第50話 “結婚式”
6月はジューンブライド。
多くの人達が、人生の中で最高に幸せな時が訪れる──結婚式のシーズンだ。
弱冠20歳という若さにして、俺の友人は早くもその幸せを掴んでいた。
しかも、相手は同じ小学校の同級生。
新郎新婦共に、俺の顔見知り。本当にめでたいことである。
「おっす、誠人」
「おはよう。勇次」
俺と勇次は、その小学校の友人の結婚式に招待されていた。
親戚を除いた結婚式など、俺にとっては初めての経験だ。
「まさか“カズ”と“翔子”が結婚するとはな。信じられねぇよ」
勇次は朝っぱらから、大変興奮した様子だった。
あまり慣れない綺麗なホテルでの挙式のため、落ち着きを保てていないのかもしれない。
「確かに。付き合っているとは聞いてたけど……そのままゴールインまでしちゃうとはね!」
カズとは小学校だけでなく中学も一緒で、部活も同じテニス部だった。そのため、それなりに交流もある。
高校時代、2人が付き合っている噂はよく耳にしていたけど……まさかこのスピードで結婚するとは。
未だに驚きは隠せないけど、幸せな報告なら、いくらあってもいい。
「いいか、誠人。俺達の戦いはすでに始まってるんだからな。例え式の間でも、気抜くなよ?」
突然しかめ顔で勇次はそう言ってきたが、俺には何の話か、全く分からなかった。
「えっ? 何? 悪夢の話?」
勇次は右手で顔を隠し、深い溜め息と共に天を仰ぐ。
「何言ってんだよ……おまえの頭の中には、常に悪夢のことしかないのか?」
「なんだ。違うのか?」
「違ぇよ! ほんとおまえはまだまだだな。いいか、覚えとけ! 結婚式にはチャンスが転がりまくってるんだよ!!」
「はぁ……」
「結婚式で幸せそうな新郎新婦を見た女性達は、『私も今すぐ結婚式挙げたい……』っていう、乙女の気持ちになるんだ!」
いつの間にやら、勇次の寸劇は始まっている。
両手を握って合わせ、1人でなんかやってらー。
「だから誠人、今日はチャンスだぞ! いつにも増してみんな“恋”をしたいはずなんだからな。常にアンテナを張っていろ! どれどれ……」
勇次は待合室に集まる女性を吟味するように、見渡し始めた。
それはとてつもなく、やらしい目付きである。
「ほら! いた! あそこに美女発見!!」
勇次の興奮気味の声に誘われ、俺はその方角を見た。
「いたって……何言ってんだよ勇次」
「ん? なんだ。誠人の好みじゃなかったか?」
「いや、そういう話じゃなくて。あれは──“芽依”だろ!」
「うそっ!? あれ……芽依か?」
勇次はあんぐりと大きな口を開けている。
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だろう。
勇次が見間違えるのも無理はない。
芽依は普段降ろしている髪の毛を束ねてアップしており、化粧もいつもの数倍は濃かった。
淡いブルーのドレス姿も珍しく、いつもとは全く違う雰囲気だ。
芽依は新婦の翔子と仲が良かった。
だから俺達3人の全員が、カズと翔子の結婚式に招待されていたのである。
勇次の熱い視線に気付いたのか、芽依がこちらを見ている。
そして、友達との話を切り上げ、芽依は俺達のもとへとやって来る。
「誠人! 勇次!」
だが、何やら芽依の様子がおかしい。どこか急いだ様子で、険しい表情を見せているのだ。
「よかった……2人がいてくれて!」
「ん? どういうこと?」
「私……見ちゃったのよ! 悪夢を!!」
「悪夢だって!?」
結局、どこにいっても“こいつ”は俺達に付きまとうのか。こんなにもめでたい席だというのに。
芽依は状況を説明した。
「その悪夢はまさに、この披露宴の最中に起こる出来事だったの。私、今日は余興として、ピアノを演奏することになっているのよ」
それはすでに周知の事実だ。
俺はよく知っている。芽依がこの日のために、必死にピアノを練習していたことを。
「それはもちろん知ってたけど、それと何か関係があるのか?」
「えぇ、私がピアノを弾いてる途中に……“停電”が起きるの。部屋は真っ暗となり、そこで私の演奏は止まってしまった……」
悪夢といっても、色々種類はある。
人の命に関わるような、俺達が共有する大事件となる悪夢や、個人のみに降りかかる、ほんの小さな悪夢。
もちろんこれは俺の悪夢として見ていないため、芽依個人の悪夢だ。
そこに俺は気付いたが、デリカシーのない勇次は、自ら地雷を踏みにいった。
「なんだ。そんなことか。なら、もう一度やり直してもらえばいいじゃねぇか。アクシデントだし、停電が復帰したら、また最初から始めてもらえるだろ」
「“そんなこと”……ですって?」
「えっ……いや、その……」
今頃勇次は自分の過ちに気付いたようだが……もう遅いぞ。勇次。
ここから芽依の怒濤の攻撃が始まる。
「いい? 勇次。私はこの日のために、一生懸命練習してきたの! 失敗は許されないのよ!!」
「は、はい。分かります……」
「仮にやり直したとしても、二回目の演奏で、初めて聴いた時と同じ“感動”は味わえる!? 全く同じリアクションが取れるの!? 勇次は!!」
「……いえ、できません」
「だから勝負は一度きり……一発勝負なのよ!! 私はその一回に、賭けて来たんだから!!」
もう勇次はたじたじだ。
何の反論も許されない。何の言い訳をする余地もない。
ほら……言わんこっちゃない。口は災いのもとである。
「だから誠人、勇次、お願い!! 2人に協力してもらいたいの!! 何としても、私の演奏を成功させて!!」




