第4話 “逆転”
俺は休みの日は、のんびりと昼まで寝てるタイプだ。
学校がある日と違って、朝早く起きる必要もない。
そんな時の朝は、ゆっくりとしていたいものだ。
しかし、この日は違った。
昨夜の悪夢の真相を確かめるために、朝早くに目を覚ましていた。
「あら? 珍しいじゃない」
「ほんとだ。誠人がこんな時間に起きてくるなんてな」
仕事が休みの父も、今日は家にいる。夫婦揃ってのお出迎えだ。
「友達と遊びにでも行くのかしら?」
「いや、ちょっと用事があってね。沙織は?」
「起きてるわけないだろ。まだぐっすり寝てるよ」
それもそうか。まだ時刻は朝の8時頃。
俺の方が、いつもと違う行動を取っている。
朝ごはんも食べずに、俺は歯磨きと簡単に髪の毛の手入れを済ませ、よそ行きの服に着替えた。
「沙織の自転車借りてくよ。起きたらそう伝えといてくれ」
「たぶん使わないから大丈夫だと思うけど……何時に帰ってくるの?」
「さぁ……ちょっと、分からないかな……」
「なにそれ……でも、なるべく早く帰ってきなさいよ? この辺も物騒みたいだし」
「えっ……」
不思議に思った俺は、ふと母の顔を見た。
母はリビングに映るテレビの方を指差している。
テレビにはニュースが流れていた。
その映像は、昨夜起きた暴漢魔の男が未遂で逮捕された事件だった。
どうやら男は10代の女性を夜道で襲おうとしたところを、勇気ある通行人の手によって捕まえられたらしい。
俺は思わずハッとした。
この事件って……もしかして……
俺は棒立となり、テレビ画面を見つめていると、父はその事件の肝心の場所を明かす。
「この事件、うちの近所だったんだよ。この辺りも物騒になったもんだ……沙織にも気を付けるよう言わなきゃな」
やはりそうだ……これは、俺が数日前に見た“悪夢“だ。
万が一に備えて、昨夜沙織を早く家に帰るよう促していた。
もし、あのまま沙織が帰って来なければ……代わりに沙織が襲われていたのか?
結果、未来が変わったことにより、別の女性が襲われてしまった……
運良く、通行人が居合わせたからよかったものの……
ここで俺は確信を持つ。
俺が見ている悪夢は──予知夢となるということを。
そうなると、俺が新たに見た子供が助けを呼ぶ悪夢……
これも近々起きる出来事に違いないはずだ。
俺は大慌てで家を飛び出した。
・・・
どうみても女物のピンクの自転車を漕ぎながら、俺は考え込んでいた。
今回の悪夢に、これと言ったキーワードはない。
聞こえたのは、たくさんの子供達の声のみ。
公園かなんかだろうか? もしくは学校の校庭か?
昔に比べたらだいぶ減ってはいるものの、近くに公園はいくつかある。
今日は天気も良く、公園で遊ぶ子供達も多いことだろう。
場所を現すヒントは何もなかったため、これでは探しようがない。
分かっていることと言えば、夢の中で起きていたのは“野外”であったということだけ。
あのぼんやりとした景色が、室内でないことだけは認知していた。
それにしても範囲が広すぎる……
いや、もしかしたら、この辺とも限らないのか?
適当に自転車を飛ばして、うろうろと探してみてはいるが、近所かどうかの保証もない。
しかし、それでこそキリがなくなる……
元々今日は俺は出掛ける予定ではなく、のんびり家でゲームでもしているつもりだったのだ。
それを思うと、やはりどこか遠くの場所というのも考えにくい。
本能の赴くがままに進めば、見つかるのだろうか?
違うな。待てよ……
ここで矛盾が発生していることに俺は気付く。
元々外に出る予定がなかったのならば、あの悪夢の場面に遭遇することはなかったのではないのだろうか……?
あの夢を見てしまったがために、俺はこうして外で自転車を漕いでいる。
何だかこれでは、順番が逆だ。夢を追いかける形になっているじゃないか。
・・・
あれからいくつも公園を見回った。小学校の校庭もいくつか覗いた。
たが、どこも至って普通の状況である。
むしろこれでは、こちらが変質者だろう。
ピンクの自転車に乗った男が、小学生が集まる場所をうろうろとしているのだから。
気付けば、時刻はお昼を過ぎていた。
朝から何も食べずに動き回っているため、疲れも空腹も、ピークに達している。
無駄足だったかもしれないな……
やはり、あの夢が起きる日は今日ではないのか?
今まで起きた2つの悪夢は偶然俺の行動と共に回避できたが……
もしかしたら今回ばかりは、別の日に起きることなのかもしれない……
最悪だ……返せ……俺の休日……
悲観的となり、途方に暮れながら重い足取りで、ゆっくりと自転車を漕いでいると──
数名の子供の騒ぐ声が聞こえてきた。
──これは……夢と同じ状況だ!!
微かな記憶を頼りに、俺は夢を思い返す。現実と夢が一致していく。
声の聞こえる方に目をやると──
「工事現場か!!」
立ち入り禁止のマークが書かれたはずの、工事現場がそこにはあった。