第40話 ”推理”
芽依に言われた“デート気分”の言葉が、まさに図星だった俺は気合いを入れ直した。
「そうだな……あの事件の日が今日かも分からない。ちゃんとしなきゃ」
芽依はいつにも増して真剣な表情で、メモを取り続けている。
「そうよ。ただでさえ勇次がいないんだから……何が起きるか予測ができない」
芽依はメモを取り終えると、人が近くにいないことを再度確認した後、悪夢の話を始めた。
「私が見た夢では、女性だけがこのベンチに座っていたの。その後男性が来たんだけど、女性はとても眠たそうな表情だった」
「それだけでコーヒーに睡眠薬でも入ってるんじゃないかと思ったのか? 単に眠いだけじゃなくて?」
「いえ、理由はそれだけじゃないわ。女性は突然、手にするカップをベンチの下に落とした。カップが持てなくなるほど眠くなるなんて……おかしいと思わない?」
「確かに。それは不自然かもな」
カタカナの“コ”の字に似た、3つのベンチが配置されているが、俺達は今、その事件の起きるであろう場所──“コ”の下の横線に位置するベンチに座っている。
この位置は、後ろはすぐに道路となっており、道路側からは高い植木によって公園内を見ることができない。
その後ろの道路とは、俺が夢の中で歩いていた道路のことだ。
そして、このベンチがある位置は公園の端に当たる部分のため、死角となるところが多い。
対面のベンチの裏には、何本かの大きな木と花壇が並び、それらがうまく邪魔をして、向こう側からこちらは、あまり見えてこないのだ。
昼ならまだしも灯りの行き届かない真夜中では、更に視界は悪くなるであろう。
「夜になって人がいなくなれば、この場所は絶好の隠れ場所になりそうだな。犯人はそれを知っててここにおびき寄せたのか?」
「きっとそうね。じゃなきゃこの場所は選べない。そして、さりげなく睡眠薬が入ったコーヒーを手渡し、女性が眠りに入ってから犯行に及んだ」
なんだか今回の事件は、色々と推理をしていく必要があるようだ。
その犯行までの過程を辿っていけば、どこかで女性を救えるポイントがあるはず。
とりあえず俺は、自分の知りうる情報を芽依に話した。
「たぶんだけど、俺はその犯人の男性を見ているんだ。男性は急ぎ足で、後ろの道路の方の出口へ逃げていったよ」
「本当!? 私、あまり犯人の顔を見ていないのよね……まさに刃物で女性を刺す瞬間を見てしまったわけだけど……男性は深く帽子を被ってて、顔がよく見えなくて……」
また衝撃的な場面を芽依は見てしまっているのか……
思えば、以前の飛び降り自殺の瞬間も芽依が目撃しているし、嫌な役回りばかり芽依に背負わせている気がする……
芽依がショックにより、トラウマを植え付けられないかが心配だったが、それと同時に俺は、自分の悪夢との相違点を見つけていた。
「あれっ……? 俺が見た男性は、帽子なんか被ってたかな? 被っていなかったような……」
「もしかして、それが記憶違いなのかしら? それとも……ねぇ、誠人。他に男性はどんな服装だったか覚えてる?」
俺は悪夢のことを思い返した。
男性は急いでおり、すぐに立ち去ってあまり直視はできなかったが、これといって特徴的な格好をしていた覚えはない。今の時期相応の普通の服装だ。だからこそ、あまりに記憶に残っていないとも言える。
「う~ん……確か下はジーンズに、上は半袖シャツだったような。最近は蒸し暑い日もあるし、おかしな点は特にないよ」
「──半袖? おかしいわね」
「えっ?」
「私が見た男性は、この時期には目立つくらいの“厚着”をしていたのよ! 特徴的だったから、はっきりとそれは覚えてる。間違いない!」
「じゃあ……やっぱり俺の方のが記憶違いだったのかな?」
「いえ、きっとそうじゃないわ」
芽依は神妙な面持ちで、ペンを走らせた。
「もし刃物で女性を刺そうものなら、返り血を浴びてしまうはず……確か男性はリュックサックを背負っていた」
「──そうだ!! 男性は大きめのリュックを持っていた!! その大きさが分かるくらいに、パンパンに膨れあがっていたな!!」
「ということは……返り血を浴びた服を男性は脱いで、リュックにしまったのね! もしかしたら刃物もそこに入れたのかもしれない!!」
これで俺が見た犯人の逃走時と、芽依が見た時の服装の違いにも辻褄が合う。
「それで間違いなさそうだな。そうなると、ますます計画殺人の可能性が高まってくる」
「そうね。どういう関係性かまでは分からないけど、2人は顔見知り。公園に呼び出し、睡眠薬で眠ったところで女性を殺害したんだわ!!」




