謝しろよ?」
「もちろんよ。勇次もありがとう!」
これで正式に決まった。芽依のため、更に言えば新郎新婦のためだ。
出来る限りいい演出ができるよう、全力を尽くそう。
・・・
披露宴の会場入りが始まると、真っ先に俺達はスタッフを探した。
ここは張本人の芽依が、率先して動く。
「すみません! 少しよろしいでしょうか?」
芽依は黒のスーツを着た、女性スタッフに声をかけた。女性は芽依の方を振り返る。
「はい。いかがなさいましたか?」
「私、余興でピアノ演奏する吉川と申します。急遽で申し訳ないのですが、演出でライトを使用したいんです。貸していただけませんか?」
「ライトですか……」
「はい。ライトと言っても、電源コードを使わない、電池タイプの形がいいんです。できれば2つほど。ありますかね?」
「そうですね……」
突然の要望に、女性スタッフがしどろもどろしていると、後ろから別の男性スタッフが会話に入ってきた。
「──構いませんよ」
何者か分からず、俺達は呆気にとられる。
すると、その男性スタッフは、こちらに向かって軽く会釈し、身分を明かした。
「申し遅れました。私は会場責任者の石田です。何やらお困りのようで」
「あぁ、責任者の方! 聞いてください! 私達どうしてもある演出で、ライトが必要で……どうにかなりませんか?」
「えぇ、すべて話は聞かせてもらっていましたよ。こちらとしては、何も問題ありません。電池タイプのライトなら、倉庫にちょうど2つあったはず」
「本当ですか!? それを貸してください!!」
「今すぐご用意しましょう」
さすが責任者たる人だ。話が早い。
俺達も会場が開いてからすぐお願いしてよかった。
もっと遅かったら、スタッフの人も忙しいだろうし、いいタイミングだったかもしれない。
「では、少し演出が変わる旨を、司会者に伝えておきますね」
そう言って、責任者の石田さんはこの場を離れた。
肝心のライトは、最初に声をかけた女性スタッフが取りに行ってくれているようだ。
「よかったー。話通じる人がいてくれて!」
俺達は肩を撫で下ろす。
「本当だな。やっぱり懐中電灯じゃ締まらないし、あるならちゃんとしたやつ借りたいよな!」
──数分後、女性スタッフは2つのライトを手にして戻って来た。
それは三脚の上に乗る20センチほどのライトで、想像していたものよりも随分と小さい。
これでは懐中電灯との違いは見た目だけで、光の強さ自体は、さほど変わりはなさそうだ。
「お待たせしました。中々電池タイプというのはなく、これしかないのですが……よろしいでしょうか?」
「大丈夫です。助かります!」
「このスイッチを押せば、ライトが点きますので」
そう言って、女性スタッフは芽依の前で一度電源ボタンを押し、ライトを点けてみせた。そして、すぐにまたボタン押し、ライトの明かりを消す。
見たところ使い方はとてもシンプルで、初めて触る俺や勇次でも、問題なく使えそうだ。
「使い方も簡単みたいだし、これなら二人にも扱えそうね!」
「おいおい……バカにしてるのか?」
芽依の軽い冗談に、女性スタッフはニコリと笑った。愛想笑いのようにも見えるけど。
「はい、とても簡単ですよ。どうしましょうか? 本番の時間まで、ライトはこちらでお預かりいたしましょうか?」
「そうですね。そちらの方が私達としても助かります。時間まで保管お願いできますか?」
「かしこまりました。お預かりしておきますね。それでは、私はこれで失礼します」
女性スタッフは頭を深々と下げ、去っていった。
「よし、これでライトの件はなんとかなったな。ちょっと見た目はショボかったけど」
勇次……おまえは本当に正直なやつだな。スタッフがいなくなって早々だ。芽依が叱りつける。
「文句言わないの! 懐中電灯よりは様になってるし、十分でしょ!」
「まぁな。あっただけよかったと考えるべきか」
「そうよ。あとは……私がうまく本番を決めるだけ」
芽依は深呼吸した。
今から緊張しているように見えるが……本当に大丈夫だろうか?
・・・
午前11時半。定刻通り、カズと翔子の結婚披露宴が開演する。
俺と勇次は同じテーブルで、ちょうど俺の対面に勇次の席は用意されていた。そのため、お互いの姿がよく見える。
勇次は普段は食べる機会がないであろう、洒落たメニューに戸惑っている。
俺もテーブルマナーは苦手だ。隣の同級生と、こそこそと確認をとりながら食べる。
芽依は新婦側のため、別の席。
ここからはよく見えないが、恐らく緊張で、ご飯はあまり進んでいないだろうな。
そして、楽しい幸せな時間はあっという間に過ぎ……次は余興の演目だ。
いよいよ、芽依の出番がやってくる。
俺と勇次は立ち上がり、こっそりピアノの方へと近づいていった。
隣を歩く勇次が、俺に耳打ちする。
「いいか、演奏が始まって2分10秒だぞ」
「あぁ、分かってる」
俺と勇次は停電の時間を再確認した。
ピアノの前には、すでに2つのライトが用意されている。
ピアノは新婦側の会場右端に用意されており、中央の新郎新婦に向けて横向きに置かれていた。
即ち、ピアノを弾く際には、芽依の左手側にゲスト。右手側は、誰もいないことになる。
俺はライトの三脚を掴み、ゲスト側に位置を取った。
主にピアノ左側の鍵盤と楽譜を照らす。
勇次は反対の右側を照らし、2つの灯りでピアノ全体をカバーするわけだ。
芽依がピアノの椅子に腰を掛けると、スタッフがスタンドマイクを用意する。
その間に女性司会者が芽依の紹介を始め、司会者は芽依に祝いの言葉を求めた。芽依がマイクを取る。
「ただいまご紹介に預かりました、友人の吉川です。翔子、結婚おめでとう。そのお祝いの気持ちを込めて、一曲披露させていただきます」
そう芽依が簡単に言葉を締めると、マイクはスタッフにより片付けられ、芽依は呼吸を整えた。
俺は屈んでゲストに背を向け、スマホのストップウォッチの準備をする。
そして──とうとう芽依がピアノの鍵盤に触れた。それと同時に、俺はスマホのボタンを押す。
失敗はもちろんのこと、僅かなテンポのズレすらも許されない。
芽依の孤独な演奏が、たった今スタートした。




