第3話 “境界線”
何事もなく、無事に妹が帰ってきたことにより、俺は安堵していた。
実際危機を救えたのかは定かでないが、とりあえず今夜はぐっすりと眠れそうだ。
しかし、そんな俺の気分とは相対して、この日も悪夢は訪れる。
ーーー
どこだろう……ここは……
分からない。たくさんの子供達の声が聞こえてくる……
目の前は霧がかかったように曇っており、はっきりと景色は映っていない。
数名の子供達の、はしゃぐ声だけが聞こえてくる状況だ。
前回の小さい子と違って、今回はもう少し大きい子達のような気がする。小学生くらいだろうか?
その声だけは、しっかりと伝わって来るのだが、その場所がどこかまでは分からない。
『た、助けて……誰か……』
先程まで楽しそうにしていたのに、一転して、子供の助けを呼ぶ声。
『このままじゃ……危ない!!』
『怖いよ……助けて……』
姿は一向に見えず、悲鳴にも似た子供達の声だけが響き渡る。
やめてくれ……聞きたくない……こんな不安になる声………
どうすることもできず、俺はさ迷い続けていた。
すると、徐々に視界は晴れていく。ようやくこれで現状を確認することができる。
もうすぐその姿があらわになる──といった、その時。
どこからか別の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん。大丈夫? ねぇ、お兄ちゃん!」
ーーー
「──はっ……夢……か?」
「そうだよ。また変な夢見てたの? 大丈夫?」
声のする方を見ると、隣の部屋にいるはずの沙織が、布団のすぐ横まで来ていた。
ほんの数時間前までは、あんなに機嫌を悪くしていたのに、兄を心配する沙織。
どうやらそこまで今日の俺のうめき声はひどかったらしい。
さすがに不安に思ってか、悪夢から解放するために起こしに来たようだ。
「ありがとう……沙織。また悪い夢を見てたよ」
「お兄ちゃん、寝汗びっしょりじゃん。なんか日に日にひどくなってる気がするんだけど……」
「そ、そうかな……」
「もう次喚いても知らないからね。じゃあ、私自分の部屋に戻るよ」
そう冷たい態度を取って、沙織は部屋を出ていく。
けれども、俺には分かっている。
きっと沙織は、また俺が夜な夜なうめき声をあげれば起こしに来るのだろう。実際は心優しき妹なのだ。
俺は起き上がり、いつものように喉の渇きを潤すために、キッチンへ向かった。
くそっ……いつまで続くんだ。この悪夢は……
あまりこれ以上家族に迷惑をかけたくない。
そんな思いが強かった。
しかし、今気がかりなのは、それとはまた別のところにある。
──あの夢の続き……どうなったんだ?
沙織の優しさから、俺は悪夢から目を覚ましたわけだが、そのおかげで夢の中身が分からないままとなってしまっていた。
もうすぐ視界が晴れ、居場所と状況を掴めそうだったのに……
いや、沙織を恨んでも仕方がない。これも沙織の善意だ。無下にできない。
今思えば、あれだけおかしな空間にいたと言うのに、どうしてこうも夢だと認識する事ができないのか。
ましてや、ここのところ毎日、悪夢を見続けているというのに。
あれが夢の出来事だと気付けば、きっとうなされることもないのだろう……
現実と夢の境界線は、こうも見分けがつかない。不思議なものだ。
明日は土曜日。大学はない。
そればかりか、小学校も休みである。
さぁ、これは忙しくなりそうだ。