第52話 “演奏時間”
チャペルでの結婚式が終わった。
終わった後にカズと話せる機会が少しだけあったけど、まだカズは緊張が解けていないように思える。ありゃガチガチだ。
まぁ友達だけじゃなく、職場の先輩やお偉いさん、相手方の親戚など色々な人が集まるわけだしな。そりゃ緊張もするか。
外で記念撮影を何枚か撮り、次はブーケトス。
なぜかやたらと芽依が張り切っている。
「見ててよね」
芽依が俺の横を通る時、そう言ってたけど……もうすでに取る気満々だな。
あいつ……もしかして……
俺がその芽依の自信の意味に気付いた頃には、新婦の翔子が投げたブーケを、芽依がガッチリとキャッチしていた。
それは少し強引で、なんだか横取りにも見えたけど……まさかな。
「やるじゃねぇか! 芽依! 次結婚するは、芽依の番ってか!?」
勇次は何の疑いもなく、芽依の奮闘を褒め称えている。
「もちろんよ。実現させてやるんだから」
息巻く芽依に、黙っていようかとも思ったが……気になった俺はさすがに聞いてみることにした。
「もしかして芽依、ブーケの落ちる場所……悪夢で見てたとかじゃないよな?」
「えっ……バレた?」
やっぱり……
芽依は舌を出して誤魔化そうとしている。
しかし、さすがにここはツッコまざるを得ないだろう。
「それじゃ取っても意味ないんじゃないか?」
「いいのよ! 取れれば何でも! 迷信や、まじないみたいなものだしさ」
「まぁ好きにしていいけど……それにしてもそんな長い悪夢だったのか? ピアノ演奏までは、だいぶ時間があるよな」
実を言うと、そのことも気になっていたのだ。
今まで数時間もかかる悪夢を見たことがない。そこにも俺は疑問を抱いていた。
芽依はそのからくりを暴露する。
「あぁ、それね。実際私が見てたのは、このブーケトスのシーンじゃなくて、披露宴のテーブルよ。同じテーブルの友達がブーケを持ってたから、それで場所が分かったのよ」
「なるほど……」
でも、それって……本来その友達が取るはずだったブーケを、奪ってることになるんじゃ……
そこに俺は気付いたけど、幸せそうにブーケと記念撮影する芽依には、とてもじゃないが言えなかった。
「なぁ、そろそろ作戦を立てないか? 披露宴開始まで時間があるしよ」
しかし、そこで俺の代わりに勇次はやってのける。
この惚気た雰囲気を簡単に壊し、場を仕切り直したのだ。
ブーケキャッチの真相を勇次が知ることはなかったが、浮かれる芽依に再び気合いを入れさせる。
「……そうね。切り替えるわ」
さすがは勇次だ。式の前に芽依から集中砲火を受けたばかりなのに、それでも物怖じしていない。鈍感力はこういう時に役立つ。
俺達はロビーへ行き、今一度作戦会議を始めた。
全員がソファーに腰をかけた直後、芽依は早速ひとつの案をあげる。
「翔子には悪かったけど……私、式の間に少し考えてたのよね。それで、策を思い付いたの」
「おっ、すごいな。どんな作戦なんだ?」
「最初から暗闇になるのは分かってるんだから……暗くなったらその間、何かしらのライトで私を照らすってのはどうかな?」
「もう停電になるのは受け入れて、そのあとどうするかって話か」
「えぇ。私の手元と楽譜さえ映ってれば、演奏は何とかなるわけだし」
「ライトね……でも停電して、電気は使えなくなるんだよな」
ライトと言われ、俺は披露宴会場を想像し、真っ先にあるものが浮かんだ。
「あ! あれはどうだ? キャンドルサービスとかって、大体あるだろ? その光を使うとか!」
すでに芽依も同じことを考えていたのか、俺の考えは却下される。
「それがあったら、あんな暗闇にはならないはずなのよね。最近って、キャンドルサービスをやらないパターンも増えてるみたいなの」
「そうなのか……じゃあだめか。懐中電灯でも持ってくればよかったか……」
それにしても、やけに詳しいな、芽依。
やはり女性にとって結婚式は憧れ。もう今からリサーチは始まっているのだろうか……
「だったら、もう式場の人にお願いするしかないんじゃねぇのか? 懐中電灯じゃないにせよ、こういう所だし、電池タイプのライトなんていくつもあるだろ」
それもそうだ。勇次、ナイスアイディア。
急遽のお願いになるが、頼み込んでみるしかない。
「仮にライトは借りれたとしても……あとは時間だな。それをどうするか……ずっとライトを点けっぱなしでも、問題ないっちゃないけど」
「誠人……ずっとライトを点けっぱなしだなんて、センスがないわね。華がない……そんなカッコ悪いこと、私したくないわ!」
「おいおい……こんな時に、カッコつけてる場合か?」
「これは普段の事件と違い、“ショー”でもあるからね。大事なのは、いかに魅せるかよ! そこについても、すでに私、考えてあるから!」
センスないだの、華がないだの……
随分とボロカスに言われたが……
芽依には何か考えがあるようだ。
とりあえずは、その考えとやらを一旦聞いてみようか。
「今日私がやる曲は、『G線上のアリア』っていう有名な曲なんだけど……誠人達も聴けば分かると思う。私の悪夢が正しければ、弾いていた曲の箇所で、停電の部分はもうそれとなく分かっているのよ」
「なるほど。曲の第何小節とかで分かるってことか! でも……俺達楽譜とか読めないし、どこがその停電の場面か分からないぞ?」
「えぇ、それも承知の上よ。だから“演奏時間”で考えて欲しいの。私が弾く『G線上のアリア』の演奏時間は……3分15秒。そして、停電が起きる場面は……2分10秒の部分よ!」
芽依の提案にあっさり乗った勇次は、自分のやるべき事を簡潔に示す。
「だいたい芽依のやりたい事が分かったぜ! スマホのストップウォッチ機能を使って、芽依がピアノを弾き始めたと同時にスタートを押す。そこから2分10秒たった時に、俺達はライトを芽依に当てればいいわけだな!」
「そう、その通りよ! そしたらきっと会場の皆はこう思うはず……これは“演出”なんだと!」
「すげぇじゃんそれ!! 本当は停電で暗くなってるはずなんだけど、この暗闇は“あえての演出です”──と思わせるわけだな! カッコいいじゃねぇか! それ、最高だ! 芽依!!」
芽依の作り出す演出に、勇次は大変興奮した様子だった。
でも……勇次は簡単に騙されても、俺はそうはいかないぞ? 芽依。
「──ちょっと待った。その作戦!」
俺は手をパーに広げ、2人を静めさせた。
「な、何よ。誠人……」
「その“演奏時間”のことなんだけど……それって、ちょっとしたことでズレるものなんじゃないのか? ましてや人の前で弾く演奏だ。芽依だって緊張してるはず。その中で、いつもと同じように、練習と全く同じ時間で弾けるもんなのか? ピアノを知らない俺でも、それくらいは分かるぞ」
図星を突かれたのか、芽依は黙った。
そこで俺は、芽依とは違うやり方を提案する。
「だから、演出にしたいのは山々だけど、やっぱりここはライトはずっと付けっぱなしでいこう。そうすれば、いつ停電が起きても───」
しかし、芽依の覚悟は俺が思っていた想像以上のものだった。
俺の言ったことなど、演奏者の本人は当然分かっている。それすら承知の上だったのだ。
「知ってるわよ。それでもやらせて欲しいって言ってるの。私の演奏時間は、3分15秒。これは狂わない! 私は必ず──本番でも練習と同じ時間で弾いてみせるわ!!」




